亡き世界のワーロック

Warlock from Hell

#4ー1 計画

「……この世界に侵略戦争を仕掛けた、この世界をこんな姿にした張本人の一人だ」


 嘆くような独白――決して、そうであって欲しかった事実などでは無かった。

 だが事実は事実だ。大切を超えて特別な感情を抱く相手だからこそ、誠実であろうとするのであれば嘘偽りなく告げなければならない。

 例えそれが、二人の関係性の中心に二度と触れ合えない隔絶を置く行為だとしても。


「ほう……漸く気付いたか。いや、思い出した、と言った方が正確なのか?」


 ゼファの嘲るような口調に、しかし嫌な顔一つせず螢惑は頷いた。


「……だからあんたは、あたしの言うことに耳を貸さなかったんだな」

「左様。余はあくまでもの民のためにある存在だ。貴様がこの世界の人間で無いことなど直ぐに分かった――何せ貴様は、この世界の“星府人民データベース”に登録が無かったからな」

「“星府人民データベース”?」

「その説明が必要なら後でしても構わないが……取り急ぎ、の対処をどうするかが先決では無いか?」


 顎でくい、と示された方角を見ると――先程の交戦前に逃がした筈の泉水が戻って来ていた。

 しかし逃がす前と今の、螢惑と彼との関係性はもう違うと言って良かった――彼は、武装として携えていた小銃の銃口を螢惑に向けていたのだから。


「……ちょうどいいところから聞いていたようだな」


 だが泉水が撃てなかったのは、気付いた瞬間に両手を横に広げて夕星が庇うように立ち塞がったからだけでは無い――彼もまた、逡巡する思いを抱えていたのだ。


「騙すような形になって悪い。でも一応弁明させてもらえば……あたしだって忘れていたんだ、つい今さっき思い出したんだよ」

「……だからと言って、オレたちのこの世界をこんな風にした罪が」

「ああ、晴れるわけ無いよな。それはそうだろうさ――だから償いたいと思ってる」

「償いたい?」

「そう――あんたたちのコロニーで話した件は、どうなろうとやり切るよ。もう、ユヅの傍にもいられないだろうし」


 庇い立つ夕星が目を見開いて振り返った。ほぼ同時に、泉水が構える小銃はその一瞬の隙を衝いて近接したゼファの手により取り上げられた。

 だがそうされた泉水の顔は、仄かにどこか安堵したような色が見受けられた。

 そんなゼファと泉水との遣り取りを余所に。

 螢惑は沈痛な面持ちで見上げる夕星の顔から、堪らず目を逸らしてしまった。












   † ———————————— †


      ド      # 4

      ド

      ド       【Dope Draws Donee's Dawn.】

      ド


      亡き世界のワーロック  Warlock from Hell  


   † ———————————— †














 螢惑は頑として譲らなかった。

 この世界を滅亡に向かわせてしまった、こんな有様へと変えてしまった要因である自分がこれ以上この世界の人間と一緒にいることは出来ないと告げ、どうにか引き留めようとする言葉を夕星の拙い制止を振り切って何処かへと消えてしまった。

 夕星は泣きそうどころか最早泣き始めた顔でゼファに懇願の眼差しを向けるも、ゼファもゼファで自らが探しに離れてしまっては夕星および泉水の身に降る危険を払えないと頑なだ。


「姫、安心せよ――余の躯体内に内蔵された霊銀探査機能ミスリルディテクタは確りとあの阿呆者の位置を捉えている。あいつもあいつで本当に我らが拠点やコロニーを守るつもりなんだろう、ちょうどいい位置に収まるさ――あいつが本当に馬鹿じゃ無ければな」


 そして二人を連れ、ゼファは拠点へと戻る。

 拠点である研究施設は現在空だ。しかしそうしてしまうと有事の際に施設が大破しかねない。何しろ今はもう夜、魔物はより霊銀ミスリルの濃いを求めて彷徨っている。

 だからゼファは、一週間前に自らが螢惑と共に掃討した機械兵たちの残存し休眠する個体を揺り起こし、霊銀ミスリル汚染によって狂化した部分を修復させ、拠点防衛の任を与えていたのだ。

 相変わらずこの世界に走る電子情報網インターネットは汚染されたままだったが、その接続を断ってしまえば狂う理由も無い。

 言ってしまうと、その作業さえ無ければ螢惑があのカガリ型と交戦する必要は無かった、二人は間に合ったのだ。そうだったのなら螢惑が自らの記憶を完全に思い出すことも無く、夕星が思いもよらない別離に心を砕かれることも無かった。


 それが良かった結果なのか、そうで無いのかは誰にも判らない。


 当然、泉水は拠点である研究施設にて一晩を過ごすことになる。

 そしてゼファは彼をも交えて、夕星にこの世界に何が起こったのかを改めて解き明かすことにした。

 夕星が知っていること、泉水が知っていることも含め、ゼファが電子情報網インターネットから仕入れたこの世界の物語がどの程度伝わっており、そして正確なのかを確かめなければならなかったのだ。


 夕星は受憎者ドニィだ――それも、自ら立候補した。

 だから彼女はこの世界がどういう状況にあり、どういった経緯でこうなってしまったのかをある程度は知っている。ただ、それを言葉で説明できるかと言えば彼女には難しい。


 泉水はこの世界がどうしてこうなってしまったのかをそもそもよく知らない。既に報じられていた表面的ないくつかの情報は頭に残っているとはいえ、それらすら噛み砕いて飲み込めているわけでは無い。


 明朝にはコロニーから使者が来る。

 螢惑の動きは全くの予想外だったが、しかし夕星の生存を最も優先するゼファにとって、彼女がそうしたことは寧ろ都合が良かった。

 彼女の願いに沿ってしまうことは甚だ腹立たしい部分はあるものの、理想とする形が同じなのだ、その腹の立つ瀬は無くしてしまった方が良いことは明白。


 だからこそここでこの世界の状況を再確認し、共生のために手を取り合う術を模索する。それを成したならばゆっくりと繫栄を目指すべくどう動くかを協議する――ゼファはその役割こそは自らが担うべきだと考えていた。彼はヒトガタ、人間の手によって創られ予め規定プログラムされた主義思考に則る存在だが、そんな彼の演算機能コンピュータは彼をそう仕向けるのだった。


「さて――では説いて行こうか。この世界に起きた災厄と、そしてそれに抗うべく打ち立てられた一大作戦プロジェクト――――の話を」



 そう。


 そうだ――その名は【VersusREALM】 ヴァーサスレルム 

 プルステラと呼ばれた世界が、レルムと呼ばれる世界の侵略に対向するために打ち立てた防衛機構ディフェンスプログラム。故に、“ヴァーサスレルム” レルムに対向する 


 その二つの世界に本来は全く関りの無い筈のただのヒトガタが淡々と紡ぐその物語を、夕星も泉水も――彼らに知られることなく、螢惑すらも――ただただ耳を欹てて聞き入った。

 ほんの些細なかけ違いが小さな火種を大きな戦火へと、そして世界を焼き尽くす霊銀ミスリルの業火へと変えた、とてもとても悲惨で無残な物語。


 そしてそれは、“王国” レルム と呼ばれたその世界が、終焉を迎えつつあった事実から始まる。

 その日、レルムの方術士アクスマンシーは、レルムを治める魔術王に霊銀ミスリルの“疎”である、そしてそれ故に霊銀ミスリルに全く汚染されていない“無垢の地” プルステラ を遂に探し当てた。

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