信用していて
昼を食べていないので近くのコンビニに寄ってからグラウンドに行くことにした。原則として制服姿でコンビニに寄るのはNGなのだが、今日のように祝日で学食が営業されていない日は大目に見てもらえる、はずだ。
実際、僕以外にも制服姿はいた。適当にサンドイッチやらを買って外に出ると、
「先生、今日も出勤ですか?」
「うん、サッカー部の練習試合があったりして、登校している生徒が多いからね」
沢辺先生は初夏になろうという気候にも関わらず長い薄手のコートを着ていた。その中は私服だろうがコートのせいで窺い知れない。
「先生、暑くないですか?」
「暑いわよ」沢辺先生の額に汗が滲んでいた。
「なら脱げば良いです」
「いやよ、恥ずかしい」
「ヘ?」まさかその中はワイセツ物? 女の痴漢とは沢辺先生も悪趣味な。
「今、変な想像したでしょ」沢辺先生は声をあらげた。しかし周囲の制服姿の視線を感じてすぐに下を向いた。「私服を見られたくないのよ」
「見られたくない服を着てこなければ良かったでしょうに」
「いろいろ事情があるのよ」
何だろう。コートの下から伸びた脚はベージュのストッキングだった。そして薄紫のパンプス。ふだんジャージかスーツ姿だから中はスーツだとみんなは思うだろう。
しかし違うようだ。でもはっきりいって長いコートは季節外れだし、似合わない。体のラインがわからないからお寺の鐘のような格好だ。どれだけ肥満なんだとみんな思うだろう。
「ちょっとこっちに来て」
僕は沢辺先生に言われるままコンビニから離れたところへと移動した。
「
「固いも何も、僕はボッチなので喋る相手すらいませんが」
「そんなことないよ、学級委員になった生出くんは誰とでも話ができる」
「用件しか話しませんよ」
「くっ……」沢辺先生は何か逡巡しているようだったが、意を決したように僕に向き直った。「実はね、今夜合コンに行くのよ」
「え?」
「合コン。何度も言わせないで」言いたいんでしょうが。「この歳になって初めて行くのよ、合コン。とても緊張して、胃が痛くなってきたわ」
「無理して行かなくても」
「そうもいかないわよ、こういう仕事をしていると出会いがないの。この学校、若い独身男性教師が一人もいないでしょ?」奥さんに逃げられた西脇先生みたいな中高年しかいない。
「今、西脇先生のこと思い浮かべた?」
「いえ、そんなことは」
「担任団では水沢先生が三十手前でようやく結婚したのよ」
「え、水沢先生、結婚されたんですか?」
「オープンにしてないけどね。教員免許が旧姓のままだからこのままいくみたい」
「それはおめでとうございます、ですね」ここに水沢先生はいない。
「でも水沢先生、A組の担任から外されたわ。ずっとA組担任だったのに」
水沢先生は僕が中等部一年の時の担任で、そのまま僕たちと同じく持ち上がってずっとA組の担任をしてきた。それが今年は二年D組の担任になったのだ。
「そんな話ってあるんですね」
「だってお子さんができたりしたら産休をとったりするでしょ? エリートのA組担任は任せられないみたい」
「それでD組、ですか」D組が雑に扱われているということか。ていうか、何の話だ? どんどんそれていく気がする。「それで合コンの話は?」
「そうそう、そうだった、そうだった」ボケをかましてないで早く。「誘われたのよ、このままじゃいけないって」
「誰に?」
「えっと……」また沢辺先生は口ごもった。「秘密よ」沢辺先生は周囲を窺った。
「秘密です」沢辺先生と秘密の共有ができるなんて幸せだなあ。
「
「は?」
「二年E組担任の
「めちゃイケイケじゃないすか」
御堂藤学園の若い女性教師は、たいていが清楚でおしとやかなタイプか聡明なクールビューティーのどちらかになる。沢辺先生のような体育会系はレアだ。まあ体育教師だしな。
しかしその中にスーツ姿でも六本木のクラブに通ってそうな雰囲気の先生がいた。それが
そんな古織先生が担任を務める二年E組はH組に匹敵するくらいおかしな連中の集まりだった。まあ、うちもおかしなクラスと思われているだろうけど、ただ元気なだけだ。
E組は学級委員からしてさっき存在感を見せつけた
話を戻そう。その変なクラスの担任古織先生と一緒に合コンに行くのか。それは辛くね? いくら沢辺先生が可愛くたって古織先生がいたら完全に比較対照群にされちゃうよ。あんなのに敵うわけがない。って、合コンのことはよく知らないけど。
「古織先生の引き立て役になるのはわかってるわよ」沢辺先生は言った。「でも一度くらい経験したいじゃない?」
僕はその言葉を別の意味に受けとっておののいた。
「とにかく、秘密よ、秘密」沢辺先生は、誰に教わったのかぎこちないウインクをして僕に笑いかけた。
うん、可愛い! 誰かいい人にめぐりあうと良いですね。そして僕は学校に戻った。
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