世界を救った賢者の決別
もしも自分がもう一人いたら
もしも自分がもう一人いたとして。
自分と違うものを食べて、自分とは違う経験をして、自分と違う人と出会って。
それは果たして、自分と同じ人間と呼べるだろうか?
なんとなく気になって、シャナ・グランプレは、パーティーメンバーに尋ねてみたことがある。
「自分がもう一人いたらどうしますか?」
パーティーの突撃隊長である姫騎士。アリア・リナージュ・アイアラスは、腕を組んで空を見て、たっぷり返答までの時間を取ってから、答えた。
「お姫様やって責任を取る自分と、気ままに騎士をやってる自分に分かれて、役割分担するかなぁ」
穏やかな一国の姫君と、領民を守る苛烈な騎士。置かれている立場的にも、そして元々の性格的にも、明らかな二面性を持つ、彼女らしい返答だった。
「でもそれ、お姫様やってる方のアリアさんが割を食うというか。ちょっと不公平じゃありませんか?」
「んー、でも結局、シャナが言ってるそれってどっちもあたしなわけでしょう? だったら、自分の選択とか責任とか、そういう選んだものに迷いはないかなって。あたしが二人に増えたら、絶対やれることは増えるしね」
「なんか、ちょっと大人っぽいですね」
「お。シャナもようやく、あたしが頼れるお姉さんであることに気がついたかな!?」
「はいはい」
次に。
パーティーを見守る立場でありながら最強に近い立ち位置を確立している、見た目だけは幼い武闘家。ムム・ルセッタはその見た目通りに、無邪気に目を輝かせて言った。
「すごい。わたしが二人いたら、常に二人で、組手ができる……!」
「いや、そういう話をしてるんじゃないんですよ。質問の意図を理解してくれていますか?」
千年近い時間を生きているはずの拳聖は、やはりどこまでいっても修行のことしか頭にない、生粋の格闘家であった。
「でも、シャナ。相手がいない鍛錬と、相手がいる鍛錬は、得られる経験値に雲泥の差がある」
「いやまぁ、たしかにそれはそうかもしれませんが」
「あと、一人で修行してる時よりも、寂しくない」
「ムムさん。結構一人でふらふらしてるイメージあるんですけど、寂しくなったりする時ってあるんですか?」
「もちろん、ある。十年くらい一人で修行してると、かなりさびしい」
「時間の感覚がちょっと理解できませんね……」
さらに次に。
パーティーの回復役兼盾役兼武器兼財布である死霊術師。リリアミラ・ギルデンスターンは特に悩む素振りも見せずにあっけらかんと言い切った。
「どうするというか。そういう結果に落ち着きそうという予想になってしまうのですが。魔王様に味方するわたくしと、勇者さまに味方するわたくしに分かれて、敵味方になって殺し合う気がしますわね」
「うわ」
「うわってなんですの。うわって」
「ドン引きしてるんですよ」
考え得る限りの最悪の返答であった。魔王軍の四天王をやっていた頃からろくな女ではないことを理解はしていたが、蘇生の力を持った魔法使いがそれぞれにいる争いなんて、想像したくもない。血で血を洗う地獄絵図と化すに決まっている。
「いやでも、考えてみてください。人生には重大な選択を迫られる、運命の分かれ道とも言える瞬間があります」
「魔王の部下になったり、魔王を裏切ったりですか?」
「ええ、ええ! まさしくその通り! 魔王様を裏切って、勇者さまの味方をしたのが、今のわたくしです! ですが当然、そこで裏切りという決断をしなければ、魔王様に忠誠を誓い続けたわたくしもいたはずでしょう?」
そういったもしもの可能性を現実にできるなら、してみたい、と。死霊術師は言っていた。
「あと単純に、勇者さまに捧げるわたくしの愛と、魔王様への愛! 同じわたくしで、どちらの愛が上か勝負できるではありませんか!? 楽しそうだと思いません!?」
「ミラさん。とにかくあなたという存在は一人いれば充分だということがよくわかりました」
最後に。
パーティーを率いるリーダーである勇者にそれを聞くと、にこやかに笑顔で言い切られた。
「二人で世界を救いに行くかな」
「最高につっまんねー返答がきましたね」
「そこまで言われることある?」
シャナがばっさりと切り捨てると、彼はしゅんと肩を落として項垂れた。リーダーの威厳も何もあったものではなかったが、わりとこれが平常運転なのがこのパーティーのおもしろいところであった。
「でも、おれ勇者だしなぁ。世界を救わなきゃいけないしなぁ。おれが二人いれば、単純に考えて世界を救うスピードと助けられる数が二倍になるわけでしょ?」
「子どもでももう少しマシな計算しますよ。頭の中お花畑ですか?」
「さっきからなんでそんな辛辣なの?」
しかし、口ではそうは言ったものの。自分がもう一人いたら、迷わず一緒に世界を救いに行くと断言するのは、なんとも彼らしいとシャナは思った。
「あ。もう一個。やってみたいことあった」
「なんです?」
「せっかくなら、もう一人のおれと戦ってみたい」
「その発想。ほとんど武闘家さんと同じですよ」
「まじで?」
「はい」
「そっかぁ」
彼はバツが悪そうに頬をかきながら笑った。
「まあ、弟子は師匠に似るって言うし」
「そんなところまで似られても困るんですよね」
どうしてこう、このパーティーにはバトルジャンキーしかいないのだろうか。
「まあ、最初から『 』さんの答えに期待はしてませんけどね」
「ひどいなぁ」
軽く笑った彼は「でも、それなら」と言葉を繋げて、今度は質問を投げる側に回った。
「おれが答えたから答えてほしいんだけど、シャナはどうなんだ?」
「ええ……実際に増えることができる私に、それを聞きますか?」
「だからこそ聞くでしょ」
「……そうですね。まあ、私がもう一人いたら……」
せっかくなので、反撃と言わんばかりに顔を近づけて。小声で耳打ちをすると、勇者は目を丸くしてシャナを見た。
その顔が、なぜかとてもおもしろくて。笑ってしまったことを、今でも覚えている。
それはまだ、勇者が魔王を倒して、世界を救う前。
シャナ達が彼の名前を呼んで、彼もシャナ達の名前を呼べた頃。
勇者が、自身の名前と、大切な人々の名前を失う前のことだった。
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