#4-2 王国
「
魔術王は直ぐにそれを決めた。長年をかけてその準備ならば整えて来た。ただこれまでは、送り込む宛が見当たらなかっただけのこと。
逸る気持ちをどうにか堪えながら指揮は進む――魔術王の元に、先遣隊となる四名の
「……小さいとは言え、
「「「「はっ!」」」」
四人それぞれが右手に拳を作り、その甲を正面に座す魔術王へと向けて自らの額に置く、というレルム特有の敬礼の形を見せた。
そして拝謁の間から退室すると、そのまま参謀長官に導かれる侭に作戦本部へと直行する。
その、最中であった――螢惑が王城の廊下に立ちはだかったのは。
「
そう呼ばれたのは列の後方にいた、銀髪の少女だった。ぴたりと止まった隊列から――一度だけ大きく項垂れた後で――ズレて進むと、ずかずかとした歩調のままで螢惑の胸倉を掴み上げたまま真横にスライドする。
「ごめん、先行ってて」
見事なまでに絞められた襟元は螢惑の呼吸を確りと阻害している――これでは言葉の発しようもない。
そして「またいつものことか」と嘆く三人は、蟀谷をピクピクと器用に脈打たせている参謀長官の背を押して作戦本部へと歩みを進める。
「あまり遅れるなよ」
最後尾に位置していた
にこりと微笑みを返した太白は表情を元に戻した後で、窒息で青褪めた顔の螢惑に向き直り、「あ、やべっ」と襟元を緩めた。
「――っぷはっ! 殺す気かよ!」
「ごめんごめん――でも、あんたも悪いのよ、螢惑? よりにもよってあのタイミングで……」
「いや、だってさ……」
本来、四人は五人の筈だった。そして螢惑はその最後の一人であった筈だった。
というのも――彼ら、
そしてそんな彼ら五人を、レルムの民は敬意を込めて
しかし此度の遠征が五人全員ではなく螢惑を除いた四人なのは、何も螢惑一人が不適格と断ぜられたのではなく、寧ろその逆だ。
何しろ異世界への魔術士の派遣など、もう何十代に渡り経験の無い大仕事だ。万が一の事態に備え、最も臨機応変に事態に応じられる螢惑を敢えて本陣に残すことになったのだ。
それは螢惑も十分に承知していた。しかしやはり居ても立ってもいられなくなり、こうしてのこのこと出てきてしまったというわけだ。
「あんた……本当に馬鹿よねぇ」
「悪かったな、大馬鹿野郎で」
「別にそこまで言ってないけど」
嘲りながらもくすくすと笑む太白はまんざらでもない――何しろ、恋人が自分の身を案じて来てくれたのだ。時と場合を考えろよとは思うものの、特段悪い気はしないのである。
「大丈夫よ」
「何が在るか分からないだろ」
「大丈夫ったら」
「でも」
「あんたさ――え、何? 私たちの実力じゃ不安ってこと? 信用できないってこと? はぁ? まぁー随分と大きく出たものね、何様のつもりなのかしら?」
「え、あ、いや……そ、そういうわけじゃ、無いん、だけ、ど……」
だが責め立てる太白はやはり上機嫌だ――螢惑は実力は高く、能力の均整も取れているが、如何せん思考が感情や肉体の動きに遅れる嫌いがある。だからこうやって捲し立てるように突き詰めれば、今見たくおろおろとしどろもどろになる。それを見るのは、太白の数多い癒しの中でもトップクラスのものだった。
「信用とか、信頼とか、そういうのしてくれてるんだったら――どっしり待ち構えててよ、私たちが無事帰って来るのをさ」
「……お、おう」
「あ、でも。危ない時はちゃんと助けに来てよね?」
「当たり前だっ」
ふふ、と笑った後で。
遅れるから、と告げて太白は先行する隊列を目指して駆けて行く。その背中はいつも通りであり、自分一人がそわそわと空回りしている無様さに螢惑は辟易の溜息を吐いた。
任務の性質から、
そうなってもいいようにと見送るつもりでやって来た螢惑だったが、結局激励の言葉ひとつかけられていない。やはりある程度段取りを考えた上で来た方が良かったと、唇を触りながらぶつぶつと独り言ちる彼女の歩みをすれ違う誰もが訝し気に流し見た。
†
レルムは崩壊の一途を辿っていた。
世界誕生から直ぐに、
最初はそれでも良かった。世界を統べる者として、王族は世界をより豊かにするために魔術を使っていたからだ。しかし時代が下るにつれ私利私欲のために魔術を濫用する暴君が誕生し始める。
暴君は悪政を敷き、世界と民は疲弊していった。遂には英雄が立ち上がり、反旗を翻し暴君とともに悪政を断つ。
新たに王位を獲得した英雄は魔術を広く民衆に分け与えた。民にも魔術の適性を持つ者と持たない者とがいはしたが、魔術はあっという間に民衆に浸透し、世界の成長速度は目まぐるしい加速度を見せた。
しかし今度は、異世界からの侵略という問題が湧き起こった。
世界が何で創られているのか、という問いに完全に答えられる者は未だいない。いや、確認されていない。
だが、世界の存続に
魔女と称される存在が世界を生み出し、その力量によってその世界に初めから内在する
レルムはそれまで、王族という一部の存在にしか魔術――
また、レルムは国を一つしか有さない極めて小さな世界だったこともあり、他の世界から発見されていなかったのだ。
だがそれも、民衆に広く魔術が浸透してからはがらりと変わる――いくら小さな世界だったとしても
しかしレルムは揺るがなかった。
おそらくレルムを創り上げた魔女は狡猾だったのだろう、或いは深慮に長けていた。
魔女の力量が足らなかったためにレルムが小さくなってしまったのではない。魔女は初めから世界を小さく創り上げていたのだ。
その狙いの一つは異世界からの発見を遅らせるためと、そしてもう一つは――いざ露見され攻め込まれたとしても、世界の深奥に隠していた余剰分の
五体の幻獣は異世界からの侵略に力強く抗った。そして、見事に世界を守り切った。
それらの幻獣は世界の深奥に帰った後もその名を忘れられることは無かった。
やがてその名は――
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