第15話 みんな知ってくれていた【赤波江】
ミドカと黄瀬ちゃんが去って、クラスは静かになった。教室に残っている児童たちは、ただただ黙って開きっぱなしのドアを眺めている。
「……ベイビー」
その沈黙を破ったのは、コムちゃんだった。
「もう仲直りは、望まなくても良いと思うよ?」
「あんな人たちは……もう関わらないのが、一番ね」
コムちゃんの言葉と、それに続いたチャチャの言葉に、わたしは静かに頷いた。
ケンカする前から、わたしとミドカと黄瀬ちゃんとアオさんの友情は、脆かったのだろう。いや崩れるとか以前に、そんなものは最初から存在していなかったのかもしれない。
嫌なことをされたのは、わたしだけじゃなかった。アオさんも、わたしと同じ。そしてアオさんから嫌われていて、ずっと冷たくされていた黄瀬ちゃんも。やられている本人が気付いているとか気付いていないとか、そういう問題ではない。
「……赤波江さん、ごめん」
「えっ?」
突然、わたしへの謝罪の言葉が聞こえた。わたしが驚いて顔を上げると、コムちゃんとチャチャ以外のクラスメートが頭を下げていた。みんな、わたしに向かって。
「今まで、あの三人に注意とか何もしなくて……ごめんね」
「オレ、ただ見ているだけで……本当に情けなかったよ」
「あの人たちを怖がって、ずっと知らんぷりしちゃって……ごめんなさい」
「これからは、ぼくたちも助けるよ!」
そうだったのね……。
これまでコムちゃんとチャチャ以外のクラスメートも、わたしのことを考えてくれていたんだ。
わたしは、一人じゃなかった。
「……ありがとう、みんな!」
それが今はっきりと分かって、一気に嬉しくなった。幸せ者のわたしは、みんなに感謝した。喜びのあまり、わたしは涙を流した。本日のわたしは泣き虫だ。赤ちゃん時代を除けば、人生でナンバーワンに泣き虫となった日に違いない。朝も泣いて、今も泣いている。嬉し泣きばっかり。でも、そんなことは嫌じゃない。
今日は悲しいこともあったけれど、嬉しいこともあった。本当の友達に気付けたこと、新しい友達ができたこと、そして自分が優しい人たちに恵まれていると知ったこと……。つらいことに負けず、生き続けてきて良かった。わたしは今、幸せ者なのだから!
「それにしても、やっぱり緑川ってさ! 自分勝手な人間だよねーっ!」
わたしたちは外で縄跳びをすることにした。でも今は、ちょっと疲れたので三人で休憩中……。その場に腰を下ろすと、すぐにコムちゃんが口を開いた。
「あたし、あいつの考え方にビックリだよ! もうすぐで卒業なんだから、それまで友達がいなくても良いでしょ……みたいなこと言うなんて!」
「そうよねぇ。それを自分がされたら……お猿さんみたいに顔を真っ赤にして怒りそうだわ、緑川さん」
お猿さん、という例えに笑いそうになったけれど耐えた。笑っている場合ではない。わたしもミドカの発言にショックを受けた。そんなことをミドカが考えていてもおかしくはない、とは思う。それでも、やっぱり本人がズバッとはいてしまった言葉を聞くのはキツい。
「それに全部、青森のせいにしちゃってさ! どうしてだよ~……あいつらって全然、友達じゃなかったんじゃん!」
「きっと黄瀬さんと緑川さんも、いつか仲が悪くなるわよ」
ミドカと黄瀬ちゃんも不仲になる未来は、わたしにも想像できた。特にミドカ。あんなにも簡単に、友達を捨てられるのだ。きっと黄瀬ちゃんのことも、わたしやアオさんのように……。
「うん。あたしもチャチャと同じく、そう思ったよ! あいつらダメだよ、あんなんじゃ!」
「でも、かわいそうではあるわよね……あの三人は。ベイビーよりも、ね」
……あー……。
「えぇ~……? ベイビーが嫌なことされてんのに、あいつらの方が気の毒ってことはないでしょお~?」
「だって、あの三人の友情は偽物でしょ? だから、かわいそうなのよ」
「……あー……」
わたしの心の声と同じように、コムちゃんがチャチャの言葉に納得した。
「……あの三人……それぞれ、一人ぼっちになっちゃうのかなぁ……」
もう気にする必要はない、と言われてしまうかもしれない。あまちゃんだ、と感じられるかもしれない。でも、ちょっとの間は友達だった。悪くない思い出もある。だから、わたしはミドカ、黄瀬ちゃん、そしてアオさんが心配になってしまうのかもしれない。
「ベイビー、マジで優しいね……。でも緑川も言ってたじゃん! もうすぐで小学校、卒業なんだよ? もし二人が仲間割れしたとしても、中学校で新しい友達ができるだろうから……別に大丈夫じゃん? あいつら、たくましいし!」
コムちゃんは、あの二人が孤立することには全く心配していない。わたしが淋しがっていることは、すごく気にしてくれたけれど。
「こんなにも思いやりのある良い子と離れるなんて、あの人たちは本当に気の毒ね。でもベイビーの気持ち……私、分かるわ。緑川さんも黄瀬さんもクセがあるから、一人ぼっちになるかもねぇ」
チャチャは、わたしと同じような予想をしていた。ちょっと違う部分もあるけれど。
コムちゃんとチャチャが、わたしの三人を気にすることについて否定しなかったことにホッとしてしまった。ありがとう。
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