第4話 破廉恥

「まずったなぁ……」


 木曜日。俺は誰もいない通学路で朝っぱらから独りごちていた。


 今日はいつもより目が覚めるのが早かったので、翠華を置いて先に出発している。


 あれから1ヶ月が経ったが、俺は野乃さんに言われたあの件が胸にしこりとして残って話す機会を逃していた。


「最初はいつ話したっけな……」


 前回の高1を思い出そうとするが、何も浮かんでこない。


 ちなみに近況報告だが、大夜は中学から引き続いてサッカー部、翠華は、字を書くことが好きだからと書道部、佳織はなぜかわからんが、家庭科部に入っていた。


 俺は前回はテニス部に入っていたが、気が乗らなくなって、どこにも入っていない。


 あれこれ悩んでいるといつの間にか学校についていた。



 1年の教室は3階だから、階段をのぼるのが面倒だ。



 靴箱に運動靴を置いてスリッパで階段を駆け上る。


 しばらく登っていると前から人影が見えた。


 野乃桃音だった。声をかけようか……。


 すると足音に気づいたのか、俺が階段を登り終わったあとこちらに近づいて彼女から話しかけてきた。


「早いんだね。真面目に改心した?」


「……俺は至って真面目だよ。というかそっちも早いね」


(やったぜ。普通に話せるじゃん俺!!)


「最近授業が始まったばかりだから、朝早くに先生に教えてもらってるの」


 野乃さんは、手に何冊か教科書を持っていた。確か成績トップ10くらいに入ってるって言ってたし真面目なんだな。


「重そうだね? 持とうか?」


「……ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」


(これで少し好感度上がったかな?)


 俺に教科書を渡そうとしたときだった。


 ものの見事に彼女は、盛大に転んでみせた。


 しかも、俺の方に向かって。


「いてて……大丈夫?野乃さ……」


 俺が彼女の方を見ようとすると、目を疑った。


 俺の手は彼女の足に触れてしまっていた。


「え……えぇと」


 言葉を捻り出そうとするが、全然出てこない。


「早くその手を離してくれないかな?」


「あ……ごめん」


 俺が手を離したあと、彼女は、顔を赤らめていた。


「……破廉恥」


 そう言って、彼女は、逃げ出してしまった。


 ほんのちょっと……いや、だいぶ嬉しかった。


 野乃さんってあんな顔するんだ。前は見たことがなかったな。新発見だ。


(でも……確実に嫌われたよな)


 ※※※※※※※※


「斗和! 昼ごはん食べようぜ」


 昼休みになって大夜が、俺の席に近づいて昼飯を誘ってきた。


 それに「おっけい」と言って、母さんから作ってもらった弁当箱を広げる。


「俺も一緒に食べていい?」


 そう言ってきたのは同じクラスの倉田海景くらたみかげ


 俺が高校に入って、初めて友達になったやつである。


 話したのは入学式の2日後。そこから趣味の漫画の話で盛り上がって仲良くなった。


 優しそうな顔をして口調も優しめ。身長も俺ら2人より高いからめちゃくちゃモテていた。


 これは前と変わっていない。


 それから俺達は、ご飯を食べながら、雑談を交わしていく。


「来週の月曜日実力テストだって……。だるくない?」


 顔を青ざめながら大夜は言った。


「しかも、順位廊下に張り出されるらしいね」


「まじかよ……」


 海景が告げた言葉に大夜は更に落ち込んだ表情を見せた。


 2人は実力テストの話をしているが、だが1度経験して少し賢くなった俺には問題ないだろう。


 関心もなく弁当の具を食べていると、2つ目の話題に入った。


「ていうかさ、この学校、女子のレベル高いよなぁ。誰か気になる人でもできた?」


 テストのことを忘れたいのか俺たちに尋ねる大夜。


「んー、今はいいかなぁ。ゆっくり探していくよ」


(嘘つけ!お前そんなこと言ってすぐ上級生の美人と付き合うんだからな。捻り潰してやろうか!)


「斗和? 目が血走ってるよ?」


「気のせいだ」


(お前には俺の気持ちはわかんねぇよ。海景)


「んで、斗和はどうなんだよ?」


「次はお前だぞ」と大夜はニヤニヤして、俺に聞いてくる。海景も興味津々そうだ。


「気になってはいないけど、美人だと思うのは野乃さんかな」


「野乃さんかぁ。美人だよなぁ」


 鼻をかいてニヤニヤする大夜。


(こいつ、こういう話好きだよな。ま、俺も好きだけど)


 すると、海景は俺たちの意見に同意して「たしかにね」と言ったあと、言葉を続けた。


「でも、俺の友達がさ、早速野乃さんに告白したんだって。それでね――」


(まだ、入学して早々だってのに、とんだ勇者みたいなやつがいるもんだ。俺はそいつが振られることを知ってるぜ)


 だが、次の言葉で耳を疑った。


「なんか『好きな人がいる』って言われて断られたらしいね」


「は?」


「いや、だからね――」


「は?」


「お前耳にどでかいゴミでも溜まってんのか?」


 俺のアホ面した顔を見て大夜が突っ込んでくる。


「いや、昨日掃除した」


「じゃあ聞こえるだろっ!」


「それまじなの???」


(好きな人がいる??そんなこと前にはなかったぞ?まさか……まさか……俺なの???)


 1周回ってバカになる氷野斗和だった。

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