と思うんだよね
そんなことがあった数日後、僕は
「あのね、
沢辺先生は「目安箱」と言ったが正式な名称はない。職員室を入ってすぐのところに目立たない、ひっそりとした雰囲気で「何か困ったことがあったら書いてここに入れてね」と書かれた箱があるのだ。おそらくはいじめなどに配慮した投書箱だと思われる。それのことを沢辺先生は目安箱と言ったのだ。
「その投書によると、学級委員の生出くんが同じクラスの生徒に宿題を写させている、と書いてあったの」
はあ、なるほど、そう来たか、と僕は呆れたが、冷や汗も出ていた。さすがに先生にそのことを言われると僕みたいな気の弱い男は緊張してしまう。罪の意識も感じてしまう。
「ほんとうなの?」沢辺先生は心配そうに訊いた。いつも元気で明るい沢辺先生のこんな顔は初めて見た。
「ええ、まあ、そんなこともあったかな」
僕はとぼけた言い方をした。はっきりと否定する選択肢もあったのだが、そんな大事でもないし、密告者はしつこく投書を送ってくるだろうと思ったからだ。
「もしかして、見せるように強制されているの?」
沢辺先生の問題点はそこにあるらしい。僕がいじめでも受けていると思ったのだろう。
「いえ、単に見せてと言われたので見せただけです」
「誰?」
「それは言えません。言ったら先生はそいつのところに行くでしょう?」
言わなくても密告者が名前を挙げる可能性はあった。あるいはもう
「宿題の量が多いので見せあってるだけですよ。協力プレイというやつです」
そんな理屈が通じるとは思っていなかったが、沢辺先生の誤解は解かなければならない。僕は別に強制力を感じて多賀谷に見せたわけではない。「消しゴム、ちょっと借りるね」に「いいよー」と言った程度のことなのだ。
「そうなの?」沢辺先生は少しほっとしたような顔になった。「ちなみに宿題って、ほんとうに多いの? どの先生?」
「数学ですよ、
「ああ……」沢辺先生は間の抜けたような顔で納得していた。
「あの先生、基本的に数をこなさせるタイプです。だから副教材の簡単な標準問題でも全部やらせる。授業で教えきれないからほとんど自習ですよ。それも、わからないところはいつでも訊きに来て、とか言っておきながら、訊きにいくと、こんなこともわからないの?という顔をするんです」
「はあ、そうなの?」沢辺先生は苦笑している。
「正直なところ、宿題を減らしてもらえないなら、生徒はみんなで分担してこなしたいですね」
僕はつい興奮してしまった。しかし困惑する沢辺先生の顔を見て我に返った。
「あ、すみません、先生にこんなことを言っても仕方ないですね」
「良いのよ。私の方から小町先生にもう少し宿題を減らしてもらえないか言えれば良いんだけど」沢辺先生は申し訳なさそうな顔になった。「言えないわね、小町先生、怖いんだもの」
やっぱり。
「下手に言うと、そんなことをしたらG組はまさにゴミ組に落ちてしまいますよ、って言われそう」
「もしや、ゴミ組って言ったのは小町先生ですか?」
「いえ、違うわよ、とんでもない!」と沢辺先生は慌てて手を振ったが、それに近いことを小町先生は言ったに違いなかった。「とにかく、宿題を他の生徒に見せるのは良くないわ」
「といって、よくできる生徒でない限り自分で全部やるのは無理がありますよ」
「困ったわね」
「このこと、
「知らない。言ってないもの」
「言わないのは……」何となくその理由はわかる。
「大事になるじゃない。誰がどうしたのか、その背景は? どうしたら解決できるのか? みんなで考えましょうって話になるわよ、絶対」
「先生、よくお分かりで」僕は感心した。
「私だってそこまでバカじゃないわよ。ちゃんと考えてる。だから生出くんを学級委員にしたんだし」
「え?」
「とにかく、鶴翔さんには言わないで、何か手立てを考えましょう」
「投書を無視するという選択肢は?」
「わざわざ投書した人が無視されて黙ってると思う?」
「思いません」
「ホントに誰なんだろうね」僕はそれを知っているとは言わなかった。
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