誰が為のオートマトン

Automaton for whom

#2-1 西風

「これは……何だ……?」


 そこは広くも無く、だが狭いとも言えない部屋だった。天井が高めに設計されているために上方に空間が多く在り、そのために幅と奥行きの割りに開放感を得られるのだ。

 そして天井の高さを意識させるのは、部屋の中央に聳える一本の柱――近付き、よく目を凝らしてみてみればそれは柱と言うよりも何らかの装置であることが判る。柱に思える装置の下部からは太いケーブルが伸びており、また天井からも垂れ下がったいくつもの配線が装置に繋がり、物々しさを増徴している。


「……ん、」


 短時間の休眠から目覚めた夕星は、瞼を開いた眼前に螢惑の美しい顔があることに驚き身を強張らせた。

 よくよく確認してみれば腕の中では無いか。どうしてこんな状況になっているのだと思考を巡らせるも、半ば気絶するように眠りに就いた夕星にその解は訪れない。


「あ、起きたか?」

「う、うん……おろ、お、おろ、おろ……」

「ああ、悪い」


 出遭ってから間もないと言うのに螢惑は夕星の拙い言葉をよく理解する。抱き上げていた彼女の身体を優しく地面に下ろすと、夕星はきょろきょろと自分たちがいるこの空間を見渡した。


「なぁ、ここ、何処だか知ってる?」

「ユヅ、こんなに深くまで来たこと無い……」

「あー、やっぱ階数間違えてたんだなー……ごめん」


 ふりふりと夕星は首を横に振る。


「運んでくれて、あ、あり、あり、ああ、あり……」


 言い淀み続ける少女の頭の上にぽんと手が置かれる。その手は柔らかい少女の髪を慈しむ様に撫でつけ、そして恥ずかしさから紅潮した顔で視線だけを持ち上げた夕星に、螢惑は柔らかい笑みを湛える。

 その笑みにより一層の恥じらいを覚えた夕星の顔がさらに赤くなる。

 その姿を愛らしいと感じながら、螢惑は今一度その部屋の様子を見渡した。


 所狭しと並ぶ機械は、その全てがケーブル若しくは配線によって中央の柱と接続されている。

 柱自体は恐らく直径が1メートルはあり、重厚な金属板を張り重ねて床から天井へと伸びている。それもまた何らかの機械なのだろう、表面にいくつも走る継ぎ目は幾つもの直線で構成され、何かの電子回路を想起させる。


 そしてその電子回路じみた継ぎ目に、仄かに光が点った。


霊銀ミスリルの躯体内貯蔵、100%を確認。並びに、活性率10%未満を確認』


 次いで柱に備わるスピーカー部から、合成された電子音声が発せられる。それは二人の身体をびくりと身動がせ、螢惑と夕星は穏やかだった心に鋭い警戒を携えた。


『汎用人型戦略支援躯体、識別コード、ゼット、イー、ピー、エイチ、アイ、アール――起動します』


 しかし夕星の体内に今や魔薬の効力は残っていない。そして短時間に過度の投与は自らの命を危ぶめる――だからこそ夕星は迷っていたし、それを察した螢惑は自らの身体をずいと前に進め、夕星を庇うように立ちはだかった。


『個体識別名称“ゼファ”、起動パーミッション――――』


 その音声と共に、ぷしゅうと白い蒸気を放った柱は、二人が睨む正面の継ぎ目からぐわりと開いて行く。

 観音開きのように両側へと開いたかと思えば、柱の中に納まっていた円筒が持ち上げられ、前方へと滑り込む様にスライドする。そして上部のハッチがぐわりと持ち上がって開き、再び白い蒸気がぶわりと舞い上がる。


