第14話 行き過ぎてしまった三人【赤波江】

 昼休み中も後も、わたしのクラスメートたちはアオさんたちのことで頭がいっぱいだった。わたしたち四人以外の子たちも外で遊ばず、みんな教室で同じ内容の話をしていた。また大桃ちゃん以外の、他のクラスの子数人もアオさんの暴走について知ったらしい。やはり騒がしかったからだろう。

 あれからアオさんは、担任の先生と同じように、わたしたちがいる教室に戻らなかった。まだ学校にはいると思うけど、場所は分からない。でも絶対に会いたくない。本当に怖い。もし会ったら、わたしはアオさんから逃げてしまうかもしれない。恐らく全速力で。

 アオさんに傷付けられた後、先生は病院へ運ばれた。わたしは見てしまった。自分の担任の先生が、血を流していたのを。廊下にいた子たちの情報によると、まずアオさんは目の前にいる先生を思いっきり蹴ったらしい。先生は倒れて、あまりの痛さで動けなくなっていたら、アオさんは先生を殴り続けたとのことだった。

 そしてミドカと黄瀬ちゃんの二人は、アオさんと共に先生から注意を受けることになった、と思ったら案外早く教室に戻ってきた。


「あいつらは釈放されたんかい」


 声の主は不明である、その言葉をピックアップしてみる。わたしも思った。本当に、何もしていない二人。先生に危害を加えることもなければ、暴れだしたアオさんを止めることもなかった。わたしなら止めるけどな、とか思っても意味がないのは分かっている。わたしが止めようと動いたとしても、きっとアオさんは暴れ続ける。でも思わずにはいられない。


「じゃあウチ、そろそろ戻るよ」

「うん、じゃあね!」

「またね、大桃ちゃん!」

「色々と話してくれて、ありがとうね」


 本日の昼休みが終わった。大変なことがあって、今でも恐怖は抜けていない。それでも大桃ちゃんという、新しい友達ができたことは嬉しい。今度また四人で集まって、下校したり遊んだりするつもりだ。




「次が体育だからってさぁ、こんなときに外へ出て自由に遊ぶなんて……」


 昼休み明けの授業は、体育だった。担任の先生が不在のため、わたしたちのクラスを他の先生が担当することになった。代理の先生は「色々あるけど、とにかく負けずに頑張ろう!」と、わたしたちを励ましの言葉をくれた。そして、わたしたちより先に外へ向かった。ちなみに、この「自由に遊ぶ」というのは、元々決まっていた授業内容だ。それでも、やはり複雑な気持ちになっている子は多い。


「とりあえず外に行こう」

「何しようか」

「そうだねぇ……」


 わたしたちは何をして遊ぶか、考えながら歩いている。わたしは昨日、この「自由に遊ぶ」時間について大いに悩んでいた。また三人で楽しそうにしているのを側で黙って見るのか……と、わたしは憂鬱だった。でも、もう大丈夫……。


「あっ! 小紫さんと茶園さん♪︎」


 えっ……?

 わたしたちが振り返った先には、


「この時間は、あたしたちと遊ぼうよ♪︎」


 ニコニコしているミドカと黄瀬ちゃんがいた。笑ってはいるが、わたしにはきちんと見える。二人の頭に生えているツノも、二人の口に生えている牙も、そして背中に生えている黒い羽根も。


「そうだよ! コムちゃんとチャチャ! 一緒に楽しもうっ♪︎」


 ミドカに続いて、黄瀬ちゃんも二人を誘ってきた。もう、わたしは黄瀬ちゃんからも、思いっきりシカトされるようになったのか。あんなことがあったので仕方がないかもしれないが、グサリとはする。そんな風に感じるなんて、わたしはワガママだろうか。黄瀬ちゃんに不満があったから離れたというのにムシが良い。こんな性格だから、わたしは友達三人を、一気になくすこともできるってことかもしれない。


「は? 悪いけど、あたしらは三人で遊ぶよ」

「ごめんなさい、二人共。じゃあね」


 コムちゃん……。

 チャチャ……。


「何よ、それ! あたしと黄瀬ちゃんを仲間外れにするなんて、最低っ!」


 わたしを気遣って二人が断ってくれた直後、ミドカが怒り出した。クラスメートたちは全員、鬼の形相となったミドカに注目している。さっきまでの、かわいらしい笑顔は消えた。


「いやいや。別に……あたしらのことを誘わなくたって、あんたたち二人で遊べばいーじゃん。一人ぼっちじゃないんだしさぁ」

「ひどいっ! あたしたちは本当に、二人と仲良くなりたいのにぃっ……!」


 これまで冷静に会話していたコムちゃんだったけれど、もう表情が変わってしまった。ミドカもキーッとなっている。やばい、どうしよう。


「はあっ? おい、何が二人だよ! あたしら三人なんだけど! あんたの目、大丈夫? ちゃんと自分の目の前に、何人いるのか見えてんのかよっ!」


 ミドカに困っている顔を向けられても、コムちゃんは変わらなかった。しかし、ミドカも言葉を続ける。争っている友達の側で、黄瀬ちゃんは「たぁいへぇんだっ♪︎」と、まるで他人事。チャチャは真剣な眼差しで、コムちゃんを見守っている。その他のクラスメートは引き続き、わたしたち五人に注目していた。


「別に何人に見えていても、いーじゃないのよ! あたしは小紫さんとも茶園さんとも、もっと仲良くなりたいの! 黄瀬ちゃんだって、あたしと同じ気持ちよ! なぜ親睦を深めようとしている、あたしたち二人を仲間外れにするのっ?」

