#2-2 主従

「ふ、ふふふ、服、を、」

「成程、余の裸が気に食わないと言うか」


 確かに夕星は、立ち昇った白い蒸気が晴れてからはなるべく目を向けないように顔を背けていた。局部が露出していないとは言え、精巧に創られたその躯体は人間そのものだ。無いが、在ることをどうしても想起させてしまう。無いのだが。


「そりゃまぁ、確かに裸のままってのはどうかと思うよな」


 螢惑は別段気にしてはいなかったが、夕星に賛同する声を上げる。


「原初の三躯体には流石に劣るが、余の形状は理論値で言えば美の頂点にあると言っても過言では無い。その余の躯体のありのままを見られる機会などなかなか無いぞ? だがいいだろう、衣服に袖を通すとしよう。して? 件の衣服は何処にある?」


 夕星と螢惑とは顔を見合わせた。

 ゼファの体躯は大柄では無いもののそこそこ高身長だ。180センチメートル前後はあるだろう。

 あのスーパーマーケットにその身体を満足に包める衣服は果たしてあっただろうか――だが、探しに行こうと同時に頷いた二人の意気込みを掻き消すように、壁に備わった装置の一つが突如として鳴動した。


「「!?」」

「臆するな――成程、余が寄贈された際に余に纏わる補助装備オプションも同梱されていたか」


 すたすたと歩くゼファ――ハッチの開いた装置から取り出したのは衣服だった。

 伸縮性に富んだタイトシルエットの黒いスラックスに、これまたボディラインに沿った白いシャツ。スラックスどちらもぴたりと体躯に合致する形状フォルムだが、何のつもりかサスペンダーが付いている。無論、ゼファは何の躊躇いも無くそれを装着した。

 金属で補強された黒革のブーツを履き、薄手の黒い革手袋に五指を通す。そして最後に、銀縁の丸い眼鏡をすちゃりとかける。彼の躯体がもともと持っていた聡明さと精悍さとはそれぞれがその装備により増徴された。街中で見かけたならその格好良さに誰もが二度見か三度見をしただろう――終末世界で無ければ。


「おお……」


 すらりとした体躯は正しくモデルだ。その身を翻し正面を向いたゼファの凛とした佇まいは絵になった。螢惑も夕星も、あまりのそれらしさに思わず感嘆してしまったほどだ。


「さぁ、衣服に身を包んだぞ。他に要望はあるか? それとも質問でも良い。繰り返すが、余はこの地の民に召し使うべく生まれた個体だ。何なりと言うがいい……気兼ねなどするなよ、顎でこき使って構わん」


 何とも態度や言葉遣いと言っている内容の整合性の欠如っぷりに面食らう二人だったが、しかし仲間がいるということは有難かった。しかも、機械とは言え男手だ。寧ろ機械であるその事実は、人間を並外れた馬力を持っているだろうという予測から色々と有益そうだと二人に思わせた。

 だが二人は彼に何が出来るのかを知らない。だから最初の質問はそれになった。それを発した螢惑は先程同様に質問事態を却下され、改めて夕星が発した同じ問いは食い気味に許可された。螢惑はまたも項垂れたが、そういうものだと思うしかなかった。


「繰り返すが、余は汎用人型戦略支援躯体――その用途は主に戦闘行為に限定される」

「へぇ、じゃあ魔物退治を手伝ってもらうのがいいね」


 夕星はこくりと頷く。しかしゼファは言葉を続ける、それで終わりじゃないと。


「だがそもそもヒトガタとは、技術や知識をインストールしさえすれば粗方のことは対応できるよう設計されている。戦闘時以外にも、調理や掃除、縫製に洗濯と言った家事全般、また設備や器具が揃っているのなら鍛造や錬成、調合なども可能だ」

「え、めちゃくちゃ高機能じゃん」

「そうだ、貴様とはわけが違う」

「はぁ!?」


 激昂する螢惑を余所に、ゼファは再び腕組みし何かを思案する素振りを見せる――実際にはそれは躯体内の機能アプリケーションを起動させているだけなのだが。


「――使用者登録を行う。名を訊こう」

「使用者登録?」

「貴様には関係の無いことだ」

「いちいち突っかかってくんなよ!」


 きぃー、と憤慨した雌猿の如きいきりを上げる螢惑はやはり無視された。ゼファの視線は真っ直ぐに夕星へと注がれており、夕星はどきどきと緊張故に高鳴る胸に手を当てながら、小さく自らの名を呟いた。


「……夕星」

「ユーヅツ……使用者登録完了。今日この時より、貴様を余は“姫”と呼ぶ」


 片膝をついて傅いたゼファはこうべを垂れた。何事かと夕星がどぎまぎとしていると、すっくと立ち上がったゼファは両手を腰に宛がった状態で夕星の姿をまじまじと見詰めた。

 その視線にびくりと身動ぎした夕星だったが、ゼファは構わずに頭頂部から足の爪先までを眺め回すと、「ふむ」と一つ頷いた。


「何じろじろ見てんだよ」

「貴様には判らんだろうが――姫の身体には急性霊銀ミスリル中毒の症状が僅かに現れている。耐性の無い身体で短期的に多くの霊銀ミスリルを取り込み、剰えそれを励起させた代償だ。姫、何か心当たりはあるか?」


 寧ろ夕星には心当たりしか無い。だが彼女の代わりに返答したのは螢惑だった。


「心当たりっつったら“魔薬” ドープ だろうな。あたしらは“受憎者” ドニィ 、その魔薬ドープを体内に投与することでしか魔術を扱えないんだからさ」


 じろりと睨め付けるような視線を向けたゼファは、しかし言葉を漏らさなかった。ただ再び夕星に鋭く強い眼差しを送り、それだけで夕星は問われていると察してこくりと頷いた。


「……ならばその魔薬ドープとやらを改良することこそ余の役割だな」

「えっ?」


 その返事は、夕星も螢惑も、予想などしていなかった。


受憎者ドニィとやらがどのような経緯で生まれ何の目的で使われていたかは後で調べればいいとして。だがそれである以上、その力を使わなければならないのだろう? でなければあそこまで汚染を積み重ねてきたことに納得がいかん。そしてそれは、今後も続く筈……違うならば気兼ねなく言うがいい。何、余も所詮はヒトの創りしモノ。間違いを犯すことはある」

「……魔薬ドープは、今後も使う……」

「ならば選択肢は二つ。姫の身体を強く変えるか、それとも魔薬ドープ自体を作り変えるか。容易なのは無論後者だ、ただし設備が整っていればだが」


 そしてゼファは声高に「案内せよ」と言い放った。まるで王者が家臣にそうするように。しかし彼の立場はあくまでもその逆――本来はそうされるべきなのだ。

 夕星は螢惑を一度仰ぎ見て頷くと、踵を返してとてとてと歩き出した。ゼファが長い足でそれに続き、その背を螢惑が追従する。

 廊下を歩く中で螢惑は一人思慮を重ねていた――そう言えば自分はあの魔薬ドープを自らに投与せずとも魔術が行使できつかえたが、それは一体どういうことなのだろう、と。

 だが元より深いことを考えない性格である螢惑は、それはもうそういうものなのだろうとだけ結論付け、夕星に続くゼファに続く。やがて三人は、ゼファが安置されていた部屋と同様に所狭しと機材や装置の並ぶ部屋へと踏み入った。

 部屋の表、廊下側に下がった表札には“薬品管理室”と記されていた。

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