難題を

 フィールドの方に目を向けた。秀星学院がずっと我が校陣に攻め込んでいた。ボールキープは七割秀星学院だった。我が御堂藤学園はカウンター狙いだ。別に狙ってその戦法をとっているわけではない。結果的にそうなっているのだ。そして前半ですでに二点とられていた。

「恭平、サボるな-」渋谷に向かってそんなことが言えるのはここでは高原さんくらいだ。

 彼女の声が聞こえた渋谷しぶやは、それを声援とうけとったようで、片手を挙げてにっと笑った。

「ヘラヘラすんな、がんばれー」

 高原さんの声に反応したのはセンターバックの巨漢栗原くりはらだった。身長が二メートル近くあるから遠くからでも目立つ目立つ。

 さすがの秀星学院の前線も栗原が目の前に来ると引いていた。しかしその時はそばに佐田さだもいたのだ。

 佐田は忍者みたいにあちこち音もなく現れる奴で、ボールをキープしていた敵前線の一人は前に栗原、後ろから佐田が迫る状況におかれ、ドリブルで栗原を抜くと見せかけ味方にパスを出す選択肢を選んだ。

 その絶妙なタイミングで出たパスが栗原の長い足に阻まれた。

 どうしてあんなに大きいのに動きは俊敏なのか。みな同じことを思っただろう。

 ボールは栗原が奪い取った。そして栗原はパスが欲しそうな顔をする佐田ではなく、遠く離れた味方前線へと蹴り出した。

 そこは相手ディフェンダーの少し手前だったのだが、どこから現れたのか渋谷が敵より先に追いついて実にうまく足元に落とした。かと思うとそのままドリブルで上がる。

 さっきから何度か見かけるカウンターで、ファーサイドには星川が上がっていた。

 ただワンパターンのカウンターは読まれていて、相手3バックのオフサイドラインが上がっていた。星川にパスが出せない渋谷はそのまま自分でボールを持って上がる。少し後方にもう佐田がついていた。

 相手ディフェンダーが渋谷に詰め寄り、渋谷はボールをキープしたまま右のライン際を上がった。中に入れないからすぐ後ろの佐田にパスをするのは見え見えで、そのタイミングだけ相手ディフェンダーは気を付けていたと思う。

 コーナー間際まで切れ込んだ瞬間、佐田が叫んだ。「よっしゃ、!」

 渋谷はクロスを上げる動きを見せた。相手バックスラインのうちの一人がゴール前にいる星川についた。

 渋谷はクロスをあげずにドリブルで中へ入る動きを見せたかと思うとヒールで佐田にパスした。

 相手ディフェンダーが佐田に向かった瞬間、佐田はトラップもせずワンツーのタイミングで自分の後ろにまわってきていた渋谷にパス。再び渋谷はボールを持つとゴールに体を向けた。

 すでに相手のディフェンダー陣が完全に戻っていて、渋谷のシュートコースをふさぎ、真ん中にいた星川にもマークがついていた。その星川が左へと動いた。そこにもう一人サイドを上がっていた味方がいて、相手ディフェンダーはその二人についた。

 渋谷はゴール前をふさいだ相手に背を向け、全く予期せぬタイミングでボールを真ん中へ転がした。

 そこに走り込んでいた奴がいた。栗原の巨体がまっすぐ突っ込んできたのだ。それは恐ろしいほどの迫力で、相手ディフェンダーは一瞬動きが止まった。

 栗原は自分の前に来たボールにたどり着いた。シュートコースが塞がれているにも関わらず、思い切り蹴り込んだ。

 目の前にいたディフェンダーは思わず両手で顔を覆って体を背けながら飛び上がった。

 栗原のシュートはすごい勢いでゴールポストの遥か上を超えていった。

「お見事、ホームラン」渋谷がケラケラ笑いながら茶化した。

 佐田がその場でずっこけて倒れ込んだ。

「ダメじゃん、耀太」高原さんのヤジがとんだ。

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