第2話 王子との出会い

 人間界と悪魔の園は深い霧を通してつながっている。


 そこを通って人間界へと出かけた。



 悪魔の背中には大きな黒い翼があるので、空を飛んで目的の小屋まで向かった。


 見られたら困るので、透明になって気配は消している。



 小屋につくと、そっと扉を開けて中に入った。


 足音を立てずに近づく。


 わたしはわくわくしながら男のそばで見守った。もちろん気配は消して透明なままだ。



 魔法陣を書き終えた男はしばらく小屋の天井を見つめていたが、やがて意を決したかのように魔法陣に向かって呪文を唱えた。



「我は滅亡したイグザット王国のターレント王子。失われた祖国の再興を願う。いざ、偉大なる悪魔よ来たれ!」



 やったよ、初召喚だよ。


 笑いがこぼれてくるのを何とか抑えながら、わたしはその召喚に応じることにした。


 まず、机の上の魔法陣のところまで移動する。もちろん気配は消して透明なままだ。


 机の上に何とか這い上がろうとしたんだけど。


 建付けが悪いのかグラグラする。転ばないように気を付けて乗った。


 よいしょっと。



 机の上でなんとか立ち上がった。


 そして小道具で煙を焚きながら姿を現す。


 もちろん黒い翼を大きく広げながらね。


 ほら、魔法陣で召喚された悪魔の出現だよ!



「ゲホッ、ゲホッ」



 煙を焚きすぎたのか咳が出る。



「わたしの名はリリア。悪魔と知って召喚したのはそなたか。汝の魂と引き換えにどのような願い事でもかなえよう」



 かっこよく登場できたよ。


 ちなみに、こういったセリフや登場方法はすべて悪魔学校で練習している。そうでなかったらこんなにスラスラと出てこないよね。


 ターレント王子は口を半開きにして私を見ていたが、みるみる顔が赤くなった。



「なんでも叶うのか?」


「悪魔の名にかけて、魂と引き換えにどのような願いもかなえよう」


 ちょっと偉そうに言ってみた。


 王子はしばらく迷っていたようだが、意を決したように告げた。顔も耳も首も全部真っ赤になってる。


「では、俺と結婚してほしい。君は理想の女性だ。ひとめ見て好きになった」


「その方の願い、聞き届けたぞよ。結婚させよ……へ? ちょっと待って。そんな無茶な願いはだめだよ」


 想定外の願いがでてきて、素の自分が出てしまう。


 いきなり結婚なんて言われて、耳が熱くなった。


 王子は真っ赤だけど真剣な顔でじっとこちらを見ている。


 美形男子は見つめるだけで罪だってわかってるのかな。


 とりあえず翼をしまって、煙も止めた。


 机の上はグラグラするから床に降りた。


 降りるのに時間がかかる。



「どんな願いでも叶えるって約束してくれたはずだけど?」


「ちょっと待ってよ。確かにそういったけど、いったけど……」


 私は結婚どころか男の子と付き合ったことも無い、恋愛耐性ゼロの悪魔なのだ。


 いきなり結婚とかありえない。うろたえてしまってうまく頭がまわらない。


 顔まで熱くなってきた。



「こういった願いは人間界のことに限られるの!」


「でもそう言って無かったよね?その条件は無しでの契約だ」



 しまった。言うのを忘れてた。


“汝の属する人間世界の諸々を、魂と引き換えに悪魔の名にかけて、どのような願いもかなえよう”


 これが正確なセリフだ。せっかく悪魔学校で習ったのに、緊張してるからか忘れた。


「契約は契約だからな」


 ターレント王子がぐいぐい来る。顔は真っ赤だけど。私はちょっと涙目になってしまった。


 目の前の王子はイケメンだし正直タイプだけど、悪魔と人間で結婚なんてあり得ない。


 悪魔にとって、人間は魂を奪う対象、ただそれだけの存在なのだ。


 そもそも男の子とどう接していいかなんてわかんないし。


 いきなり全力で来られても困ってしまう。



「いや、ほんと困るんです。だいたい、わたしなんてちんちくりんだからやめておいたほうがいいですよ?それに王国再興はどうするんですか?」


「俺はそなたのことを気に入ったのだ。いままで会ったことがある中で最高の女性なんだ。自分の生涯をかける相手に巡り合えた心地がする。王国再興は自分で何とかする」


 いや、王国再興の扱いが軽すぎる! 


 悪魔に魂を渡すくらいだから、必死だったはずなのに。


 もうどうしたらいいかわからない。涙目、というかわたしは泣き始めてしまった。


 ぽろぽろ涙が出てくる。とんでもない落とし穴にはまって身動きが取れない。


 学校からは人間との契約は禁止されていたけど、こんな落とし穴があったとは。


 禁止するはずだ。この人間は私よりも悪魔的だ。



「困らせるつもりはなかったんだけどな……」


 その言葉をわたしは聞き逃さなかった。


 泣き顔なのにすこし笑顔になって明るくなった。



「じゃあ、一旦保留ということにしませんか?最初の目的はイグザット王国再興のはずです。これから悪魔式王国再興プランを体験してみてください。途中でそっちに契約を変更したくなるはずですよ」


「まあ、それでもいいよ。なんかこっちが悪いことしてる気になってきた」



 わたしは悪魔なのだ。


 国の一つや二つ、作ったり消し去ったりするのはわけはない。


 王子お好みの女性を準備して夢中にさせることも容易いことだ。


 何とか窮地を脱して一安心だ。心の中でにやりと笑った。

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