第3話 本当の友達【赤波江】

「それにしてもさぁ……。一ヶ月が経過しても許されないことを、ベイビーがするとか信じらんないよ、あたしら!」

「うん。私たち前から、すごく気になっていたんだけど……どうして緑川さんと青森さんはベイビーに怒っているの?」


 わたしが涙を拭いていると、また質問。

 そういえば、わたしらのケンカの原因を二人は知らなかった。こんなに心配してくれていたというのに、これまた不思議なものだ。


「そうそう! ずっと聞きたかったよ、それ! でもタイミングがなぁ~、なかなか掴めなかったんだよね! だって、あたしらがベイビーに聞こうとしたらさ……まるで邪魔するように黄瀬がベイビーんとこに来るんだもん!」

「……色々と黄瀬さんのせいにしちゃっているけど、やっぱりイライラしたのよねぇ私たち……。黄瀬さん本人に、そんな気があったかどうかは謎だけど」


 ここで「色々と黄瀬さんのせいにしちゃっているけど」と言えるチャチャが、やはりオトナで眩しい。そういうチャチャを見て「自分も、こんな風になりたい」と憧れる人は、わたし以外にも絶対いると思う。


「……今回の件、実は最初に怒ったのは、わたしなんだよね……」


 わたしが説明を始めると、二人は「えっ、そうなんだ!」「何があったの?」と驚いた。本当に知らなかったんだなぁ……と思いながら、わたしは話を続ける。


「わたし、もう限界だったんだよね。あの人たちにイジられるの。例えば……赤ちゃんとか、カバちゃんとか、バエちゃんとか」


 わたしが呼び名のことを話すと「ああー……やっぱり嫌だったよね」「私たちも聞いていて、気分が悪かった」と返ってきた。わたしのことを二人がベイビーと呼ぶ理由は、そこにあるのだ。もちろん楽しんで付けられた愛称でもあるけれど。


「すっごい悪意が滲み出ていているよね、あいつらのベイビーの呼び方!」

「……それ以外にも色々なこと、あったんじゃないの? 私、何か分かるわぁ。やり過ぎていたんでしょうね、あの人たち」


 わたしのために怒ってくれるコムちゃんの横で、チャチャが鋭いご指摘。わたしは頷いた。


「うん、あったよ。わたしに向かって三人がバカとかブスとか叫んだり、勝手に机の中にあるものを取り出されて隠されたり、『あんたは力が強いんだから、やり返さないで』と言われて体を叩かれまくったり……。ずっとケンカしたくなかったから我慢していたけど、とうとうキレちゃった。そしたら黄瀬ちゃんは、すぐに『ごめんね』って言ったんだけど……あと二人は『そんくらいでキレてんじゃねーよ、短気ブス』とか怒り出しちゃってね……。それで、ずっとあんな感じ。どれだけ謝っても許してもらえない」


 するとコムちゃんは「何だ、それ! あいつら、ふざけんなよ!」と怒り顔。チャチャは「本当に、ひどい人たちね」と呆れ顔。


「……わたし、もう許されなくても良いのかもね……」


 わたしの話を聞いてくれている二人の様子を見て、とうとうそんな言葉が出てきてしまった。ひょっとしたらわたしは、もう前から許されないことをバカバカしく感じていたのかもしれない。確かに毎日つらかったし、ずっと許されないことは苦しかったけれど、そんな気持ちも少しはあったかもしれない。

 しかし「本当の友達って、この二人のことだよなぁ」と思い始めた今、わたしの心は変わってきたのだ。


「そうだよ! 許されなくて良かったんじゃないの? あたしらがいるんだし! っつーかベイビー、これまで謝る必要はなかったと思うよ?」

「うん。私もベイビーは今回、ラッキーだったと思う。あの意地悪な人たちと、やっと離れられるんだからね。それに……やっぱりベイビーは悪いこと、全然していないんじゃないかしら」


 確かに、わたしは今回ラッキーだった。本当の友達とは何かを知ることができたのだから。


 

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