なぜか僕を

 ゴールデンウィーク後半の連休の某日、僕は登校していた。学級委員の非公式の集まりがあったのだ。二年生八クラスの学級委員が集まっていた。実は親善試合やら何やらで部活に参加する学級委員も多く、連休中も毎日登校しているらしい。どうせ学校に来ているのなら昼休みに集まろうという話になってこの会合が実現したのだ。僕みたいな自宅大好き人間はわざわざ出てこなければならなかった。とてもついでの話にはならない。まあ、良いけど。

「みんな、おつかれー」

 議長席についてカジュアルな挨拶をしたのはA組の高原さんだった。鶴翔かくしょうさんに匹敵するくらい忙しい人で、僕たちの学年のみならず御堂藤学園を代表するスーパーガールだ。中一の時からずっとA組の学級委員をしている。学年成績も三百人中五位から下に落ちたことはない。鶴翔さんより上なのだ。

 たぶん鶴翔さんは高原さんを意識している。高原さんを目標にして日夜努力を積み重ねているのだ。

 その姿は美しい。いつもより目を引くと思ったら、二人ともチアダンス部の格好をしていた。

 上はアウターで隠されているが、おそらくヘソ出しユニフォームだ。下はもちろんミニスカ。女子のミニスカ姿など、この学園で見る機会はそうはない。

「こんな格好で失礼」

 高原さんと目が合ってしまった。そんなにじろじろ見ていたつもりはないんですけど。

 僕の隣には鶴翔さんが腰掛けた。鶴翔さんのミニスカも見たいが横を向くのも露骨なので我慢した。

「午後はサッカー部の練習試合があるので、時間がある人は良かったら応援に来て」高原さんが爽やかに言う。「ついでに部活連応援団の活躍も見てね」

 高原さんはウインクした。本人は冗談でやっているのだろうが、純情な男どもには刺激が強すぎる。僕だけでなく、E組のモンドー君も目をデレッとさせた、ように僕には見えた。

 モンドー君の隣のE組女子学級委員が机の下でモンドー君の脇腹をつついた。

 学級委員の話し合いは五月の行事日程の確認だった。五月には球技大会が行われる。その運営に関することだった。

 実は球技大会は試合に出るよりも運営の方が手間だった。まさに裏方の仕事を学ぶ場なのだ。今年はフットサルとバスケットの二種で、高等部三学年二十四クラスが八ブロックに分かれて予選リーグを行い、その一位八チームでトーナメントを行うかたちになっていた。

 会場はグラウンド、体育館、校舎屋上コートなどで同時進行となり、その運営スタッフの仕事が試合に出るよりも大変だった。僕はいつも裏方であがいている人間だから苦にもしない。そうしたことを確認しあって、目的の議事進行は終わった。すると雑談の時間になる。

「そうそう、数学Ⅱの宿題を半分に減らすことに成功したクラスがあるんだって?」高原さんの視線が僕に向けられていた。

 実は高原さんと僕は訳ありだ。って、変な意味ではない。中等部に入学した時同じクラスで班も同じだった。

 彼女は今も昔もコミュニケーションお化けだったから僕みたいな地味な男子にも積極的に絡んでくるのだ。同じクラスになったことがたとえそれ一度きりだったとしても、高原さんの声かけは続く。

「宿題の量が多くて、部活をしていると、こなせないし、他の教科の予習にも差し障るから、減らしてもらえないか相談に行ったんだよ」僕は珍しく大きな声で答えた。

 高原さんと僕がいる席は五メートル以上離れていたから仕方がない。僕の声は上擦っていた。頑張れ陰キャ。

「それで大丈夫なのか」と訊いたのはB組の男子学級委員だった。こいつはたしか三井といって高等部入学組だ。最近のしあがってきて調子づいている。「そんなに多かったかな」

