#4-4 蹂躙

 無垢の地プルステラの民は自らの世界が無垢の地プルステラと呼ばれていることなど知らない。

 そもそも自らの他に世界があることを知らなければ、自らの世界に名を付けるという行為には及ばない。

 名前・名称とは、区別・識別するためのものである。ひとつしか無ければそのひとつを表す言葉で呼べばいい。


「それで――どうしてあなた方はこの“イノセンシア”にやって来たのでしょうか?」


 だが無垢の地プルステラの民は自らの世界を“イノセンシア”と呼んだ――つまり、異世界の存在はとっくに知っていたのだ。

 問われた側の魔術司ワーロックたちは驚愕するばかりだ。何しろ、そもそも死んだ世界デッドランドだとばかり思っていた場所にかなり成熟した文明が存在し、魔術では無い別の方法で魔術同様の現象を再現しているのだ。


「私が答えます」


 無人の部屋に個別に閉じ込められた四人の魔術司ワーロックたちは、用意された椅子に座りながら前面の壁に投影された質問者の映像ヴィジョンを見詰めている。

 拡声器スピーカーから飛び出してくる遠隔の音声に表情を険しくしながらも、しかし無垢の地プルステラの民は尋問ではなく質問に留めている。

 ならば交渉の余地はあると、最も頭脳明晰な太白が包み隠さず全てを打ち明けた。


 レルムは魔術による文明を栄えさせたために、夥しいほどの霊銀ミスリル汚染が蔓延してしまった。

 そのため、この無垢の地プルステラのような霊銀ミスリルに乏しい世界を求めているのだ、と。


 対応する星府職員は柔和だった。

 個別に隔離されているとはいえ、顔を見て話すことが出来たし、親身に話を聴いている素振りがあった。

 だが結局彼ら四人は捕らえられたまま、隔離された部屋の各所に設けられた排気孔から排出された薬物の吸気により昏倒した。そして星府が兼ねてより進めていた計画プロジェクトの礎となる。


 その計画プロジェクトの名は“D4” ディーフォー ――異世界の魔術士から霊基配列を取り出しそれを培養、複製されたそれを自世界民に埋め込み、後天的に魔術士を創り上げる、というものだった。


 無垢の地プルステラは魔術を知らなかった、いや発見できなかった世界だ。

 しかしレルムの民が侵入を果たした時、彼らはすでに魔術を知っていた。


 その十年前。

 レルム同様に、無垢の地プルステラに異世界から来訪する者があったのだ。

 その来訪者の名はヴァン・クレイズ・アンディーク――“アクロリクシア”と名のついた異世界にある“車輪の公国” レヴォルテリオ という国からやって来たのだと宣った。その目的は侵略などではなく、寧ろ異世界同士の友好を結ぼうと。

 そしてその証として、彼の住まう国で創られた“人型戦略支援躯体” ヒトガタ の一基を寄贈プレゼントし、また魔術についての基本的な知識をも与えた。


 彼の来訪が無ければ、今頃無垢の地プルステラはレルムからの侵略に何も出来ず屈していただろう――逆にこの経験があったからこそ、無垢の地プルステラはレルムから寄越された四人の魔術司ワーロックたちにいち早く対応出来たとも言える。


 だがこの四人が、無垢の地プルステラが創り上げようとする人工の魔術士の基盤となろうことを“来訪者” ビジター ヴァンは知る由は無かった。いや、D4計画自体が無垢の地プルステラを統括管理する星府の中でも異端的に秘匿された計画だったために、いくつかの質疑の末に相互不可侵の約束を取り付けそれを解放の条件とした後で、彼ら四人は自世界に帰ったものだと思われていた。


 霊基配列は人間だけではなく、無生物にすら宿る存在の必須要素だ。それを取り出されてしまっては、その存在は存続することは出来ない。


 そうして四人の霊基配列の複製を植え付けられた人工魔術士たちは“受憎者” ドニィ と呼ばれた。また、彼らに植え付けられた霊基配列の元の持ち主たちは“寄憎者” ドナー と。

 しかし無垢の地プルステラには魔術の行使に必要な霊銀ミスリルが乏しい。それ故、外気の霊銀ミスリルを用いた魔術は受憎者ドニィたちには難しく、だから彼らには“魔薬” ドープ が投与された。

