勇者とヒモな悪魔
「おーほっほっほ! フルハウスですわーっ!」
すげえ! 死霊術師さんつえ〜!
リリンベラのカジノ、最高だぜ!
「今のでもう元手は三倍になったな……」
呟きながら、腕を組む。
バニーガールの馬鹿みたいな衣装で周囲の注目を集めていた死霊術師さんは、その馬鹿みたいな衣装のままするりとカジノのカードゲームに参加し、あっという間におれが貸した金額を十倍ほどまで増やすことに成功していた。
周囲には既に野次馬のギャラリーができており、その異常な荒稼ぎっぷりを見て、ざわざわと喧騒が広がっている。
「何者だ……あのバニーガール」
「スタッフじゃないのか?」
「いや、スタッフではないらしい」
「スタッフじゃないのになんでバニーガールなんだよ」
「わからん。自分から着てるんだろう」
「頭イカれてんのか?」
いや本当にね。おれもそう思うよ。
それなりに両手にチップをたんまり抱えた状態で、ニコニコと死霊術師さんがもどってくる。
「とりあえず一稼ぎして参りました!」
「うん。相変わらず賭け事に強いね」
元から腹芸が得意で頭が良い、というのもあるが、死霊術師さんはこういった賭け事やテーブルゲームの類いにかなり強い。賢者ちゃんももちろん頭の回転は早いのだが、盤面の読み合いや心理戦では、どうしても死霊術師さんに一歩譲ってしまうイメージだ。
「ふふっ……こういったゲームの肝は、引き際の見極めと、表情の読み合いです。コツさえ掴んでしまえば、あとは多少の運を考慮に入れて立ち回るだけですわ」
簡単にそう言われても、はいそうですかと簡単にできることではない。
おれは素直に死霊術師さんを褒め称えた。
「流石だね。やっぱうちのパーティーで二番目に賭け事に強いだけはあるよ」
「……二番目は余計です。二番目は。わたくしが目指すのは、常に一番の女ですので」
調子に乗っていた表情に、ちょっとだけ拗ねたような感情が乗る。
と、そんな死霊術師さんの肩を、黒服にサングラスの出で立ちの男が叩いた。
「すいません」
「あ、申し訳ありません。わたくしこんな格好をしておりますかが、スタッフではないのです。チップの換金などでしたらあちらのバニーさんに……」
「いえ、お客様にぜひご案内したいゲームがあるのです。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
どうやら、もう釣れたらしい。
荒稼ぎしている腕の良いギャンブラーしか案内されない、裏のゲーム。そこに潜り込むことが、死霊術師さんの目的だ。
いってきます。
気をつけてね。
一瞬のアイコンタクトでおれに確認をとって、白い尻尾がくるりと振り返った。
「それはそれは。是非遊ばせていただきたいです。よろしいですか? 貴方さま」
「うん。遊んでくるといいよ。おれは適当に時間を潰してるから」
黒服たちに囲まれて、バニーガールの背中が離れていく。
これでとりあえず、当初の目的は達成した。あとは、潜り込んだ死霊術師さんが良い感じに情報を掴んでくれることを祈るだけである。
「さて、と……」
しかし、こまった。
死霊術師さんが裏ゲームに行ってしまって、おれは特にやることがなくなってしまった。単純に、手持ち無沙汰だ。
「……スロットくらいかなぁ。おれがやれるのは」
スロットとは、魔力で駆動する絵柄合わせのゲームだ。コインを入れて、タイミングよくボタンを押すことで、絵柄を揃える。揃ったら、コインが払い戻される。単純な仕組みだ。
とりあえず空いてる席に座って、絵柄を合わせようとがんばってみる。
純粋な動体視力と反射神経なら多少の自信があるので、こういうゲームはまだ得意な方だ。逆に言えば、こういうゲームくらいしかおれには自信がない。
「フフ、そこのお兄さん」
「え? おれですか?」
「ああ。あなただ」
隣の席から声がかかる。
横目で見てみると、そこに座っていたのはイケメンだった。
赤いシャツに、白のジャケット。整髪料で固めた髪。いかにも遊び人ですといった風貌だが、しかし間違いなくイケメンであった。
「すまないが、コインを一枚、貸してくれないだろうか」
「えぇ……」
そんなイケメンは、イケメンのくせに、たかってきた。
「いや、実はおれも一緒に来ている人にお金貸してて……あんまり手持ちが」
「なに。それは良くないな。金の貸し借りは人間関係を歪める。貸したのは男か?」
「あ、いえ。女性ですけど」
「ますます良くないな。金の貸し借りは健全な男女の関係ですら歪めてしまう。悪いことは言わないから、貸したお金はすぐに返してもらった方がいい。それはそれとしてコインを一枚恵んでくれないだろうか」
「自分が言ったこともう忘れました?」
なんだコイツ。
「ククク……頼む、信じてほしい。この台は、次こそ出るんだ」
「それ絶対に出ないやつのセリフ」
「いいや、出る。オレは次に、七を三枚揃えて勝つ」
スロットに手を添えて、男は自信満々に言い切った。無駄に顔が良いので、雰囲気だけはある。
このままごねられても面倒なので、おれは一枚だけコインを恵んであげることにした。
「……はぁ。一枚だけですからね」
「フフ……ありがとう。本当にありがとう」
「いいから早く回せ」
伊達男はおれから受け取ったコインを躊躇なくスロットに突っ込み、躊躇いなく回した。
「……うお。マジか」
「ククク。当然だ。オレは、やるといったらやる男」
その結果、大当たりの音が鳴り響き、数えきれないコインが排出口から溢れ出してきた。しかも、揃った絵柄は宣言通りに七が三枚である。
これ以上ないドヤ顔で、伊達男は笑う。
「言っただろう? 運命の女神のハートは、常にオレの言葉の矢によって射抜かれる、と」
「聞いてないけどすごい!」
「ククク……窮地を救ってもらった礼だ。時間はあるか? よければ、バーで一杯奢ろう」
「お、ありがとう! 実は、ちょうど暇してて……」
「フフ。気にするな。こうして隣の席で打っていたのも、何かの縁だ。オレの名は、サジタリウス。お前の名前は?」
「おれは……」
まじまじと。
それこそ穴が開くほど、おれは伊達男の顔を見詰めた。
サジタリウス、と。男は言った。
名前が、聞こえた。
聞こえてしまった。
「どうした? オレの顔に何かついているか? いや、たしかに今のオレにはツイている……勝利の女神の天運が、な」
「あのさ」
「なんだ?」
「おれ、実は人の名前が聞こえない呪いにかかってるんだけど」
「フフ、おもしろい冗談だ。まるで勇者だな」
「うん」
「……ククク。フフ……いや……え? 勇者?」
「うん」
「…………」
イケメンの顔に、だらだらと情けない冷や汗が浮かぶ。
その名前を。
一言一句、再確認するように、おれは言った。
「なあ、サジタリウス。お前、悪魔だろ」
束の間の、沈黙。
震える膝を折り曲げ、地面に両手を突いて。
「ククク……勇者よ。命だけは助けてください」
最上級悪魔は、それはそれは見事な土下座を行った。
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