合コンガールズトーク

 馬鹿な男連中がお手洗いに立っている間、当然会場には女子だけが残る。


「で、みんなは後輩くんのどんなところが好きなの?」


 イト・ユリシーズは馬鹿な男連中がいない間に、でかい爆弾を落としにかかっていた。

 賢者、シャナ・グランプレはジンジャーエールをちびちびとすすりながら、じっとりとした視線を隣に向ける。


「ユリシーズ団長」

「イトでいいよ、賢者さま、じゃなくてシャナちゃん。今日はオフだし、お互いに堅苦しいのはぬきでいこ?」

「では、イトさんと呼ばせていただきます。イトさん、その質問は、まるで私達が勇者さんのことを異性として好いていることを前提にしているように感じるのですが……」

「え、違うの?」

「……それについては答える義務がないので黙秘するとして」

「ワタシは後輩くんのこと、好きだよ」

「……あなたが勇者さんのことを好いているか否かは、かなりどうでもいいですし、別に聞いてもいないですし、本当に興味もないのですが、私がここで訂正しておきたいのは……」

「だからこの前も、ほら……キス、しちゃったわけだし。シャナちゃんは後輩くんとしたことある? ちゅー」

「がるるるっ!」


 あまりにも会話のキャッチボールができないので、シャナは人間として言葉を交わすことを放棄して、獣として唸り声を上げることを選択した。

 ビールのジョッキを空けることに集中していたアリアが、さすがに止めに入る。


「シャナ! ステイっ! ステイ! 先輩こういう人だから! ほんとに元々こういう感じだから!」

「アリア? こういう人ってどういう意味かな? 尊敬すべき先輩に向かって」

「だって先輩わかっててやってるでしょう!?」

「そりゃあねえ。だってここにいる全員、ワタシにとっては恋のライバルであるわけだし。ワタシだけは後輩くんのパーティーメンバーじゃないから、ちょーっと仲間外れ感はあるし。敵情視察はしときたいでしょ」


 からからとそう言うイトに、アリアは深めの溜息を吐いた。

 まったくもう、と呟きながら、アリアは懐から小さな包み紙を取り出し、勇者の使っているコップにその粉末状の中身をさらさらと入れる。


「大体、イト先輩は……」

「まってまってまって!? 今なに入れたの!?」


 立場を完全に逆転させて、今度はイトがアリアにツッコミを入れた。

 危なかった。あまりにも動作が自然過ぎて、スルーしてしまうところだった。


「え? なにって見ての通り。勇者くんのコップに薬を入れただけですけど……」

「なんで当たり前のように本人がいないところで薬入れてるの!? ダメでしょそれは!? ていうかなんの薬!? こわいんだけど!?」

「あ、大丈夫です。これはアルコールの分解を助ける、二日酔いとかに効果がある薬なので。勇者くん、二日酔い引きずるタイプだからこういうのあった方がいいんですよね。いつもの睡眠薬とかじゃありませんよ」

「いつもの睡眠薬……?」

「イトさん。ステイ、ステイですよ。アリアさんはわりと普通に勇者さんに薬を盛ります」

「それいいの? 食事に薬盛るってパーティーメンバーとしてわりとやっちゃいけないことしてない?」


 明るいアリアの笑顔の裏に、闇を垣間見る。

 イト・ユリシーズは確信した。

 やはりこのパーティーの倫理観はおかしい。


「まあ、勇者さまはいろいろと無理をしてしまう方なので。アリアさまがお薬を盛ることで、事態が好転することは多々ありました」


 ワインのおかわりを勝手に注いでいるリリアミラが、補足して言う。


「そ、そうなんだ……」

「ていうか勇者さんももはや、何入れられても特に気にしないまでありますね。いつでしたっけ? あまりにも効果が強い薬盛りすぎて、二日くらい起きなかったの。あの時はさすがにちょっと怒ってましたけど」

「左腕がなかった時期でしょ。腕なくても無茶しようとするから、さすがに薬盛ってでも止めるよね」


 軽い調子で繰り広げられる会話のインパクトが、いちいち強い。


「……なんか、そういうのを聞いてると、やっぱりうらやましくなっちゃうなあ」

「うらやましい?」

「うん。うらやましいよ。ワタシはみんなみたいに、後輩くんと冒険したわけでも……わけでもないから」


 勇者くん、後輩くん。

 イトはあえて、その名称を使い分ける。

 勇者のパーティーは、勇者を除いて、全員が女性だった。リーダーである勇者以外、メンバー全員が女性で構成されていた、というその事実を「英雄色を好む」とはっきり馬鹿にする人間もいるが、そういった批判は多数派ではない。

 それは、勇者が実際にそのパーティーを率いて魔王を討ち倒したから。なにより、そのパーティーの戦いぶりを目にした人間が、疑いを持たなくなるからだ。


 勇者は、世界を救うことだけを考えて、自分の仲間を選んできた。


 ここにいる彼女たちは選ばれて。

 自分は選ばれなかった。

 イトの中にはどうしても、そういう意識が残っている。


「もちろん、今は負ける気がしないけどね」

「……でも、結局。あたしは勇者くんを守れませんでした」


 ぽろり、と。

 アリアが、そんな言葉を溢した。

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