つもりなんだけど
翌日、朝のショートホームルームが始まる前に僕は
いずれ議事録が回ってくるだろうが、たいした中身はなかった。
「本当にごめんね、ありがとう」鶴翔さんは頭を下げ、恐縮している。
まわりの視線が痛い。本来鶴翔さんはいつも自信に溢れていて、言動に迷いがなく、人に頭を下げることは滅多にないのだ。それは謝らないという意味ではなく、謝るような状況にならないことを意味する。
そんな鶴翔さんが僕みたいな冴えない男に頭を下げているのだから、クラスの、特に男子にしてみれば、なんだあいつは?ということになる。
「だ、大丈夫だよ、僕なんてたいして役に立ってないし」もうやめて、僕、視線に殺されるよ。
とにかく僕は鶴翔さんに頭を下げてほしくなかった。ひっそりとスクールライフを満喫しようとしていたのに、針の
「それで部活連の方はうまくいったの?」僕は話を反らすことにした。
「うん、それもこれも
「それは良かった」
鶴翔さんが嬉しそうに微笑んだので、周囲の視線も少し和らいだ、と思う。
鶴翔さんとは遠く離れた席で、僕は鶴翔さんが周囲の生徒と楽しそうにしているのを見て心が和んだ。
沢辺先生はホームルームの時間、多少の私語は見逃す。騒がなければ良いという感じだ。だから鶴翔さんが隣や前の生徒と楽しげにしていても何も言わなかった。
僕の席はというと、私語の声は聞かれない。隣の奴は机に突っ伏して寝ているし、それ以外も陰キャが並んでいたからだ。この机の配置は沢辺先生の案なのだが、どういうつもりでこうしたのかわからない。あるいは何も意味などないのかもしれない。
ただ沢辺先生は、元気なクラスにしようと言ってはいるが、肌が合わない者同士を無理やりくっつけるような真似はしなかった。むしろ仲の良いグループで固めている。そのせいで授業はうるさくなるのだ。他の教科の先生から苦情が来ないのだろうか。
でもそのお蔭で僕は自分の席についているとき息抜きができる。まわりはコミュニケーションをとらなくても文句を言わない者で溢れていたからだ。ただ一人、斜め前にいる
賀村はいわゆる陽キャで、このクラスの中心人物の一人だった。彼もまた高等部入学生だ。どうしてこうも高等部入学生はコミュニケーション力が高いのかと思う。
「元気」賀村はいつしか僕のことを名前で呼ぶようになっていた。彼らはそういう生き物なのだ。「ひとりで学級委員の委員会に出たんだって?」休憩時間に気まぐれに話しかけてくる。
「鶴翔さんが部活連の会議に出たからだよ。ほんとうに鶴翔さんは忙しい」
「あいつが何でも引き受けるからなんだよな。昔から頼まれたら断れない奴なんだ」
「賀村は鶴翔さんをよく知っているのか? 一年の時、同じクラスだったっけ?」
「中学が同じなんだよ。まあ長い付き合いだな」
長い付き合いなのか。僕はちょっと羨ましかった。
僕のクラスの男子は比較的明るい奴が多く、だから「げんき組」などという沢辺先生の悪のりに便乗したわけだが、そいつらはかたまっていて、ふだん僕が関わることはない。しかし僕が学級委員になってから賀村みたいな奴がたまに話しかけてくるようになった。ただ賀村がいると、ふだん関わらない他の奴らまで寄ってくる。それがウザかった。
「元気、学級委員のお勤め、ちゃんとできたのか?」いきなり話しかけてきたのは
「まあ、何とかやってるよ」それくらいの返しができる程度には僕もなっていた。
実は学級委員という肩書きは便利だ。何も肩書きがない僕だったら相手にもされなかっただろう。そして僕もまた今みたいに学級委員の顔で話ができなかった。
「
多賀谷も鶴翔さんを名前で呼んでいた。彼も同じ中学だったのだろうか。しかし賀村の取り巻き連中は皆、「知夏」と呼んでいるように思う。となると単なる便乗派だ。僕には絶対に真似できないが。
「腰巾着を頼まれてもな」僕は苦笑した。まあ、事実だが。
「何を話しているの?」突然鶴翔さんが割り込んできた。こういうことは珍しい。
「今、知夏の悪口を言っていたところだ」賀村がふざけて言った。
「そんなことしてないよ」僕は手を振る。賀村たちといると僕まで悪ダチの一人と思われかねない。
「生出君が人の悪口を言うはずがないわ」
「元気は言ってないさ。ただ、多忙な知夏のフォローをするのは大変だろうなと言っていたんだ、オレが」
「
こうして多賀谷も含めたグループでいると鶴翔さんの姿が違って見える。陽キャを相手にするときの鶴翔さんは自らも陽キャになりきり、言葉遣いからして態度も大きくなる。
「
「はいはい」
彼氏彼女に見えるのは僕の気のせいか。見ようによっては世話焼き女房だ。
「熱いね~、ごちそーさん」多賀谷が言った。
彼もそういう空気を感じたのだろう。だから僕の気のせいではない。
賀村と一緒にいる時の鶴翔さんは他の陽キャといる時とは雰囲気が違う。賀村が長い付き合いと言ったのも頷けた。僕は別に鶴翔さんの彼氏でもない。鶴翔さんが誰と付き合おうと鶴翔さんの自由だ。ちょっと残念に思うけれど。
しかし心配に思うことがある。我が御堂藤学園は校則で生徒同士の男女交際を禁止している。それを学級委員でもある鶴翔さんが破ったとなると、学校側も黙っている訳にはいかないだろう。何らかの処分が下されるに違いない。まさか退学にはならないだろうが、鶴翔さんの輝かしい経歴にキズがつくことは確かだ。それが僕は心配だった。そのあたりのことをこの陽キャ連中はどう思っているのだろう。そしてまた鶴翔さん自身は。
彼ら高等部入学生は僕たち中等部入学生に比べて校則に対する認識が甘い。もしや生徒手帳に記載された校則を読んでないのではないかとさえ思ってしまう。鶴翔さんに限って校則を知らないとは思えないけれど。
「生出君、誤解しないでね。いつもの単なる冷やかしだから」鶴翔さんは僕に笑いかけた。
「さすが、元気には殊勝な態度だな」
「輝から乗り換えか? んなわけないか、アハハ」
「おい、元気が困ってるぞ」賀村がたしなめた。
その時の僕がどんな顔をしていたのか僕自身にはわからない。さぞや無様な間抜け面をしていたと思う。彼らに悪気はない。僕をいじったりするのは、これが彼らのコミュニケーションの取り方だからだ。そういうのは理解していたが、やはりあまり気分の良いものではなかった。
「ごめんなさいね、生出君。バカな連中は気にしないで、これからもよろしくね」
「うん、任せて」鶴翔さんの一言で僕はいつも最後には気分が良くなるのだった。
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