合コン参加者は増え続ける

 そうきたかぁ……いや、そっか……うん。

 隣国の姫君。

 メガネさんの説明は一言一句、これっぽっちも間違ってはいないので、もはやツッコミを入れる気にもならない。

 やはり花が咲くような明るい笑顔で、騎士ちゃんはこちらを見た。


「来たよ! 勇者くん!」

「うん。いらっしゃい」

「噂には聞いてたけど、あたし合コンってはじめて!」

「おう。おれもはじめてだよ」

「楽しみだね!」

「そうだな……」


 こんなに知り合いしかいない合コンを催している場所は、世界でここしかないと思う。


「で、どうかな?」


 問われて、騎士ちゃんの姿をまじまじと見詰める。

 もちろん、よく似合っている。細々とした装飾品や複雑なデザインのドレスをセンスで着こなしている死霊術師さんとは真逆に、全体的にシンプルな方向性でまとめていることがわかる。しかし、だからこそ目立つ赤色がよく映える。そういうところが、如何にも騎士ちゃんらしい。

 けれど、いつもの騎士ちゃんとは明確に異なるポイントが、別にあった。髪だ。ポニーテールの形で括られていることがほとんどの金髪が、今日は下ろされていた。艶やかな金髪が、肩口で靡いてる。寝起き以外で、髪を結っていない騎士ちゃんを見るのはかなりめずらしい。

 騎士ちゃんのイメージは、かわいいときれいで迷うところではあったけど。今日の騎士ちゃんは、明確にキレイだと思った。


「大人っぽい」

「……むむ。それは、普段は子どもっぽいって意味に取れるんだけど。褒めてる?」

「すごく褒めてる」

「……ふーむ。まあ、良いや」


 その手が、真っ直ぐこちらに向かって伸びる。


「では、席までご案内していただけますか? 勇者様」

「……もちろん、喜んで。お姫様」


 いつまでも立ち話というわけにもいかないので、席につく。

 先生が端に座り、そこからバカとメガネさん、おれの順番。対して、先生の正面に死霊術師さん、騎士ちゃんという形だ。意図せず、先生はしっかりと狙いの女性の正面の席を射止めた形である。

 対面には、空いてる席が二つ。つまり、あと二人は女性が来るということだ。

 おれは小声で、司会進行役のメガネさんに話しかけた。


「メガネさん。これもしかしておれの知り合いしか来ない感じですか?」

「わからん。この合コンのメンバーの人選は陛下が自ら行っておられるからな」

「知り合いしか来ないなら、おれもう帰りたいんですけど……」

「勇者殿。馬鹿を言わないでいただきたい。あなたが主役の合コンだ。主役が帰ってどうするというのか?」


 いや、知り合いしか来ない合コンセッティングする方がバカだろ。絶対おれは悪くないよ。


「まったく、始まる前から帰りたい、などと。そんなことでは先が思い遣られる」

「本当にその通りですね。男同士でコソコソと。見苦しいですよ」


 背後から、かわいらしい毒舌が、耳を打った。


「あ、賢者ちゃん」

「つまらない反応ですね。もう少し何か言うことはないんですか?」


 さすがに三人目だ。いい加減慣れてくる。

 しかし、軽い気持ちで振り返ったおれは、賢者ちゃんの姿を見て言葉を失うことになった。


「……うぉ」

「……ふふん。前言撤回します。その顔とその反応は、ちょっとおもしろいです。何も言わなくても許してあげましょう」


 本当に、ちょっとびっくりした。

 ドレスの色は、黒。吸い込まれそうなその滑らかな漆黒に、陶磁器のような白い肌のコントラスト。人形のような、という例えは人に対して使われる時は悪い意味を含むこともあるかもしれないが……目の前の賢者ちゃんに関していえば、本当に完璧な、造り物のような繊細さがあった。

 なによりも驚いたのは、賢者ちゃんが騎士ちゃんとは正反対に、髪をあげていることだった。


「……おれ、賢者ちゃんのおでこ、はじめて見たかも」

「あたしも」

「はあ? 何言ってるんですか。私だって、社交の場であれば髪のセットくらいします」


 多少ゴムで括ったり、軽く三つ編みにしてまとめる程度なら、見たこともやってあげたこともあったが。前髪をすべてきれいにぴっしりと上げて、頭の後ろできっちりと結っている姿を見るのは、はじめてだ。固めのシニヨン、とでも言えばいいのだろうか。常にくせっ毛で隠されている尖った耳が、はっきりと見えている。