 その薬液は霊銀ミスリルそのものから精製され、彼らの霊銀ミスリルの保有量を高めるとともに、循環を促して彼らの周囲に霊銀ミスリルを固定化するものだった。

 しかし成分の調整は難しく、霊銀ミスリル汚染により異獣アダプテッドへと変貌してしまう個体も少なくはなかった。


 D4計画の走り具合は決して芳しいとは言えなかった。

 そんな中で、レルムは帰って来ない・連絡すら取れない先遣の四人を追って、次なる部隊を送り出すことを決定する。

 続いて選出されたのは、魔術司ワーロックにまでは至ってはいないが一般の魔術士よりも秀でた準魔術司ウィザードである二人――日輪ヒノワ月輪ツキノワ、そして外法者の出ではあるが卓越した魔術の腕を持ち今では国家を影から支える禁術士メイガスの二人――羅雲ラゴラ計都ケイトの四人だ。


「どうしてその部隊にあたしが入っていないんですか!」


 レルムにおいて、全ての直接の決定権は魔術王にある。だから螢惑は自身の上官ではなく魔術王に直接抗議を行った。


「螢惑――お前は残る唯一の魔術司ワーロックだ。まだお前の出向くべき事態には無いと儂は考えておる」


(……このまま、黙って指咥えてろってか? ……くそっ!)


 どう言おうとも――その決定が覆らないことくらい螢惑とて承知している。だが転移の間にしか異世界への入口は無く、いくら螢惑とは言えそこに忍び込もうとも転移陣を起動させることは王家の血が無ければ出来ないのだ。


 身が捩じ切れる想いで螢惑はただ仲間たちの――とりわけ恋人である太白の――無事を祈り待った。その中で、自身があの無垢の地プルステラに赴く任に就くことを願っていた。

 はやく逢いたい。

 逢って労いたい。

 抱き締めたい。

 その肌の温度を、感触を、匂いを確かめたい。


 だがその願いは叶うことの無いまま――――遂にレルムは、無垢の地プルステラに反撃に遭っていることを知り、後発の四人すらをも失ってしまったことから強硬策へと舵を切る。


 そして螢惑は。


「螢惑、仲間を――仲間を、取り戻すのだ」


 太白との別れからすでに経過した半年という短いようで長い時間に、感情の半分を削がれていた。


「――――御意」


 触れた転移陣は温かくも冷たくもない光を放ち、螢惑の身体は湧き出た光に飲み込まれ、そして即座に闇に包まれた。

 瞬きをしたような感覚で、気付けば目の前には戦火が燃え盛り、紛れも無い戦場がそこにはあった。


 侵略へと乗り出したレルム――転移のために接続した、交わらぬ座標同士を繋ぐゲートから、レルムの荒れ果てた霊銀ミスリル無垢の地プルステラに流れ込んだのだ。

 まさかそんなことが起こるとは――その場にいた誰しもが、そしてその場にいなかった誰しもが予想だにしなかった。

 無垢の地プルステラ霊銀ミスリルに乏しく、故に世界そのものが霊銀ミスリルへの抵抗力に欠いていた。


 次々と起こる異獣化アダプタイズ異骸化アンデディングに、もはや敵と味方の区別など無く惨劇は降り注いでいた。

 レルムから降り立った戦略魔術士たちは異獣化アダプタイズした無垢の地プルステラの民に悉く殺され、異骸化アンデディングにより異骸アンデッドとなって異獣アダプテッドとともに見境なく命を散らす。

 対抗しようと前線に躍り出た受憎者ドニィたちすらも、半分が異獣アダプテッドに、もう半分が異骸アンデッドとなった。


 地殻や地形までもが変異を齎され、また電子情報にも霊銀ミスリル汚染は侵蝕した。

 もはやレルムも無垢の地プルステラも無かった。

 熱が高いものから低いものへと移るように、レルムの荒れ果てた霊銀ミスリルはどんどんと無垢の地プルステラへと流出していった。

 現地にて受憎者ドニィたちが、そしてレルムの魔術士たちが交戦および抗戦のために魔術を行使し、荒れ果てた霊銀ミスリルは荒れ果てたまま、星ひとつ分しか無い小さな世界を蹂躙していく。


 地獄絵図と言えば――誰もが「そんな生易しいものじゃない」と呟いただろう。

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