#4-3 浄土

 幾多の侵略から身を守って来たレルム。

 侵略が鳴りを潜めたのはその数が五十を超えたあたりからだった。


 侵略を仕掛けた側が敗走する時、一時的に接続された世界同士が切り離される。

 その際に帰れずに残ってしまった兵や兵器、それらを取り込んでレルムはより豪壮なものとなっていったのである。

 故に異世界はレルムを強国と認め、侵略を仕掛けるには分の悪い相手だとした。


 そしてレルムは狭い世界の中で魔術を研鑽し、やがてレルムの王は魔術王と呼ばれるようになる。

 決して異世界に攻め入らず、侵略を良しとせず与えられた小さな世界で手一杯だと、足りるを知る世界――それがレルムであり、そしてそれこそがレルム崩壊の理由だった。


 霊銀ミスリルは循環するものである。

 魔術として行使されれば励起し荒れる。それが鎮静するのには自然状態ではひどく時間がかかるものだ。

 世界の成長・拡張には霊銀ミスリルの活性は必要不可欠だ。霊銀ミスリルが“変異の元素”などと呼ばれるのは、活性した霊銀ミスリルが結びついた物質・現象を変異させてしまうからであり。

 世界の成長・拡張のためにその性質は必要だった。

 いや世界に変化を齎すために霊銀ミスリルはあるのでは無いかという論文も、幾つかの世界に生まれている。


 とにかく――レルムは極めて短期間に世界が成長した故に、その領内の霊銀ミスリルはひどく荒れ狂っていた。その程度を言えば、ただ道を歩いていた人間が急に異獣化アダプタイズする程であり、死者は種を問わず皆異骸化アンデディングするくらいだ。

 世界の規模を拡張しなかったレルムは、真っ新な霊銀ミスリルに欠乏していたのだ。それゆえこのような事態が引き起こされた。


 焦り、霊銀ミスリルの活性化が原因であると突き止めたレルムだったが、その鎮静にはどう足掻こうと時間が必要であり、つまり火急的速やかに対処するのならば侵略という悪行が必要だった。

 魔術王と名乗りを始めてから――いや実際にはその前、誕生時から――レルムは侵略に争い続けて来た。

 手に負えない広さだから国が二つに割れ、同じ方向を向けずに対峙し合う関係が生まれるのだと考え、世界を拡げては来なかった。


 それを今、覆さなければならない。


 だが魔術王はそれでも頑なだった。

 何とか、侵略では無い方法は無いのかと――そうやって無為の時間を棄てたことで、その世界“無垢の地” プルステラ を見つけた。


 その世界のことは知らなかった。しかし理論上はあって然るべきだった。それが本当にあるのだと発見出来た時、魔術王は天にも昇る心地だった。


 彼らが望んだのは――霊銀ミスリルだった。

 魔術王が選択したのはその無垢の地プルステラへと移り住まうこと。故にその世界は管理者たる魔女のいなくなった、“死んだ世界” デッドランド でなければならない。

 誰が管理する世界なら、それは侵略となってしまうからだ。


 無垢の地プルステラは、魔術王の眼鏡にかなう条件のように思われた。

 霊銀ミスリルが働いていないのならばあらゆる現象は発生せず、あらゆる物質は生まれたとしても直ぐに消えていく筈だった。

 そこに世界の核を移し、両世界を接続させて飽和した荒れ狂う霊銀ミスリルの濃度を先ずは下げる――それだけで霊銀ミスリルの活性率は著しく下降する筈だ。


 だが管理者を失った“死んだ世界” デッドランド とて、世界そのものが自らを守るための防衛機構を備えている場合もある――無論、その機能すら死んでいる世界というのが一番好ましいのだが。

 表向きの霊銀ミスリルの活動は無いように見えても、自世界のように幻獣クリプティドを隠し持っているかもしれない。

 外からの観測だけでは判らない――故に、そこから先は実際に魔術士を送り込んでの現地調査が必要になる。


 その現地調査に選ばれたのが、螢惑を除いた魔術司ワーロックの四人だ。


(行ってくるね)


 出立の儀が執り行われ、国民の前に英雄となる四人の姿が現れる。

 凱旋の最中、人ごみに混じって見送る螢惑の姿を見つけた太白は視線に載せて想いを伝えた――レルム史上、太白だけが有すことの出来た無線式情報伝達魔術――所謂いわゆる“精神感応” テレパシー だ。


 敢えて受信をしなかったのは、螢惑の表情がやはり燻ぶっているからであり、その様子があまりにも幼稚で螢惑らしいと吹き出しそうになるのを堪えた太白は、いつも以上ににこやかな笑みを贈る。


 そして国内を一通りぐるりと回る凱旋が終わり、王城内に新たに建設された転移の間に足を踏み入れた四人は四方の壁それぞれに刻まれた魔術円が妖しい輝きを放って稼働状態にあるのを見ると、それぞれ互いに顔を見合わせ覚悟を決める。

 部屋の中央にある王城と繋がる転移の魔術円が光を失い、外部との接続が断たれた。それはつまり、もうここからは戻ることは出来ないということだ。


「じゃあ、行こうか」


 彼らの中ではリーダーシップを取ることの多い歳星サイセイがひとつ告げる。

 そうしてそれぞれが宛がわれた魔術円の前へと歩み寄り、それぞれ異なる光に向かって手を伸ばす。


「歳星、着任します」

「填星、着任します」

「辰星、着任します」

「太白、着任します」


 手に触れた途端、光は渦巻いて空間に彼らを飲み込むほどの穴を空けると、極彩色の渦が彼らを飲み込んではバチバチと迸る稲妻が空間の穴を塞いだ――彼ら四人が無垢の地プルステラへと飛び立ったのだ。


 そしてレルムは大きな勘違いをしていたことを、四人の喪失という形で気付かされる。

 無垢の地プルステラは確かに霊銀ミスリルの無い――ほど欠乏した――世界だ。だがそれは決して、“=つまり死んだ世界”デッドランドではない、ということである。


 あらゆる世界にとって霊銀ミスリルは必須だが、それを媒介として行使される魔術はそうでは無い。

 魔術を知らない文明というのは時として生まれる。そしてそのまま魔術を知らないままに文明を築き上げていく世界は少ないというわけではない。


 レルムの名付けた“無垢の地” プルステラ という世界――それは、魔術を知らぬまま、代わりに電気を動力とする機械文明を生み、その上に成り立つ世界だった。

 無論、その世界には独自に発展した機械の防衛機能が働いており。

 それ故に、秘密裏に降り立った四人の魔術司ワーロックたちは無垢の地プルステラにて“防犯カメラ”という名称で知られる監視機構によって直ちにその存在が露見される。

 精度の高い顔認証システムが星府と呼ばれる世界全体を統括して管理する組織が保有する人民データベースと接続し、“該当者なし”という異例の検索結果を弾き出し。

 彼らの来訪の直前――時期にすれば二年前――同様に無垢の地プルステラ星府は機械兵オートマトンにより彼らを捕獲するも、丁重に迎え入れた。

 抵抗しようとした魔術司ワーロックたちだったが、斯様に霊銀ミスリルの乏しい世界で思うように魔術を行使することが出来ず、そしてそんな環境における彼らはまるで無力だった。

 増してやそんな彼らに、世界の別という隔絶を超えて自分たちの置かれた状況を報せる術も無く。


 異世界へと飛び立った直後、彼らの行方は完全に喪失ロストした。

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