第4話 許さないって楽しいね!【緑川】

「あっははははははは………! ねぇ見た? しっかり見てたよねっ! アオさん! あいつの必死な表情~!」


 はあああああああああ。

 許さないって、どうしてこんなに気持ちが良いの?


「もう、バッチリ見てたってばー。何なんだよ、あの情けない顔は……! マジで超ウケるんですけど~」


 はあああああああああ。

 許さないって、どうしてこんなに楽しいの?


「そんなに許して欲しいなんてさ……アカの奴どれだけ、あたしらに依存してんだよ! マジやばくね?」

「そうだよねー。あっ、ミドカ。ずっと気になったんだけど……」

「うん、どしたの?」

「アカって『ちゃん』を付けないと、由来が迷子になっちゃうね」

「え? そうかなぁ。どうしてなの?」

「だって赤ちゃんのアカなのか、耳垢とかのアカなのか……結構ややこしいからさ~」

「あー! アカって、そういう意味のもあったっけね! まっ、どっちでもオッケーだよ! 赤ん坊を意味しようがクソを意味しようが! あいつは、どっちも似合っているもん!」

「やっだぁー、ひっどーい!」

「えー? そんな発想できちゃうアオさんにはかないませ~ん♪︎」

「いやいや、お互い様だっつーの!」

「あははっ、それもそーだ!」

「っつーかさ……ひどいのはミドカよりも私よりも、あいつじゃん。何だ、あの便所バエ? せっかく構ってやってんのに、あのヒステリーな態度はないっしょ。あんな奴は本来なら、うんこしか相手にしてもらえないくせに」

「いやーん、アオさんってば、めっちゃ怖い~。すっごく口悪~い。……まあ間違ったことは、全く言っていないんだけどね♪︎」

「ちょっとぉ~、何そのツンデレっぽいのは」

「あはは! でもさぁ……やっぱりアオさんの言っていることは、正しいよ~」


 そう、アオさんは正しいことを言っている。悪いのは、あいつだ。あたしらに急に怒り出した、赤波江が悪いんだ。




 一ヶ月前、あたしたち三人は赤波江に「もうやめて!」と怒鳴られた。そのとき、あたしたちは別に大したことはしていなかった。いつも通り。通常運転。それなのに、急に怒り出したもんだから、そのヒステリーっぷりにビックリなあたしたち。これまで赤波江は、あたしたちが何を言ってもやってもヘラヘラしていたくせに、どうしたというのか。


「……ごめんね、カバちゃん……」


 赤波江がキレてから数秒後、沈黙を破ったのは黄瀬ちゃんだった。やべーと思ったのか黄瀬ちゃんは平謝り。あからさまな困り顔で、合掌して頭ペコペコ。すると、あいつは……。


「……いや……わたしも、ごめんね。黄瀬ちゃん、もう良いよ……」


 しおらしく黄瀬ちゃんに謝られて、すぐに赤波江は元通り。もう既に自分も悪かった、とか思えるくらいには気分が良くなっていた。


 ……何か、ムカつく。

 謝れば、それでオッケーですか?


「そんくらいでキレてんじゃねーよ」


 だから、あたしは言ってやった。

 すると続けて、


「……短気ブス……」


 アオさんがボソッと呟いた。あたしの言葉よりも声は小さかったけど、あれは名言だった。


「えっ……」


 は?

 さっきまで鬼みたいだったくせに……。

 そのアホ面は何だよ今更。


 ポカンとしている様子を見せた赤波江を、あたしは睨んでやった。それは、アオさんも同じだった。


「あっ、お二人さぁ~んっ!」


 あたしはアオさんと、その場から去った。赤波江から許された黄瀬ちゃんを残してしまったけれど、そんな黄瀬ちゃんに恨みがあったわけではない。あたしがムカついたのは赤波江。とにかく気分が悪くて、すぐにでも赤波江から離れたくなった。甘ったるい黄瀬ちゃんの声が耳に入っても、あたしは足を止めなかった。それはアオさんも同じで、あたしたち二人はスタスタ教室を出た。どうせ放課後で、もう帰らなくてはならなかった時間になっていたからナイスタイミング。


「……黄瀬ちゃん、置いていっちゃったね……」

「どうせ、便所バエと帰るんじゃないの? 許されたことだし」


 下校中、あたしが黄瀬ちゃんのことを心配していると、アオさんがスパッと返答。


「だよね。黄瀬ちゃんには……明日に謝ればいっか」

「いや謝らなくていーだろ。あれと違って、そんなことで怒らないんじゃないのー?」

「……まーね……」

「あー、腹立つわ。あの便所バエ……」

「そうだね! すっごい生意気!」

「ひょっとしたら私ら、逆ギレかもしんないけどさぁ……いきなりキレた便所バエのが頭おかしーだろ」

「うんうん。こわーい!」

「……ミドカ、うんこって言っちゃってる」

「えっ! マジ? やっだー!」


 ここで、あたしたちは笑い合った。それで、あたしは地味に言いたかったことを、アオさんに言った。


「それにしてもアオさん、あれは名言だったね~!」

「何が?」

「ほら! 短気ブス!」

「あー、そう? 本当のことを言っただけだよ」

「でもさ、すごいよ! だって、あいつにピッタリな言葉じゃん!」

「そっか。そりゃどーも」


 クールに聞こえる返事だけれど、あたしにはアオさんの、本当の気持ちが分かった。照れ屋なアオさんの顔面が、喜びを隠し切れていなかったからだ。


「それはそうと、バエの奴……明日も謝ってくるよな絶対。あいつビビリだから、私らに嫌われたと焦ってんだろ今」

「そうだね! でも許したくないなー、あたし。っていうか、あいつが人を許す側になったのが、妙に偉そうでウザかったなぁ」

「じゃあ、もう謝ってきても許さないで良いな」

「うん! 一生ずっと許さないでいようねー♪︎」


 その翌日、やっぱり赤波江は謝ってきたけど、あたしたち二人は許さなかった。それが、一ヶ月経過した今も続いているということ。




 ああ楽しい。

 とっても愉快だ。

 許さないって、こんなにも気持ちが良いのね。

 許す権利を持つと、偉い人になった気がする!

 何だか、お姫様……いや女王様にでもなった気分!

 ああ、だから赤波江はキレたのね。

 きっと立場を逆転させたかったんだ。

 あたしらより、上になりたかったのかな?


「アオさん、今度あいつが謝ってきたら……どうしよっか? 条件とか付けてみるー?」

「あ、それ良いね。一週間以内に何キロか痩せたら許す、みたいな?」

「あはは! 厳しいね」

「そうしたら便所バエ、もうムキになってダイエットするんじゃねーの?」

「骨だけになっちゃったりしてー! きゃー!」

「じゃあ言ってみる? 今度あいつが謝ってきたらさ」

「うんうん!」

「あ、でも他にさ……」


 朝の廊下での、あたしたち二人きりの会話は、まだまだ続く。

 許さないって、楽しいね!

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