『ゼファ、起動を確認』


 そして白い蒸気の中に、人型の影が立ち上がった。交戦もやむなしと事態を見守っていた螢惑と夕星、その二人の前に現れたのは――青年型の人造人間ヒューマノイドだった。











   † ———————————— †


      ド      # 2

      ド

      ド       【Dope Draws Donee's Dawn.】

      ド


      誰が為のオートマトン  Automaton for whom  


   † ———————————— †













『ゼファ、起動を確認。管理デバイスをシャットダウンします』


 ぶぅん、と機械が停止する音を告げて柱の周囲に接続されていた装置群が一気に動力を失った。先程まで表示盤が明るく発光していたと言うのに、それらが一斉に光と作動音を失ったのだ。

 代わりに、佇む裸の人造人間ヒューマノイドはゆっくりと瞼を開き、桃色の瞳に冷たい光を点した。


 起動したての躯体は衣服に身を包んでいない。だが人造人間ヒューマノイドの裸というのは例え街中でそれを晒したとしても公然とした猥褻にはならないように設計されている。局部と称される部品パーツが表に備わっていないのだ。

 そして人造人間ヒューマノイドは概ね、起動された直後に動作確認が行われ、各種機能に問題ないと判断された後に細かな容貌の調整が行われる。

 目鼻口の形や頭髪、肉付きは本来であればこの時点では備わっていない――にも関わらず、二人の前で立ち上がったその人造人間ヒューマノイドは容貌の全てを既に持ち合わせていた。


 短く爽やかな、ツーブロックスパイキーショートアップバングの髪は千草色。

 金属骨格インナーフレームを取り囲む輪郭形成緩衝質モルドマテリアルとその上から貼り付けられた培養皮膚繊維スキニッシュファイバーが表現する彼の容姿は聡明さと精悍さとの両方を併せ持っている。

 彼はそんな自分の身体を視線で以て確認し、また腕を動かしたり掌を閉じたり開いたりして動作に問題が無いことをも検めた。

 そして寝かされて封じられていた筐体から踏み出ると、改めて眼前で警戒を続ける二人と視線を交わし、何やら思案したかと思えば、鋭い印象のある無表情のままで口を開いた。


「――余はレヴォルテリオにて製造され、この世界に寄贈された唯一の汎用人型戦略支援躯体、通称“ヒトガタ”。この地にて製造されている他の支援躯体と共にこの地の民に仕えるよう創造主より言い渡インプットされている。識別コードZEPHIR、個体識別名称はゼファ……何か質問はあるか?」


 何とも高圧的な上から目線の言葉――仕える立場と宣っておきながら、まるで嫌味たらしい王侯貴族かのようだ。

 そんな感想を得た螢惑は戸惑い、堪らず夕星を見た。しかし少女とて自分と然程変わらない心持だということを確認すると、再び眼前へと視線を戻し、どうしたものかと腕を組む。


「じゃあ……質問、いい?」

「却下する」

「はぁ!?」


 拍子抜けした螢惑は腕を組んだ思案のポーズのままでズッコケた。それは盛大かつ安全に配慮された挙動だった。見た目には騒々しいが、実際に床に倒れ伏したわけでは無く――もしかしたら彼女にはお笑いの才能があったのかも知れないが、生憎世界は終末の様相。それを確かめられたとしても、時代にそぐわない才能だと言えただろう。

 姿勢を持ち直した螢惑は憤慨の声音で「何でだっ!?」と叫び放った。だがしかしゼファという名の人造人間ヒューマノイド――自称“ヒトガタ”――は答えない。その視線すら最早螢惑には向いておらず――その隣に立つ、夕星の低い視線と交差されていた。


「……あの、」

「何だ?」

「い、いい、い、いいで、す、……か?」

「許可する」


 夕星は目を見開いた。螢惑とて同様だった。どうして自分の質問は却下され夕星は許可するんだと息巻こうとしたが、だが夕星の質問を許可してくれるならいいかと思い直し、また夕星の発現の邪魔をしてはいけないという強い想いから口をぐっと噤んだ。

 対するゼファはそんなことは露知らず――というか興味を持っておらず――夕星が言葉を噤むのをやはり無表情に待ち続けていた。

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