難しい

 相変わらず昼休みは賑やかだ。いや、うるさい。隣で寝ている奴はいるが、そういうのは例外だ。我慢できない奴はどこかへ行っている。教室に残っているのは騒音を屁とも思わない連中だった。

 僕は動くのが面倒だったので、教室にいて、宿題をしていた。

 僕はその日出た宿題を早めにこなすことにしている。できるだけ家には持って帰らない。まさに生徒の鑑。っていうのは自画自賛だ。

 元気な陽キャ連中は、じゃれついている癖にそういうのは目敏めざとく見つける。多賀谷蒼太たがやそうたがすぐそばに来ていた。

「さすが学級委員、もう宿題しているのか?」

「家でやりたくないんだよ」僕は返事くらいはできる人間だ。

「写させてくれ、オレも家に持ち帰りたくない人間なんだ」僕みたいな奴にでも手を合わせられるのが彼らの生態だった。

「いいよー」僕はノートを見せてやった。「横から勝手に見て写してくれ。僕は続けてやってるから」

「わりーな」

 数学の宿題だ。副教材の標準問題だから基本的な問題だし僕にも解けないことはない。ただ面倒なだけなのだ。みんなで分担して写し合ったら時短になると思う。そんなことを鶴翔かくしょうさんに言ったら軽蔑されるだろうけど。

 多賀谷が自分のノートを持ってきて写し出すと、後ろに控えていた彼の仲間たちが「あとで俺にも」とか言っていた。

 グループワーク。これが陽キャたちのスキルだ。それを持たないボッチはひたすら自分でやりとげるしかない。そんなやり方は本人のためにならないと鶴翔さんや先生たちは言うだろう。しかし要領よく生きるのもスキルの一つだ。世渡りの上手さとも言う。

 数学に限らず、物理の運動方程式とか、歴史の戦国武将だとか年号だとか、覚えたって役に立つとは思えないし、いつまでも覚えていられるわけでもないことは親を見ていればわかる。うちの親なんか坂本龍馬が何をやったかなんて知らないし、デオキシリボ核酸も知らないし、係り結びの法則なんて家庭科で教わったか?というレベルだ。それでもちゃんと生きている。僕や弟を私立に入れるくらいのことはできている。僕もそのくらいにはなりたいと思っている。

 何の話だっけ。そうそう要領だった。仲間を作ってみんなで解決していくのも努力の一つだと思う。僕にはなかなかできないけれど。

 しかし学級委員になって僕も少しは彼らのやり方を理解するようになった。だからこうして多賀谷にも見せてやっているのだ。ただそれを面白く思わない奴もいる。少しはなれたところにいる岩隈いわくまが顔をしかめているのを僕は見てしまった。

 僕はコミュニケーションは苦手だが顔色を窺って読み取るスキルはそれなりに持っているつもりだ。それによると岩隈は、僕が多賀谷に宿題を見せてやっていることを苦々しく思っているようだった。といって彼が特別正義感が強いというわけでもない。仲間を作って協力プレイすることができない自分に苛立っているように見えた。それはボッチの妬みだろうし、僕も理解できるが、陽キャたちの言動を気にしても仕方がないだろう。

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