ライバルと全裸

 アリアぁあああああ! 

 昨日言ってくれたじゃん! 

 おれの騎士になるって言ってくれたじゃん! 

 自分で言うのもなんだけど、結構良い感じだったじゃん! 

 昨日、やさしい微笑みを見せてくれた蒼い瞳は、今は「知り合いに思われたくない」という目でこちらを見ている。正直泣きそうである。


「あの、憲兵のおじさん」

「何かね。全裸の少年」

「おれ、あの子と同じ騎士学校の生徒なんですよ」

「騎士学校の生徒? 馬鹿は寝てから言いなさい。キミのような全裸の少年が騎士学校の生徒なわけがないだろう」

「いや、ほんとなんですって。ほら、おれ結構良い筋肉してると思いませんか?」

「ああ。たしかによく鍛えているな」

「でしょう!?」

「胸を張るな。股関を隠しなさい」

「男同士で何恥ずかしがってるんですか?」

「はっ倒すぞ」


 おれに向かって暴言を吐きながら、裸のおれの両手に手錠をかけ、ぐいぐいと引っ張っていこうとする憲兵さん。

 やばいやばいやばい。ただでさえ入学式の日から屋上を半壊させてやらかしているのに、通学初日からお縄についたりしたら、マジで退学になってしまう。せっかくシエラが入学のために手を尽くしてくれたのに、何も学ばないまま退学するなんて絶対にいやだ。

 仕方ない。ここは強引にでも振り切って逃げて、あとで謝りに行く作戦でいくか、と。おれが覚悟を決めたその時。


「────その逮捕、待って頂きたい!」


 唐突に。頭上から響いた声に、おれも憲兵のおじさんも揃って上を見た。

 赤を基調にしたマントを翻し、見覚えのある制服……というかおれが今日から通うはずだった騎士学校の制服に身を固めた少年が、屋根の上に立っていた。


「とうっ!」


 うわ。高い場所から飛び降りる時に「とうっ!」って言うヤツ、はじめて見た。

 おれがドン引きしてる合間にも、その少年の身体は宙を舞い、何故か無駄に一回転をきめて、地面に着地する。白い歯を見せながら、その金髪男は憲兵のおじさんに一礼した。


「憲兵殿。朝から変態の捕縛、誠に御苦労様です。しかし、彼を捕まえるのは、このボクの顔に免じて、どうか再考を!」


 今、おれ変態って言われた? 


「その制服、きみも騎士学校の生徒か? いや、しかしその『肩幕ペリース』は……」

「はい。新入生です。そして、彼も騎士学校の生徒です。身元は、このボクが保証しましょう」


 言いながら、金髪のイケメンは憲兵さんにおれの学生証を提示した。転写魔術で写し描かれているおれの顔写真を、憲兵さんは胡散臭いものを観察するように、見比べる。


「むう。たしかに、本人のようだが……?」


 ああ、よかった。信じてもらえた。

 いや、ちょっとまて。そもそもどうしておれの学生証を、この金髪のイケメンが持っているんだ? 


「おい。あんた……」

「ボクの名は、レオ・リーオナイン!」

「あ、これはご丁寧にどうも。おれは……」

「自己紹介は不要だよ。昨日、もう済ませているからね。まあ、キミは忘れているようだが」

「ん?」

「ボクは、キミのルームメイトだ!」

「ルーム、メイト?」


 首を傾げながら、朧気な記憶を引っ張り出す。

 そういえばこのイケメンの顔、なんとなく見覚えがあるような……

 昨日の夜。寮の部屋に行った時のことを、少しずつ思い出す。


 ────これからよろしく

 ────やあやあ、こちらこそ。親交を深めるために、まずは飲み物でも如何かな? 

 ────おい、これ酒か? 気持ちは嬉しいけどそういうのはちょっと

 ────ああ、心配はいらないよ。ボクの実家は商家でね。これは今度売り出そうと思っている新商品のポーションなんだ。滋養強壮の効果がある

 ────ポーション。へえ……

 ────さあさあ。お近付きの印に、一緒にぐぐいっと

 ────じゃあ、お言葉に甘えて


「あーっ!?」


 思い、出した。


「お前、おれのルームメイトの!?」

「だからさっきからそう言っているだろう」

「おれにポーションを飲ませたヤツ!」

「フフッ。昨晩はお楽しみだったね」


 ふぁさぁ……と前髪をかきあげながら、金髪のイケメンは不敵に笑う。


「お前、まさか。あのポーションに変な細工を!?」

「いや、それはしてない」

「え」

「ただ、中の成分に悪酔いしたキミが、もっと飲みたいとか言い出して」


 ────おい、まだあるなら出せよ

 ────えぇ、しょうがないなぁ。特別だよ? 

 ────うへへ

 ────うふふ


「それで、寮の部屋から飛び出して行ったんだ。酔った状態で」

「……」


 おれは押し黙った。

 たしかに。たしかに、そうだった、かもしれない。

 いやしかし、だとしても、だ。


「じゃあ、どうして止めてくれなかったんだよ!?」

「フッ……ボクもポーションの効能に悪酔いして熟睡していたからに決まっているだろう?」


 もう売るのやめちまえ! そんな強い酒みたいなポーション! 