「……普段は、あまりこういうものを着ないのですが。せっかくなので……勇者さんの色にしてみました」

「うん。よく似合ってる。髪型もかわいいよ」

「本当ですか?」

「もちろん」

「それなら、まぁ……よかったです」


 ちょっと困った。

 普段は、かわいいの分類で落ち着いていた賢者ちゃんに、こういう格好をされるのは……純粋に美人だと思ってしまうから、本当に、ちょっと困る。

 軽く狼狽えてる内心を悟られないためにさらっと褒めたが、周りには見抜かれてる気がする。具体的には、ニヤニヤしてるヒゲオヤジとかバカイケメンとか、対面に座ってるえっちなお姉さんとかに。

 だが、そんな賢者ちゃんの登場に最も狼狽えたのは、おれではない。


「け、けけけ、賢者殿……!」


 おれの隣に座っていた、メガネさんだった。

 あまりにも狼狽えすぎて、立ち上がった拍子に椅子が音を立てて後ろに倒れた。

 少し朱色に染まっていた賢者ちゃんの表情が、そこでようやくメガネさんの存在に気がついたのか。ころりと入れ替わる。


「ああ……ご機嫌よう。団長さん」

「は、はい!」


 賢者ちゃんは歳不相応なほどに妖艶な笑みを浮かべて、黙っていれば鋭利な容貌の騎士団長の頬に腕を伸ばし、指を這わせた。


「どうしました? 急に立ち上がって」

「い、いや。パーティーの類はお嫌いだと思っていたので、まさかいらっしゃるとは思わず……」

「そうですね。きらいですよ。ですが、たまにはこういう場に来るのもいいでしょう」


 上目遣いで、見下した視線。

 その深い碧色の眼に見詰められて、喉がごくりと鳴る。


「ところであなた、いつまで突っ立っているんです?」

「い、いや、これはその」

「そんな風に狼狽えていると、せっかくの良い男が台無しですよ。それに、行儀もよくないですね」


 本当に楽しそうに、一言。

 賢者ちゃんは、囁くように告げた。


「おすわり」

「……わん」


 もうダメだろこの合コン。

 司会が豚メガネさんじゃなくて犬メガネさんだもん。

 終わりだ終わり。頼む。早く解散させてくれ。


「…………帰りたい」


 犬メガネさんが、小さく呟いた。

 コイツ、さっきはおれに無責任だなんだと言ってたくせに……! 


「……それにしても」


 目の前に座る美女たちを眺める。

 元魔王軍四天王で、今や世界を股にかける運送会社の元締め。

 隣国の姫君で、今やこの国の一部を預かる領主。

 ハーフエルフで、今やこの国の中枢に最も近い宮廷魔導師。

 本当にすごい顔ぶれである。全員知り合いだけど。


「ところでみんな、あと一人誰が来るのか知ってるの?」

「いえ、わたくしは特には……」

「あたしも知らないよ」

「お誘いは陛下から受けましたが、メンバーについては当日まで秘密だ、と。そう言われましたからね」


 そろそろ約束の時間が過ぎるのですが、遅刻は感心しませんね、と。

 賢者ちゃんがそんな言葉を言い切ったタイミングで、会場の扉が勢いよく開かれた。


「着いた着いた〜! みなさん、おまたせしました〜!」


 喉から、変な声が漏れそうになった。


「……遅刻だぞ、バカモン」

「ごめんごめん。ちょっと迷っちゃって……」


 少し厳しい口調で咎めた先生を、彼女は手で拝む。


「騎士団長が王宮で迷うとは……さすがですね、会長」

「むっ! ワタシは悪くないよ。無駄に入り組んだ造りしてる王宮が悪い!」


 バカイケメンの皮肉をさらりと躱して、コツコツとヒールの音が鳴る。

 死霊術師さんも、騎士ちゃんも、賢者ちゃんも、全員が揃って、彼女の姿を注視する。倒すべき敵を、見極めるように。


「やぁやぁ、後輩くん」

「……どうも、先輩」


 その登場がもたらす緊張感は。

 まるでこの部屋に、魔王が現れたようだった。






「ふぎゃぁ!?」


 そして、慣れないヒールに転んだ。

 あ、よかったいつもの先輩だ、と。おれは思った。

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