いろいろと

 午後二時からサッカー部の試合が始まった。相手はなんと秀星しゅうせい学院だ。同じ市内にある進学校だがスポーツクラスもある文武両道の学校だ。

 もちろん帝都大などを目指す生徒と全国大会を目指す運動部の生徒は別で、そういうのを文武両道というのか知らないけど、進学実績も運動部の活動もうちが負けているのは事実だった。

 今日来ているサッカー部も都大会ベストエイトレベルで、うちみたいな寄せ集め集団が敵う相手ではない。学校同士が近く、昔から付き合いがあるから実現する親善試合だった。

「二軍か三軍らしいよ」という声が聞こえてきた。

 グラウンドには結構観衆がいて、その中から話す声が聞こえてくるのだった。まあそうだろうね。うち相手だしね。秀星学院サッカー部は二軍か三軍。対するうちは寄せ集めだった。それはアップしている顔ぶれでわかる。

 渋谷しぶやがいた。あいつはテニス部だ。キャアキャア言ってる女子の声が聞こえる。渋谷は単なるイケメンではなく美少年だしな。

 さらに横で女子たちに手を振っている奴……、星川ほしかわじゃないか。生徒会書記。そして一年生の時の年間総合成績二位。彼もまた文武両道のイケメンで通りかかる女子全てに挨拶するフェミニストだ。相手にされてるかは疑問だが。

 そしてさらにその横で自分が注目されていると誤解して調子にのってドリブルしている奴。武道部の佐田さだだった。坊主頭だからすぐにわかる。この学園で坊主頭は彼だけだ。

 他にも少し離れたところにいて目立つ奴。栗原くりはらだ。身長百九十超え。中一の時同じクラスだった彼は中等部入学時すでに百七十五センチあった。大柄だけれど動きは良い。栗原がセンターバックを務めるようだ。

 今名前を挙げた奴はみなサッカー部ではない。部活連助っ人団はこうして足りない人員を融通し合っていた。これで試合になるのか。なんて考えていたのは最初のうちだけだった。

 応援団にチアダンス部がいた。十人くらいコスチューム姿がいる。その中心に鶴翔かくしょうさんがいた。はっきり言ってコスチューム補正はかかっている。清純清楚可憐をモットーとする元お嬢様学校にあってチアダンス部は明らかに異色で揃いも揃って美人に見える。その中でも鶴翔さんはやはり別格だった。さすがにスーパーガールの高原さんでも鶴翔さんの隣では霞んでしまう。

 チアダンス部がヘソ出しユニフォームになったのは二代前の生徒会長の偉業だが、よくぞ学校を説き伏せたものだ。我が校女子のミニスカ姿などチアダンス部でしかお目にかかれない。

 そして鶴翔さんはそれがとてもよく似合っているのだ。ウエストがしまっていて胸とお尻のせり出しが目に毒だった。男子はみなサッカーそっちのけで鶴翔さんたちチアダンス部を見ている。僕のまわりにいる男どもも例外ではなかった。ため息すら聞こえてくる。

「これは撮っておかないとね」女子の声も聞こえた。

 なるほど女子もチアダンスを注目しているのかと思ったら、E組女子学級委員の名手さんが、チアダンス部に熱い視線を送る男たちをスマホカメラで撮影していた。

 横にいるモンドー君が呆れている。なんで男たちを?

「男子が鼻の下を伸ばしている写真、絵になるわあ」は? それ?「なんで伊沢さん、いないんだろ。いたら絶対撮っていたはず」

「法事でおじいさんのところに行ってるらしいよ」モンドー君が口を利いた。

 久しぶりに私語を聞いた気がする。僕もひとのこと言えないけど。

「そっか、それで副会長もいないんだ……」

「ん?」

「何でもないわよ。男子の間抜け面、ちゃんと観ておかないと」

 僕が目にするとき、この二人はいつも一緒だ。まるで付き合っている男女みたいに。しかしモンドー君の嫌がっている様子から、それは間違いで、彼は完全に名手さんの下僕にされていると僕は思った。何か弱みでも握られているのだろうか。まあ名手さんも美人だからMがあるならそれも良いのかも。僕が鶴翔さんに入れ込んで推しているのと大差ないのかもしれない。

 その鶴翔さん、やはり素晴らしい。その魅力的なボンキュッボンのみならず、動きもキレキレで応援団ならうちも負けてないと僕は思った。

 試合が始まり、チアダンス部の動きもひと息ついた。五人ずつ交代でチアダンスするようだ。鶴翔さんが立って観戦していたので、僕は彼女がいる方へと移動した。サッカーの試合に夢中になっている女子たちは満遍なく散らばっている。その後ろを歩いて鶴翔さんのそばまで来た。といって話しかけられる雰囲気ではない。話しかけられない性分でもあるのだが。

 すると別のところから僕に声がかかった。

生出おいでくん、こっち、こっち」

 声のする方を向くと高原さんだった。鶴翔さんとは二メートルほど離れたところに高原さんはいて、他の女子たちと話をしていたようだった。

 ただ僕はあまり話したことのない女子がたくさんいるところに入っていける人間ではない。それでも学級委員という肩書きがついて少しは僕も変わったようだった。

 僕は高原さんに招かれて彼女のもとへと移動した。

 高原さんのコミュ力は甚大だ。それはまさに神の領域に入るくらいで、誰彼構わず声をかけて呼び寄せることができる。僕みたいな地味な奴でも例外にすらならない。だから彼女が僕を呼んだとて何の不思議もない。呼ばれた僕が彼女のところにいくのが奇蹟に近い行為だったが。

 そんなことができたのもやはり中一の時同じクラス同じ班だったことが大きな理由だ。彼女とあの時同じ班だったという歴史があるから、僕は少しためらいつつも彼女と喋ることができるのだ。それは彼女と交信できるある種のチケットのようなものだった。

「ひとりで見てないでみんなで応援しよ」

「あ、うん」僕は返事にもならないような無様な頷きを返した。

 すると高原さんは僕の耳元に顔を近づけそっと囁いた。「それとも鶴翔さんと一緒が良い?」

「いや、そんなことは……」僕は女子が間近に入るとドキドキする。

「鶴翔さんが隣に立つと私なんか引き立て役にしかならないからちょっとイヤなんだけどね」高原さんは本音とも嘘ともとれる言い方を時々する。

「でも似合うでしょ、これ。たまに助っ人で着るけど結構いけてると思うんだよね」そしてあざとい女の子みたいな顔で僕がうろたえるのを見て喜ぶんだ。「ねえ、どう?」

「いいと思う」我ながら情けない返しだった。

 確かに鶴翔さんの女性的な体に比べると高原さんは凹凸があまりない。ヘソ出しのウエストは引き締まっていて、時には割れた腹筋すら浮き上がる。制服姿の時はわからないがアスリート体型なのだ。

 陸上部の彼女は今日助っ人としてチアダンス部に加わっていた。どこの部活もこうした掛け持ちや助っ人でもっているのだった。

「ふうん……」高原さんは僕の返事がお気に召さなかったようだ。

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