「仲間外れしてんのは、あんたの方だよ緑川! ベイビーを無視するな! もう分かってんだよ、あんたたちの魂胆は……。またベイビーを孤立させる気だろ? だって今まで、そうだったんだから! 休み時間とか移動教室とかさぁ! ベイビーと黄瀬を二人きりにさせれば良いのに……毎回あんたと青森は、わざわざくっついてきていたでしょ! 一緒にいるように見せかけて、ベイビーを仲間外れにしているのバレバレだったんだからね! あれは仲良し四人組じゃなくて……胸糞悪い、一対三だよ! 」


 キレてしまったコムちゃんの発言を聞くと、さすがのミドカも真っ赤な顔で……ポカーン。


「やっぱり、赤波江さんを仲間外れにしようとしたんだ」

「こえーな緑川。さすが青森の親友!」

「類は友を呼ぶ、だね……」

「しかも……めっちゃ凝っている、仲間外れじゃんかよ」

「よく考えたわね、そんな嫌がらせ……」

「その賢さ、違うことに生かせば?」

「マジひどいな! 性格が悪いよ!」


 クラスメートたちは呆れ顔。恥ずかしくなってミドカは下を向いてしまった……かと思いきや。


「うるさーいっ! あたしがやっているのは、仲間外れじゃないわよ! ケンカよ、ケンカ! ケンカしている奴となんて、誰も遊びたくないに決まってんでしょ! そんな奴はシカトするに決まってんじゃないのよっ!」

「緑川さん、やっぱりベイビーを無視していたんじゃない……」


 チャチャが柔らかくも鋭い指摘。さりげなく認めてしまったミドカは「しまった!」と顔で言っている。


「もう、やめなさいよ。ベイビーに意地悪するのは。人間……ケンカをしてしまうのは、仕方がないかもしれない。でも嫌がらせは、してはいけないことでしょう? それにベイビーは何度も、あなたたちに謝っていた……。私たちは、いつまでもベイビーを許さない、緑川さんと青森さんの方が悪いと思っているわよ? それを笑って見ているだけの、黄瀬さんも」


 今チャチャに名前を出されたことで、お気楽キャラを振る舞っていた黄瀬ちゃんの顔色が変わった。あれだけ楽しそうにしていたのに、すっかり固まっている。黄瀬ちゃんはチャチャに、一言も返すことができないようだ。


「そうだよ、いい加減にしろよ! お前ら!」

「赤波江ちゃんも先生も、かわいそうじゃん!」


 とうとう、他のクラスメートたちも口を開き始めた。これまで困り顔で黙って見ていたみんなだったけれど、やっぱり言いたいことはあったようだ。


「この前の休み時間に、あんたたちが黒板に『うちら仲良し三人娘!』なんて言葉と自分たちの顔を描いているのを見て気分が悪くなったわ! しかも、その場に赤波江ちゃん本人がいたのに! それって思いっきり赤波江ちゃんを、仲間外れにしているじゃない! 一対三で、いじめとか最低ね!」

「お前ら、オレたちが何も見ていないと思ったら大間違いだぞ! どうして友達なら、青森の暴走を止めなかったんだ! 自分たちの友達が、先生を傷付けているんだぞ? それを笑って見ているだなんて、絶対おかしいだろ!」

「黄瀬さん、いつも困っている赤波江さんを茶化して何が楽しいの? あたしは見ていて、聞いていて不快に感じるだけよ!」

「君たち三人が、赤波江さんを意地悪なニックネームで呼んでいるのが、ぼくは本当に気に入らなかった。あんなのダメだよ、いじめだ!」

「緑川さんたちって、前は大桃さんをターゲットにしていたよね? いちいち人に意地悪しなきゃ生きていけないの? バカみたい!」

「それから黄瀬さん! あんた気付いていないかもしれないけど、めっちゃ青森さんに嫌われているよ! うちらは前から、そのことを分かっていたからね!」

「緑川も黄瀬も青森も……もう心、おかしいから病院とか行けよ。はっきり言って病気みたいだからな、お前ら。異常!」


 みんなは心に秘めていた、ミドカと黄瀬ちゃんとアオさんへの思いを吐き出した。いつもヘラヘラおちゃらけている黄瀬ちゃんが、もう泣きそうになっている。そんな黄瀬ちゃんを見て、わたしは心が痛くなった。でも自分の痛みも混ざって、よく分からない状態となっている。


「あたしと黄瀬ちゃんは、悪くないわよ! 全部アオさんのせいなんだからね!」


 えっ……!

 いざとなったら、アオさんのせいにするの?

 あんなに仲が良いのに?


「悪いのは、アオさんよ!」


 まさかミドカが、そんなことを言うとは思わなかった。ミドカの叫び声を聞いて、みんなも驚いている。


「赤波江を許さないのも、先生が倒れたのも、ぜーんぶアオさんがしたことよ! あ、でもアオさんとの約束を破りたくないから、あたしは赤波江を許さないわ! どうせ赤波江は、あたしたちに許されなくても、友達がいるんだから良いでしょう! っつーか、もう少しで小学校卒業なら我慢できたんじゃない? 一人でいるの! こんなに味方を作っちゃって……なーんか悲劇のヒロインみたいで、すっごくバカみたいだわね!」


 ああ、そうか。

 ミドカとアオさんは、わたしみたいに本当の友達同士ではなかったんだ。


「黄瀬ちゃん、行こっ!」

「……うん、分かったぁ~」


 凍り付いた教室を見て満足したのか、ミドカは黄瀬ちゃんを手を繋いで、堂々と退室した。ミドカに呼ばれた途端、黄瀬ちゃんは再び笑顔になった。しかし、きっとミドカと黄瀬ちゃんの絆も、その繋がれた手のようなものだろう。簡単に離れてしまうのが、わたしには分かった。

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