#4-5 宿命

 受憎者ドニィの候補者の中に、年齢にそぐわず身体のちいさく幼い少女はいた。

 全世界民に対する霊銀ミスリル耐性の有無を調べるパッチテストの実施よりも先に、自ら志願した少女の名はジィQiシィシンXixing――――或いはひめ夕星ゆうづつ

 その世界では珍しいことも無い、二重国籍が為せる二つの名だった。


 星府はいずれレルムからの侵攻が開始されるだろうことを見越し、D4計画を公表した。

 その裏側で秘密裏に、もう一つの計画を走らせる――その計画こそ、プロジェクト・ヴァーサスレルム。

 その身に稀有な“未来予知”の能力を発芽させた原初の受憎者ドニィにより、レルムも、そして無垢の地プルステラも終末へと至ることを回避できないと知った星府は、現存する全世界民の個人情報を保有する人民データベースに、パッチテストの際に極秘に入手した記憶情報をも盛り込んで星府のローカルエリアネットワーク内に閉じ込めた。

 インターネットとの接続を断たれたデータベースは霊銀ミスリル汚染に曝されることなく、サーバー内に追加されたプログラムによってデータそのものに夢を見せた。


 データベース内の世界民の情報は、それ単体がまるで一つの人格を有するような挙動を見せ始め、そしてその挙動は大元の各個人の性格や習慣に沿うものだった。

 いつかイノセンシアは終末へと向かい、やがて滅びる――そうなったとしても、その情報群があり、そして仮に人体を人工的かつ自動的に構築する機構があったのなら。

 星府は、滅びた世界に再び命が、そして文明が芽吹くことを信じていた。


 そして夕星はその人体構築機構を守るという命題を得て自ら受憎者ドニィに志願したのだ。

 すでに本体は醜い異獣へと変貌してしまったが、データベースには彼女の愛する姉の情報もあったのだから。


 “太白型”の霊基配列に適合した夕星だったが、しかし受憎者ドニィとしては欠陥を抱えていた。

 なまじ霊銀ミスリル耐性に富むために、うまく魔術を展開できないのだ。それ故、一日に一度の投与で済む魔薬ドープを、夕星は戦闘の度に打たなければならなかった。


 だからこそ夕星は最後まで戦線に投入されなかった。

 研究施設に半ば閉じ込められる形で、戦禍が拡がっていくごとにその存在を忘れ去られていった。


 そこに、螢惑は忍び込んだ。

 螢惑は星幽体アストラルボディを投射することでほぼ完璧な隠密行動を取ることが出来る。そしてその状態での偵察は生身で行うよりも格段に速い。

 また、星幽体アストラルボディを介して接続することで他者の記憶や感情、思考を読み取ることすら出来る。その能力で以て太白たち魔術司ワーロックが捕らえられた研究施設を暴き出した螢惑は、安全な場所を確保しながら少しずつ歩みを進めて行く。

