裏方にしかなれないんだ

 幸いなことに僕たちの数学Ⅱは五限目で、午前中に四つのクラスが小テストを終えていて、そこから情報を集めることができた。そして昼休みに検討に入る。

「クラスごとに問題をかえているって聞いたけど」

「同じ問題も出てるね」

 重複しないように全て異なる問題が出ていたら、それまで出ていない問題に絞り込める。簡単な話だったのに、それほど甘くはなかった。

「でも待てよ、四クラス全てに出ている問題は出るんじゃね?」

「それが基本的で大事だからか」

「だとしたら、四クラス、三クラスに出ている問題と全然出ていない問題に絞ったら?」

「全然出ていないのが悪問だとしたら悲惨な結果になるな」

「それはみんなの判断に任せよう」

 僕たちはクラス全員に情報公開した。それを見てどうするかは自分の判断だ。

「結果が悪かったら、宿題の量が元通りに増えるんで、みんなよろしく」賀村が言うと「オッケー」とか「おう!」とか声が上がった。

「にしても相変わらず問題も多いな。全部解ける奴いるのか?」

「しようがないよ、満点とらせないためなんだから」

 僕たちの学校は定期テストのみならず小テストにいたるまで満点をとらせない措置が講じられている。定期テストなら難問を入れる。小テストの場合は問題数が試験時間の二十分で解けない量になっているのだ。

「小テスト対策が役に立つかしら」

 鶴翔かくしょうさんがそばに来ていた。僕はドキッとする。そこには賀村よしむら多賀谷たがやたちもいて、鶴翔さんは彼らに呟いたのだと思う。

「足を引っ張る点をとらなきゃ良いんじゃね?」賀村は言った。

「下手に点が良いと宿題は少ないままなのよね?」

「おう、それを狙っているからな」

「果たしてそれが良いことなのかしら?」

 鶴翔さんの真面目な一言に僕たちは黙った。おそらく彼女は副教材を全てこなしたのだろう。ちなみに僕も全てやっている。正解集を作る関係もあったからだ。お蔭で小テストについてはバッチリだ。

 多賀谷とか一部の陽キャグループが小テストにヤマをはり、正解集を暗記したのだった。

 そういうやり方が本人のためにならないという鶴翔さんの真っ当な意見だった。

「オレは別に数学で良い点をとりたいとまで思ってないよ」多賀谷が言った。「そこそこの努力で、そこそこの及第点がとれれば良いんだ。宿題の量が少ないならその方が良い。そう考えてる奴は結構多いと思うよ」実際には放課後の勉強会に集まった十名足らずだと思うが。

「そう……人それぞれなのかもしれないね」鶴翔さんは自分に言い聞かせるかのように言った。

 そして五限目、小町先生の数学授業。いつものように通常授業があって終わりの二十分で小テストが行われた。ヤマが当たった部分も多かった。四クラス全てに出ていた問題のほとんどが出ていた。一方でそれまで出ていなかった問題も結構出ていて、ヤマに頼りきっていた多賀谷は良い思いをしただろう。多賀谷たちは知っている問題を優先的に解いたようだ。優秀な生徒でも時間内に全て解くことはできないのだから、慣れた問題を先に解いて、余った時間で知らない問題にかかるのが常套手段だ。そしてその結果は次の授業で出た。

「小テストを返します」みんなが練習問題をやっている間に、小町先生が席を回って順に返していった。定期テストは出席番号順に先生のところに受け取りに行くのだが、小テストはこの返却方法だ。何か一言二言言われることもあるが、僕は何も言われなかった。授業が終わる際に小町先生は言った。

「今回の小テストは、このクラス、特別良くできたわけでもありませんが、前回と変わらなかったので、宿題の量は据え置きにします」

「半分にしたままってことですか?」

「そうです」そう言って小町先生は去った。

「やったね」みんなは喜んでいた。

 ただ、やはり鶴翔さんは納得していないようだった。「それで良いのかな?」誰にともなく話しかける。

 そういうとき答えるのはたいてい賀村だ。「先生が言うんだから良いんじゃね?」

「宿題を半分にしてもらったクラスはうちだけではないよ」という声もあがった。

 そうなのだ。実は宿題の量を半分にしたクラスとしなかったクラスがあった。情報のやりとりをしているうちに僕たちG組が宿題を半分にしてもらったことを知るクラスが増えた。おそらく全てのクラスが知っているだろう。便乗して半分にしてもらったクラスもある。たまたまなのか半々に分かれた。A組、B組、C組、D組は量を変えず、E組、F組、H組がG組と同じく半減してもらったのだ。そしてどうやら半分に減らしても小テストの結果は変わらなかったようだ。

「定期テストの結果に響かないか心配だわ」鶴翔さんは本当に心配していた。

 ちなみに鶴翔さんは宿題の量が半分になっても従来どおりに副教材を全てこなしている。いつも忙しい鶴翔さんは家に帰ってから死に物狂いの努力をしているのかもしれない。

 僕も全てやってはいるが、学校の空いた時間でやっているだけだ。なんだかんだ雑用を押し付けられる僕だが鶴翔さんほど忙しくはない。

「知夏」と賀村が冷静な一言を言った。「いつも良い点をとっている奴の成績が下がらなければ良いんだよ。できない奴は前からできないんだから宿題が半分になっても同じだ」

 それは僕も同意見だった。

「いつも良い点をとっている奴は、宿題が半分になっても勉強してるだろ?」と賀村は付け加えた。

「だと良いんだけど……」

「そんなに心配ならみんなに呼びかければ良い」

 ということで、放課後のショートホームルームの時に鶴翔さんは、宿題が少なくなっても勉強は怠らないようにしようとみんなに呼びかけた。どういう結果になるかは定期テストが終わってみないとわからないだろう。

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