「しかし、こうしてキミを見つけることができて安心した。大事になる前でよかったよ」


 そうかな? 

 服を脱ぎ捨てて全裸で捕まりかけてる状況って、まあまあアウトだと思うんだが。


「まあ、いいや。とりあえず、そのマント貸してくれないか? さすがに股間は隠したい」

「断る。キミに貸したらその汚いイチモツがボクの上着に触れてしまうだろう。それは断じて許容できない。ふざけたことを言うのも大概にしてもらおう」

「お前がふざけるなよ。誰のせいでこんなことになったと思ってんだ」

「たしかにボクはちょっと悪酔いするポーションを親交の証としてキミに勧めたが、服を自発的に脱ぎ捨てているのはキミだ。責任の所在をすり替えるのはやめてもらおう」

「お前……ああ言えばこう言うな」

「率直に言って、ボクは今この瞬間も生まれたままの姿で平然と会話を行うキミの無神経っぷりに驚いているんだ」

「隠すものがないんだから仕方ないだろ」


 そもそも、レオはおれに向かって言葉を繋いだ。


「この『肩幕ペリース』は、きみのような人間が腰を隠すために巻いていいものではない。これは騎士学校の中でも最強の称号を手にした者にしか着用を許されない、特別なモノなのだから」

「っ……やはりそうか!」

「何か知っているんですか、憲兵のおじさん?」


 おれが問いかけると、憲兵のおじさんは頷いた。


「ああ。今年の騎士学校の入学主席といえば、魔法を持つ隣国の王女、アリア・リナージュ・アイアラス殿下で持ち切りだったが、もう1人……男子の主席入学者が、試験会場で三年生を打ち倒し、『肩幕ペリース』を奪って『七光騎士エスペランサ』の称号を得たという……まさか、こんなところで出会えるとは!」


 解説ありがとうございます、って言いたいんだけど、なに?

 どれがなにのなにでなに? 

 ペリース? エスペランサ? ちょっと専門用語が多すぎてわけわからん。


「きみにもわかりやすく言ってあげよう。この騎士学校の中で最強の称号を持つ7人が、これを着用することが許される。そして、ボクは入学した時からその称号を手にした、最強の1人ということさ!」


 なるほど! わかりやすい! 


「つまり、お前は強いんだな?」

「ああ、ボクは強いよ」


 赤い肩幕が、風に揺られる。

 おれの股間のアレも、風に揺られる。

 視線が、空中でぶつかり合う。


「いいね。そんな強いヤツとルームメイトになれたなんて、幸先が良い」

「それはこちらのセリフだよ。入学初日にあの姫様を倒した新入生と知り合えるなんて、やはり運命はボクを愛している!」


 芝居がかった仕草で腕を広げたレオは、その細腕で抱えきれるかあやしいほどの、巨大な戦槍を顕現させた。魔力を帯びた装備品を縮小して持ち歩くのは、騎士の中でも高等技術と聞く。どうやら、大口を叩くだけの腕前はあるらしい。


「ボクはキミを倒さなければならない! 本来なら、入学式のあとはボクの話題で持ち切りになるはずだったのに、キミと姫様に注目を攫われてしまったからね!」

「ああ、そういう理由なのか……」

「どうする? 逃げても構わないが?」

「逃げる? それは冗談だろ」


 あまりにもわかりやすい挑発に、笑みを返す。


「おれは魔王を倒す勇者になる男だ。騎士の1人や2人を前にして、尻尾巻いて逃げられるか」

「フフッ……やはり、耳にした噂は本当だったか。では、勇者を志すキミに、ボクは決闘を申し入れる! 受けてくれるか!?」

「こいよ」

「良いだろうッ!」


 レオが高らかに叫ぶのと同時、肩幕がうっすらと魔力を帯び、輝いた。

 ブーツが踏みしめた足元に、魔導陣が浮かび、おれとレオを中心に広がっていく。すぐ近くにいた憲兵さんとアリアたちが、はじき飛ばされるように外に出た。


「これは……!?」

「こ、これは、決闘魔導陣デュエルフィールド!?」


 はじき飛ばされた憲兵のおじさんが、起き上がりながら目を見開いて叫ぶ。


七光騎士エスペランサのみに使用を許された、一対一を強制する結界闘技場! どちらかが倒れるまで、外界と対戦者たちを完全に遮断するという高位魔術! まさか、こんな近くで見ることができるとは……!」


 解説ありがとうございます、憲兵のおじさん。

 その言葉通り、おれとレオを中心にして、円形のドームのようなものが展開されている。端の方まで寄っていき、軽くドームの壁を叩いてみると、コンコン、と硬質な音が鳴った。なるほどたしかに。なにやら特殊な魔術を元に練られているらしい魔力の壁は簡単には壊せそうになかった。


「ん?」


 ちょっとまってほしい。


「おい」

「何かな、我が好敵手よ」

「これ、決闘の決着がつくまで出られないんだよな?」

「ああ! もちろんだ!」


 今さら、あらたまって説明するまでもないが、あえてもう一度言わせてもらおう。


 ────おれは、一糸纏わぬ全裸である。


「……服も武器もないんだけど」

「いくぞっ!」


 斯くして。

 おれの人生初の決闘は、やはり全裸からはじまった。

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