 しかしそこで地殻が霊銀ミスリルに侵されたことによる地盤沈下が起き、その衝撃ショックにより星幽体アストラルボディと肉体との接続が途切れてしまった。

 肉体から切り離されてしまった螢惑の星幽体アストラルボディはまるで彷徨い――――やがて夕星と


 その頃には戦禍はもう落ち着き――世界は、滅び果ててしまっていた。




   †




「――とまぁ、ざっくりと説明すればこのようになる」


 語り始めてから既に二時間半が過ぎていた。

 地表に比べ格段と環境の整った研究施設内で、それぞれが手に持ったマグカップからたなびいていた湯気は今は失われていた。


 恐る恐る手を挙げたのは泉水。彼は所謂いわゆる民間人であり、彼ら民間人には秘匿されている情報もあったため頭がこんがらがっていた。

 それを解消するために発した質問に、ゼファは慇懃無礼な口調ながらも実に丁寧に答えた。


 ひとつ、またひとつと謎が解けて行く毎に――泉水の顔は逆に強張って行った。

 彼の胸中に渦巻くのは、あの螢惑への感情だ。だがその感情に名前はまだ無い。


 彼自身、螢惑のことは寧ろ好いていた。強く芯がある女性であり、竹を割ったような真っ直ぐであっけらかんとした明るい性格は非常に好ましかった。

 螢惑自体が男性には興味の無い女性であることからも、泉水はともに行動した時間は短いがまるで男友達といるような親近感を得られた。

 彼女が魔術士マギであると知ってもそれは変わらなかった。寧ろ、魔術士マギをよくは知らない彼は魔術士マギに対する評価・眼鏡の色が変わった。


 だがその魔術士マギが、プルステライノセンシアではなく魔術士マギであったのならば話はまた変わる――――レルムの魔術士マギこそ、彼らの住むこの世界イノセンシアをこのような姿に変えた張本人なのだ。

 だからこそ泉水は生まれたその感情に名前を付けられなかった。だが、どう頭を抱えたとしても――やはりそれに最も近しいのは“憎悪”だった。


「――異世界レルムから流出した霊銀ミスリルのためにこの世界イノセンシアはこうも滅び果てた。だが異世界レルムとて、この世界イノセンシアをこのような姿に変えたくて攻め込んで来たわけじゃない」

「……あんた、あいつらの肩持つってのか?」


 じろりとめ上げた泉水の視線にゼファは己の鋭く険しい視線をぎろりと重ねる。

 だがその口許は穏やかに笑んでおり、逆にその表情だからこその凄みがあった。


「余はあくまでもこの地の民を守るべく存在するだけ。異世界レルムの民も取り残された者はいる筈だ――あの、螢惑のように。ならばいがみ合うのではなく共存や共闘のために動いた方がは高くなる」


 そしてゼファは虚空に目を泳がせる。釣られて夕星や泉水もそちらを向いたが、壁があるだけで特段変わったものは何もない。

 だがゼファにだけはえていた――――壁からにゅっと生えている、螢惑のだ。


 自分自身がこの地の民では無く敵世界レルム魔術司ワーロックの一人であることを思い出した螢惑は、あまりのバツの悪さと、そして自分ではどうしようもない感情の渦に苛まれ独りでいることを選択したのだが、しかしゼファが後で話すと告げた人民データベースのことが気になっていたり、また自分がいなくなった後で夕星がどんな風に過ごしているかが知りたくなり、こうして星幽体アストラルボディを調整して聴覚だけを差し向けていた。


 受憎者ドニィと言っても魔薬ドープの投与されていない夕星やそもそも魔術士マギですら無い泉水にはそれを見抜けない。しかしゼファは魔術を基盤に持つヒトガタだ――霊銀ミスリルの揺らぎすら詳細に検知できる霊銀探査機能ミスリルディテクタは勿論のこと、それ以外にも各種霊銀ミスリルを知覚する機能を幾つも有している。


 だからゼファは大いに語った。

 情報の出所はこの地の電子的記録のために偏っているかも知れないが、現状はそこしか情報の入手箇所は無いのだからしょうがない。

 そしてそれだから故に、レルム側はこの事態をどう認識しているのかをも知りたかった。その二つを擦り合わせ、真実はこうだろうと断定することが出来れば――それは、レルムとプルステラ双方が歩み寄れる材料になる筈だと。


「いずれにせよ今は何も出来ん。明日、コロニーからの遣いが来るのだろう? ならば余らはそれを待つ他――――」


 ない、と言いかけ、ゼファはぴくりと蟀谷こめかみを蠢かせた。

 魔薬ドープを投与されていない夕星ですら――将又はたまた魔術士マギなどではない泉水ですらもが全身をぞんわりと包む悪寒に、を認める。

 すでに壁の耳は無かった――最もそれに近しい場所にいた螢惑は、いち早くからだ。


 魔術を行使しうる存在が変異した異獣アダプテッド異骸アンデッドは、そうでは無い個体に比べ遥かに強大な能力ちからを誇る。

 感知した瞬間に螢惑は確信した――――そいつは、祖国レルムが変じた個体に間違いない、と。











   † ———————————— †


      ド      # 4

      ド

      ド       【Dope Draws Donee's Dawn.】

      ド


      亡き世界のワーロック

       2B-CONTINUED.


   † ———————————— †











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