なかなか

 ロングホームルームでの学級会は順調に進行した。

 いつものことだが、はじめのうちは鶴翔かくしょうさんが僕をたてて僕に議事進行をさせる。そして僕が躓くと鶴翔さんが代わりに前に出てくるのが恒例だった。

 ただ、やはり鶴翔さんが議長になった方がことはうまく運び、うまく決まるので、いつも鶴翔さんが仕切っている時間の方が長い。そのことはクラス中が知っていて、それがまた僕をいじる口実になってしまうのだ。

 鶴翔さんが完成させたレジメをもとに、体育祭、文化祭、修学旅行の実行委員の割り振りがなされ、その業務が全員に確認され、話し合う日程も大まかに決められた。修学旅行については昨年度の一年生の時からそれぞれのクラスで修学旅行委員会が開かれていて、行き先や日程、旅費の積み立てなども進んでいて、その経験者が今年度も何人か引き続いてやってくれることになった。

 問題は班分けだ。一年生の時とはクラスが違う。修学旅行は二年生のクラスで班分けすることになるのだ。その決定は五月に先送りされることになった。まだクラスのグループ構成が完成していない、というのが主な理由だとみんなは理解していた。

 陽キャグループは早々とできている。彼らは彼らで集まるのだろう。しかし実はまだ半分くらいの生徒が自分の位置付けを終えていなかった。賑やかでうるさい「げんき組」だったが、その実態は半分に満たない元気な陽キャが騒いで、賑やかなクラスになっていたのだ。そのことは僕たちにしかわからなかっただろう。他のクラスにはG組は元気でうるさい「げんき組」だと認識されていたのだ。確かに元気な奴は多いには違いないが。

 ホームルームが終わり、下校時刻となった。部活のある生徒はそれぞれの部活に向かう。帰宅組は下校だ。

 僕と鶴翔さんは担任の沢辺さわべ先生に呼ばれた。いつもの階段踊り場に行くのかと思ったら教室に残るように沢辺先生は言った。どうも僕と二人だけで話し合うときと違い、鶴翔さんを交える時はしっかりと腰を落ち着けるようだ。

「クラスの様子はどうかな?」教室に三人だけになったのを確認してから沢辺先生が切り出した。「四月もあと一週間ほどになったことだし、みんな仲良くやってるかな?」

 初めて担任を持った沢辺先生にしてみれば、クラスの様子が気になるのだろう。まさかのようなケースはないだろうが、浮いている生徒がいないかとか気になるに違いない、と僕は思った。

「実は意外にひとりでいる生徒が多いと思いました」鶴翔さんが正直に答えた。「でも徐々にでもまとまって、できるだけ早くクラス一丸となっていけたら良いと思っています」

「修学旅行の班分けもあることだしね」沢辺先生が言った。「あぶれる生徒がないようにしたい」

「それなら僕がそうした生徒と同じ班になります」僕は言った。

 もともと僕はあぶれる方だったので、何かグループを作る際にはいつも寄せ集めチームになっていたのだ。だから慣れている。

「私もそうしようと思っています」鶴翔さんも同調した。

「鶴翔さんは仲の良い人と一緒になれば良いじゃん。引く手あまたなんだし」僕はそう言った。

 何も鶴翔さんがわざわざボッチと一緒になることはないだろう。その意志は尊重するが、一緒に組まされた生徒が鶴翔さんの存在感で圧迫されていると感じるかもしれないし、鶴翔さんシンパの目も気になる。僕だったら大歓迎だが、班分けは同性でなされるのだ。

「君たちならうまくやってくれると思っているよ」沢辺先生は安心したように言った。「生出くんに学級委員になってもらってほんとうに良かったよ」

「え、そ、そうですか」僕は照れる。

「私もそう思います。生出君でないと見えないこともありますし」

「そうかなあ」

「私は孤立しがちな子に寄り添うことができません。あまりお節介を焼くと警戒されるようです」

「確かに、鶴翔さんに話しかけられて戸惑ってる子もいるよね」僕は言った。「鶴翔さんが眩しすぎて、まともに顔も見られないのだと思うよ」

 鶴翔さんが照れたように少し顔を赤らめた。「そんなことないわ」

 それがまた可愛かったので、僕も赤くなってしまった。何か柄にもないことを言ってしまったようだ。

「できるだけみんなと仲良くなれるように頑張ります」鶴翔さんは改まった。

「ところで」沢辺先生が少し咳払いをした。「二年生から中高一貫生と高等部入学生の混合クラスになったのだけれど、うまくいっているのかな」

 今度は個人レベルではなく、対立構造について沢辺先生は言及したのだ。実はそれはとても厄介で繊細な問題だった。

 一年生の時は別々だった両者が二年生で初めて同じクラスになる。教師も含めて部外者にはどうということのない話だ。わざわざ対立を煽ることもなかろう。現に鶴翔さんは全く気にしていなかった。

「それは大丈夫です。高等部入学生と中等部入学生の間に何の溝もありません」

 彼女の場合、部活連だのチアダンス部だのさまざまな部活、助っ人団などの活動でクラスや学年を越えて生徒と繋がりがある。だから高等部入学生と中等部入学生といったグループ分けは全く気にならなかったに違いない。常にいろいろな生徒と接しているからだ。

「それは良かった」沢辺先生は鶴翔さんが自信たっぷりに言うものだから、それを真に受けて安心した。

「これからも頼むわよー、二人とも」沢辺先生は鶴翔さんに力のこもったハグをし、その勢いで僕にもハグをしようとして止めた。「生出くんは壊れるかな」とか何とか言って誤魔化した。

「まあ、先生、それではまるで私が頑丈みたい」

 鶴翔さんが少しむくれた。それがまた可愛い。確かに鶴翔さんは肉付きが良いが沢辺先生とは比較にならない。身長は鶴翔さんの方が高いが、体表面積は沢辺先生が鶴翔さんの倍くらいある。って口にしたら殺されるな。あくまでもそういう印象だ。とにかく二人して仲良くじゃれていた。それはそれでこっちが恥ずかしくなるくらい幸せな光景だった。そんなだから彼女たちにはクラスの影の部分は見えなかったのだ。

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