ふっかけてくる

 陽キャ連中がゆるゆるとサッカーをやっている。そんな感じだ。

 ディフェンダー栗原のシュートは意外性があったが、何度も使える手ではなかった。ほとんど相手がボールを支配して、しかも御堂藤学園陣地でボールをまわす。相手はスリーバックにして、しかもラインを真ん中あたりまで上げていたから、長いパスを出すのも難しくなった。

 前半終わって〇対三で負けていた。

 チアダンスのメンバー全員が動き出した。男子生徒たちはほとんどサッカーの試合はどうでも良くなっていて、チアダンスに夢中になっていた。

 うちの学園は校則でスカート丈が膝丈とされていたので、女子のミニスカ姿など見ることはない。高原さんら助っ人を入れて十人いるチアダンス部のメンバーはもともと美少女揃いだったが、ミニスカユニフォームでそのビジュアルはさらに美化されていた。

 その中でもやっぱり鶴翔かくしょうさんが体格も動きも抜群だった。あの女性的な膨らみのある体がキレキレに動いているのだ。男子には目に毒だった。

 高速ターンでミニスカが舞い開き、見せパンがあらわになる。それはスパッツに近いタイプだったが体にフィットしていてラインがしっかり窺える。僕でなければ鼻血を出しているのではないか。

 隣で踊っている高原さんも良かったが、いかにもアスリートの動きで、セックスアピールは鶴翔さんに及ばないのだ。などと僕は評論家になった気分で観ていた。

 やがてハーフタイムが終わり、後半が始まった。チアダンスは一時休息をとるようだ。

 ぼうっとしていたら鶴翔さんと高原さんが僕のそばまで来た。

「後半、頑張ってほしいわ」鶴翔さんが言った。

 フィールドにいる連中はそれなりに楽しんでいると思う。頑張るのとはちょっと違うけど。

 しかし鶴翔さんは真面目に応援しているのだ。

「恭平とか、遊んでるし」高原さんはわかっている。「まじめにヤレー」とエールを送ったりしていた。

「でも渋谷しぶや佐田さだとかの方が目立ってるよ」僕は言った。「サッカー部よりも」

「サッカー部は地味に中盤で相手にプレッシャー与えたり、マイボールになったら恭平たちをうまく使ってるよ」

「そうなんだ……」どうも高原さんの方が詳しい。

「さすがね、高原さん」

 鶴翔さんは目を輝かせて高原さんを見た。何だかG組教室にいる時と違う。うちのクラスにいる時の鶴翔さんは常に自信に満ち溢れていてリーダーシップをいかんなく発揮する。それが高原さんの前では一歩引き下がった感じだ。それもまた良い。何だかおしとやかな大和撫子だ。

「ところで、私たちのチアダンはどう?」鶴翔さんがいる前で高原さんが僕に訊いた。

「素敵」僕は女の子みたいに答えた。

「私は?」高原さんが悪戯っぽい笑みを浮かべてさらに訊く。

「良いよ」

「そうか、『良いよ』レベルか。鶴翔さんにはかなわないからな」

「そんなことないわ、いつも高原さんが素敵で、助っ人にも感謝している」

「良いって」高原さんは照れたような顔をした。それが本当なのか僕にはわかりづらい。

 他のメンバーのうちの五人がチアダンスを始めていた。彼女たちもこの二人に比べれば男子たちにその他大勢扱いされているが結構

香月かづきさんがいたら恭平たちももっとハッスルしたかもね」高原さんが言った。

「香月さんにも感謝しているわ」鶴翔さんがしみじみと言った。「我が御堂藤みどうふじのアイドルだもんね」

 それは観たかったかな。二人の話では香月星かづきせいさんが助っ人として加わることがあるらしい。今日は家の用事で来られなかったようだ。僕は香月さんのチアダンスは見たことがないが、きっと凄いのだと思う。彼女は華奢な体ながら運動神経が並外れて高いのだ。

 フィールドでは相変わらず我がチームは苦戦していた。ほとんど防戦一方で、四点目を入れられていた。もっと点差が開いていても不思議ではない。ただ選手は楽しそうだった。たまにカウンター攻撃のチャンスが訪れるので、応援している方も身が入る。僕は鶴翔さんを観ていれば良かったが。

 歓声が上がった。渋谷にボールが渡ったのだ。相変わらず動きが良い。ボールが足についている。というより、ボールが渋谷の足にまとわりついている。それはまるで仔犬が渋谷にじゃれついているみたいに。

 忍者のように気配を消して佐田がフォローについていた。坊主頭なので完全に気配を消し去ることには成功していない。佐田は渋谷が相手を抜き去るときの繋ぎだ。時々佐田にパスしてほとんどワンツーで渋谷に戻る。

 反対側、左から星川ら攻撃陣もオフサイドラインの手前を維持しながら上がっていた。この時ばかりは僕もサッカーの方に目を奪われた。鶴翔さん、ごめんなさい。

 何度もやっている攻撃パターンなので相手ディフェンスもマークに余念がない。かといって先程みたいに栗原が上がってきてもサプライズにはならないだろう。

「恭平、がんばれー」高原さんの声が響いた。

 チアダンス部は全員がダンスしていたはずだが高原さんは違った。彼女なら何をやっても許される雰囲気があった。

 右に切れ込んでいた渋谷がペナルティエリア手前ですぐ左後ろにいた佐田へパスを送った。よくあるパスかと思いきやその勢いは違った。

 佐田はそれを受けるふりしてスルー。

 その先ゴール前ど真ん中にいた星川はボールとは反対側左へと動いていて、相手ディフェンダーも星川の動きにつられた。ボールは星川を追いかけるように転がっていた。

 そこへ後ろから上がっていた栗原が来ていた。だがそれを読んでいたディフェンダーが一人いて栗原の前に立ちふさがった。顔はこわばっていたが。

 栗原が思い切りシュートの態勢に入る。相手ディフェンダーとキーパーが身構えた。栗原が足を振り抜いた瞬間、ディフェンダーは飛び上がった。

 その足元を少し遅れてボールが低い弾道で飛んだ。そしてタイミングをずらされたキーパーの脇を抜けてゴールネットに刺さった。

 相手キーパーにしてみれば何が起こったかわからなかっただろう。僕の位置からもすぐには気づけなかった。栗原が目立ちすぎていたからだ。そのすぐ後ろに隠れるようにしてもう一人名も知らぬミッドフィルダーが詰めていたのだ。

 彼のシュートで初めて一点が入った。味方応援団も観戦していた生徒たちも歓声で湧いた。

「やったー」先程からツッコミ専門だった高原さんも全身で喜んでいた。

「栗原のは、わざと空振り?」僕は呟くように訊いた。

「いかにも助っ人団らしいわ」鶴翔さんも讃えていた。

 どうも、最後はサッカー部の選手に射たせるつもりだったようだ。散々自分達が目立つように動いておいて、ここぞというときにスルーしたりして主役を譲る。それが「助っ人団」の真骨頂らしい。とても僕には真似ができない、と思った。

 試合は結局一対六で負けた。でも何だか楽しい試合だったと思う。鶴翔さんのチアダンスも観ることができたし、僕は満足して帰った。ん、沢辺先生の合コンはどうなったのかな。

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