担任 沢辺先生は

 鶴翔かくしょうさんがいなくなると沢辺さわべ先生の顔も変わる。僕を相手にしている時の顔はふだんの明るく元気な教師ではなかった。

「実はね、また目安箱に投書があったのよ」

「はあ」だから目安箱って言うのは沢辺先生だけですけど。

「学級委員が口を出しすぎる。勉強のペースは人それぞれ。無理に勉強会を開いたり、テストの予想問題をつくったり、そういう理由で召集をかけないでほしい」

「なるほど」

「誰が書いたのか、知りたくなるわ。直接私に言ってくれたら良いのに」

「言ったら、先生は何と答えるのですか?」

「それは……、話し合って何か解決法を探る?」

「できると思います? 話し合いなんか意味がないと思うから無記名で投書したんだと思いますよ。ただの愚痴みたいなもんです。無視したら如何でしょう?」

「そうね……、生出おいでくんは達観してるわね」

「ちなみに、この学級委員というのは誰のことと思います?」

「それはもちろん」沢辺先生は言いにくそうになったが結局言った。「鶴翔さんでしょ」

 ですよねー、当然だけど。「まあ、僕は影が薄いですから」

「そんなことないよ、生出くんはいつも鶴翔さんを助けて頑張っている」まあそれが普通の見方だな。

「先生は、鶴翔さんが悪く言われるのが嫌なのでしょう」

「だってあんなに頑張っているのに」

「僕も同じです。だから全力でフォローしますよ」できてないけど。

「頼もしいわ、」今、噛んだ? メチャ可愛いんだけど。でも体はでかい。

「鶴翔さんを見ていると、中高生の頃を思い出すのよ」まさか自分も鶴翔さんみたいだったと言いたい? キャラが全然違うのですけど。

「私、学級委員とかする方だったんだよね、これでも」いや、そんな卑下しなくても。先生、学級委員できますよ。

「でも空気が読めなかった。明るく元気なクラスにしようと頑張ったんだけど、空回りした。ウザい奴だったと思う」悲しい話が始まりそうだ。大丈夫かな、僕。

「クラスの番長に、あ、ごめんね今時番長なんていないわね」いないこともないけど、番長。

「番長みたいな人、いや女王様に呼び出されて、無理にクラスをまとめるなと言われた」うわ、目に浮かぶわ、可哀相。

「その時は、その意味がわからなかった。クラスでまとまるのは良くないの? みんなで何かひとつのことを成し遂げる、素晴らしいじゃないって」いや、たしかにスバラなんだけど。

「気に入らない人もいるでしょう。僕みたいに地味なスローライフを送りたい人間もいますし。最近の異世界ラノベもそういうのが流行ってますから」

「そうよねー、○○とか……」

「先生、ラノベ詳しいですね、好きなんですか?」

「身近に教えてくれる人がいるから」誰だ、それ、彼氏か?

「でも教師になって、体育だから教室で授業する訳じゃないけど、去年一年H組の副担任をやってみて、実はみんなでひとつにまとまるのがそんなに簡単じゃないし、むしろ好きなもの同士でグループになっている方がうまくいくって教えられたの」当たり前なんですが。

「去年のH組って、担任は西脇先生ですよね?」今年の二年H組担任も西脇先生だった。

「西脇先生に教えられたんですか?」僕は興味があったので訊いてみた。

「そうよ、ひとりぼっちが好きな生徒もいるから無理に集団にするなって言われて。ああ、なるほどそういうものかってなったのよね」

「もしやラノベ詳しいのは西脇先生ですか?」

「ちがうわよー、別の先生」

「やっぱり『先生』なんですね? 先生にラノベ教えたの」

「誰かは訊かないで。言ったら叱られる」

「わかりました」

「とにかく、クラス一丸というのは夢のような話なの。でも私はそれを目指したい」

「だからあんな席順にしたんですね、仲が良い者同士くっつけるような、そしてボッチはボッチでまとめる。お蔭で授業中とてもうるさいですよ。先生方からクレームが出ませんでした?」

「先生方からはないけど、目安箱に投書はあったよね」あったんだ。

「無視したけど」それは無視できるのかい。

「とにかく、この元気なクラスで鶴翔さんは頑張っている。かつての私を見ているようで胸が痛いのよ」

「先生と鶴翔さんではキャラは違いますけどね」

「それひどくない? たしかに鶴翔さんはスタイル良くて美人で、みんなに信頼されていて、私みたいな、ただから元気が売りのとは違うけど」やっぱり空元気なんだ。

「そういう意味ではないです。先生はちゃんと空気読んでますよ」

「それは私もそれなりに鶴翔さんより長く生きてるからね」

「とにかく、投書は気にしなくて良いと思います。そして鶴翔さんのフォローは僕が何とかします」

 僕が自信をもって言ったので沢辺先生はどうにか安心したようだった。といって、僕に自信があったわけではない。沢辺先生の話を終わらせたかったから出た方便に過ぎない。僕は沢辺先生の個人的なこと、たとえばラノベを教えてくれる人物とか、ふだん何をしているとか訊きたいことはいくつもあるのだが、手際よくそれらが訊けるコミュニケーション力は持っていない。そのため沢辺先生が一方的に喋るのだ。さすがにそれにずっと付き合っていられるほど僕もお人好しではなかった。だから話を中断させることにしたのだった。

「じゃあよろしくね」何をよろしくなのか曖昧なまま沢辺先生との話は終わった。

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