謎のお姉さんは、最強
「なるほど。つまりお姉さんは、王都の騎士団の団長さんなんですね?」
「そうそう。そうなんだよ〜」
「小規模な部隊を率いて来たものの、まずは散歩がてらにダンジョンの浅い階層を見て回ろうと一人で勝手にダンジョンに入り……」
「うんうん」
「しかしすっかり道に迷って出口がどこなのかすらわからなくなり」
「いえすいえす」
「道中で武器である剣も落としてしまい」
「然り然り」
「そして、トラップを踏んでさらに深い階層まで来てしまい、先ほどまで自力脱出困難な状況であった、と」
「そう! まさしく、そんな感じかな!」
「あなた本当に騎士団長ですか?」
わたしにはちょっと、このおとぼけお姉さんが王国に五人しかいない騎士団長であることが、まるで信じられませんでした。あまりにもおマヌケです。ダンジョンに一人で入って迷った挙げ句、罠にハマって一人で深い階層まで落ちてくるなんて、考えなしが過ぎます。
「でもでも、そういうアカちゃんもワタシと同じように罠にハマって落ちてきたクチじゃないのかな?」
……考えなしが過ぎます!
わたしは腕を組みながら、団長さんを見下ろしました。
「ていうか、アカちゃんってもしかしてわたしのことですか?」
「うん。あなた、かわいいし赤いし、なんかちびっこみたいな雰囲気だから、アカちゃん!」
「本当にちびっこみたいな呼び方をされても困ります! 別のあだ名を所望します!」
「えー、お姉さん的にはめちゃくちゃかわいいあだ名だと思うんだけど……」
まあいいや、と。特に気にする様子もなく、騎士団長さんはわたしの正面に回って聞いてきました。
「アカちゃんは、なんでこんなダンジョンに一人で来てるの?」
「同じように一人で来てるお姉さんがそれを聞きますか……?」
「ワタシはほら、仕事だしねぇ」
にこり、と。笑う騎士団長のお姉さん。普通に仕事で来て勝手に迷って勝手にダンジョン散策されてる方がどうかと思うのですが……
わたしは答えました。
「パーティーメンバーの皆さんに、こんなわたしでもお役に立てることを証明するためです!」
「へえ、アカちゃんは冒険者なんだ」
「はい! そうです! わたしの入ってるパーティーのみなさんは、本当にすごい方たちばかりなんです! でも……」
「自分は弱いから、役に立てるか不安?」
一言で内心を言い当てられて、思わずびくりと。体を震えて反応してしまいました。
「それとも、役に立てない自分は必要ないんじゃないか、とか。そんなこと思ってる?」
騎士団長のお姉さんは、片目に眼帯をされていて。瞳は一つだけでしたが……ですが、その琥珀色の瞳にどこまでも何もかも見透かされるような気がして、わたしは顔を背けました。
「おっ……お姉さんには、関係ありません!」
「きゃ〜! もうっ、アカちゃんかわいい〜! ワタシ、キミみたいな子ほんとに放っておけないんだ〜!」
「く、くっつかないでください! 暑苦しいです!」
何なんですかこの人は!
勝手にこちらのことを理解した気になって、勝手にくっついてきて!
騎士さんや死霊術師さんも身体的接触を伴うスキンシップが激しい方達でしたが……なんというかこのお姉さんは別ベクトルで苦手! 苦手です!
「……よしよし。大丈夫大丈夫」
と、いきなりハイテンションだった声がトーンダウンして、お姉さんの指先がわたしの髪に絡まりました。
「わかるよ、うん。わかるわかる。ワタシにも、そういう時期があったからさ〜。たくさん意地張って、自分は強いんだ! 必要とされる人間になるんだ、って。でも、そうやって意地と見栄ばっか張ってると、いつかワタシみたいに手痛い失敗をしちゃう日が来るよ」
わたしも鈍くはありません。なんとなく、お姉さんの言うその失敗が、片目の眼帯のことだということは、自然と察することができました。
「キミはきっと、良い子なんだろうしさ。かわいいし、みんなもたくさん可愛がってくれるんだろうから、今はまだたくさんそれに甘えていれば良いんだよ。いつか、返せるようになったら返したらいい」
「……そうですか?」
「そうだよ」
わたしが問い返したその言葉だけには、お姉さんは力強く即答しました。
「人間、意地ばっかり張ってたらいつか折れちゃうからね。一人ぼっちは絶対にダメ。人間は、誰かに頼らないと」
ついさっきまでは、あれほど煩わしかったお姉さんの言葉は。何故かわたしの胸の中にすとんと収まって、そのもやもやを晴らしてくれました。
「お姉さん」
「んー?」
「ありがとうございます」
「いえいえ。どういたしまして」
でも、それはともかく。
「お姉さん、わたしに「一人はだめだ!」みたいなお説教してたわりに、今現在進行系で、一人でダンジョン攻略してませんか……?」
「いやいや、それはそれ。これはこれっていうか……うーん、ほら! ワタシは散歩してたら迷っちゃっただけだから!」
「えぇ……」
お姉さんの都合のよい自己弁護に、抗議しようとしたのも束の間。
「……おっと危ない。頭下げな、アカちゃん」
お姉さんに手を引かれたわたしの頭上を、鋭い爪が横切っていきました。
「ひっ……あれって……メイルレザル!?」
「お。アカちゃんよく知ってるねぇ。感心感心」
お姉さんは能天気にそんなことを言いますが、わたしは思わず後退りました。
それがメイルレザルと呼ばれるモンスターであることは、上層階で特徴を教えてもらい、実際に仕留めたわたしにもわかります。
ですが、今。眼の前で舌をちらつかせているメイルレザルはわたしが仕留めたものよりも遥かに大きい……具体的には三倍ものサイズを誇っていました。
「こ、こんなに大きいだなんて……」
「うんうん。たしかにこのサイズは中々お目にかかれないねぇ。この階層でボスやってるのかな?」
言いながら、騎士団長のお姉さんは一歩。そのバケモノような巨体に向けて歩を進めました。
「アカちゃんは危ないから下がっててね」
唾液でぬらぬらと輝くその歯を剥き出しにして、大きな口が開きます。
「お姉さんっ!?」
「大丈夫大丈夫」
お姉さんに、武器はありません。
失くした、と言っていました。
だからお姉さんは、手に何も持たないまま、そのオオトカゲと正面から向き合い、そして……
「へ?」
そして、一刀の元に切り捨ててしまいました。
一瞬で三枚に卸されたトカゲは、その巨体を地面に落として、動かなくなってしまったのです。
「よーしよし。一丁上がり。いやぁ、コイツは食いでがありそうで良いね」
ニコニコと笑うお姉さんは、さっきまでとまるで変わらず。
ですが、その異質さの正体を確かめるために、わたしは聞きました。
「今……何で斬ったんですか?」
「おー? 斬ったことはわかるんだ。目が良いねぇ」
騎士団長のお姉さんは、わたしに向けてひらひらと。手のひらを振りながら答えました。
「手刀」
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