それは僕がコミュ障で
放課後、僕は無駄だと思ったけど、一応打てる手は打っておこうと思った。
数学は小町先生と
小町先生はⅠとⅡを担当している。そのⅡが計算力を必要とし、苦手な生徒にとっては時間がかかるのだった。面白くもないし、嫌になる。
僕は迷うことなく二年生の担任団が固まる机の島に向かった。小町先生は二年B組の担任、西脇先生はH組の担任だった。
ここで余計な解説をしよう。B組は二年生で最も勢いがあり、注目されているクラスだった。「B」という文字になぞらえて、「ベスト組」とか「ビューティー組」とか言われている。僕たちの「げんき組」ほど定着はしていなかったが。
まだ一学期の定期テストが行われていないが、おそらくは、前年度成績上位五十位以内の生徒のみで構成されたA組に迫る成績を残すのではないかと噂されている。本来A組に入るはずだった生徒の何人かがB組にいるのだ。そのように引っ張ったのが担任の小町先生だという噂がある。真偽は定かでない。A組に入ってもおかしくない総合成績一桁ランカーが他のクラスにも散らばっているから、それは学校側の方針とも受け取れる。
ただB組には目立つ生徒が多かった。
話がかなりそれたが、とにかく目立つクラスで勢いがある。そしてその担任が小町先生だった。ちなみに「小町」は名字だ。名前を僕は覚えていない。たしか「あやか」とかいったような。
そう、小町先生は女性教師だ。それも美人揃いといわれる御堂藤学園女性教師の中でも一、二を争うほどの。
年齢はまだ三十にはなっていないと思われるが若手女性教師の中では年長から数えて二番手だ。
実は沢辺先生が担任団では一番若い。二年生の担任団は西脇先生以外全員女子で、通常年齢順にA組から並べられる。小町先生より一つ年上の
小町先生としては自分が最も優秀なA組の担任になると思っただろうが、どういうわけか別の学年の担任団だった四十代の年配女性教師がA組の担任になった。小町先生としては面白くなかったに違いない。以上はさるルートからの情報だ。
僕はそれをふまえて小町先生に会いに行った。
「小町先生」
僕は机に向かって難しい顔で小テストの答案を見ている小町先生に声をかけた。
すぐ隣の西脇先生がチラリと横目で僕を見た。眼鏡がずれた冴えない顔だけど要注意人物だ。何しろあのミステリ研の顧問なのだから。
「何かしら、えっと……」小町先生は顔を上げた。僕の名前は出てこないようだ。
「
「
小町先生は真顔で言ったが、その言い回しは僕が最も嫌うものだった。西脇先生が顔を背けたが笑っているのは明らかだった。
「そうです」
「何か用かしら?」
基本的に小町先生が微笑むことはない。そういう顔の挨拶はしないのだ。中等部の頃から教わっているからよく知っている。先生は僕の名前を覚えていなかったが。
「実は数学の宿題の件ですが」
「何かわからないところがあったのかしら? ひたすら計算するだけの味も素っ気もない課題なのだけれど」
「でしたらもう少し量を少なめにしていただけると助かるのですが」
「あら、多いかしら? 三十分もあればできると思うのだけれど」
「それはよくできる生徒にはそうでしょう。しかし中には苦手な生徒もいまして、彼らにとってはかなりの負担となります」
「どのくらいの負担なの?」
「二時間も三時間もかかるかと」
「それはあなたのことなの?」
他人の話だと言って自分のことを相談する奴は多い。今回の場合はそれに当てはまらないのだが僕は肯定した。
「そうです。でも僕だけではありません。結構な人数の者が負担に感じていて、他にも予習復習があるし、部活もあるし、委員会やら何やらやっている人もいまして……」
「結構な人数というのは具体的に言うと何人くらい?」
「僕が知る限り五人はいます」適当に
「そうですか。では宿題は半分くらいにしてみましょうか。問題集の一問おきにします」
は? マジですか?
意外にあっさりと承諾を得られたので僕は目を丸くした。
「ただしそれで次回の小テストの出来が悪いようならもとに戻します。G組の前回の小テストは計算ミスが目立ちました。こればかりは数をこなしてトレーニングするしかないと私は思っています」
「ソーデスネ」僕は白々しく相槌を打った。
隣にいた西脇先生は眼鏡を下に下げていて、チラリと僕を見遣って、フフンと笑ったような顔をした。僕は小町先生に丁重に頭を下げて退室した。
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