 多くもないよ、僕は前の量でもできるし。家にいる時間が長いからだけど。

「その人によって勉強のペースが違うんだわ」鶴翔さんが僕の代わりに答えた。

 鶴翔さんはいつも僕を庇うように動いてくれる。ただそれで、ますます僕は格下のチンピラで鶴翔さんの優等生ぶりが目立つことになるのだ。

「うちのクラスも半分にしてもらったわ」E組の女子学級委員が割り込むように言った。「みんな忙しいし、家庭学習は必要かつ十分な量で良いんじゃないの?」

 さりげなく数学用語を使って返す彼女もまた高等部入学生だ。どうも高等部入学生は弁が立つ者が多いようだ。隣のおとなしいモンドー君も高等部入学生だが。

「小テストの結果に差はないようだし、小町先生が何も言わないのだから良いんじゃない?」E組女子学級委員は言った。

「中間試験が終わったあとも同じことが言えるかな」B組の三井が言った。

「別にうちはよそのクラスと張り合ってないし、うちのクラスの中の話をしているだけ。成績が落ちなければ良いと思う。何も数学だけが高校生活じゃないでしょ」

 正論じゃないか、お前。僕はこいつをちょっと見直した。隣のモンドー君は何となくヒヤヒヤしている。

「まあまあ、落ち着こうよ」高原さんが口を挟んだ。「小町先生はB組の担任なんだし、担任の先生をディスられたらカチッと来るよね」

 その場を鎮めようとしてかえって火をつけてない? 高原さん。

「担任が誰とか関係ないよ。僕たちは自分たちのできることをするだけ。数学の副教材にしても、宿題でなくてもやってるでしょう?」

「まあ、そうね」E組女子は頷いた。やっぱりそうだよね。

「僕たちは試験でもA組を抜いて一位になるよ」言っちゃったよ、B組の三井。やっぱりA組をライバル視していたか。

って、勝つってこと?」

 高原さんが食いついたのはそこかよ。試験なんてどうでも良いみたいだ。負けるとも思ってないようだし。

「も、もちろんさ」B組の三井は少しうろたえた。そこまで考えてなかったようだ。

「良いじゃん、どのクラスも燃え上がって切磋琢磨する。まさに学校側の思惑通り。成績優秀者を各クラスにばらまいた策が実を結びそうね」ニコニコしながら嬉しそうに語る高原さん。それを見て三井は唖然としていた。

「なになに、B組のA組への宣戦布告?」E組女子が煽り出した。「楽しそう」

「高原さんも三井君も名手なてさんも、もうやめてください。見ていられません」

 鶴翔さんは丁寧語で呼びかけた。それは雑談ではなく委員会言葉だ。そして鶴翔さんが丁寧語で話すと威力は倍増する。

「あ、ごめんね、つい面白くて」だから火をつけないで高原さん。

「僕は他のクラスをちょっと心配しただけだよ。A組との差がどんどん広がるんじゃないかって」

「そんなの、もともとクラス編成した段階で差がついているんだからしょうがないでしょ、気にする方がおかしい」E組女子、名手なてさんというらしい、はいつまでも自己を貫くタイプのようだった。

「私は学年一丸となって学園を盛り上げられたら良いなと思います」鶴翔さんが凛々しく言った。

「あ、私もそれ賛成」さっき煽ったでしょ、高原さん。

「うんうん、私もそう思う」E組女子の名手さんまで流れにのってる。

「当然だ」三井君もなかったことにしている。

 鶴翔さんがまとめて無事に非公式委員会は終わった。

「サッカー部の練習試合、観ていってね」高原さんが爽やかに言った。「じゃね」

 手を振って高原さんと鶴翔さんが出ていった。

「せっかくだから、観ていこうか」名手さんがモンドー君に言ってる。モンドー君は逆らえない。

「俺たちも観に行くか」三井たちB組の学級委員二人も続いた。

 僕も従うことにした。僕の通常の行動パターンなら即刻帰るのだが、鶴翔さんのチアダンス姿を見ない手はない。

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