第2話 わたしは恩知らず?【赤波江】

「え……?」

「あー、あの三人っつーのは緑川みどりかわ青森あおもりと黄瀬のことね!」


 わたしの顔を見てピンときていないと思ったのか、コムちゃんが説明してくれた。

 怪しい……?

 ミドカとアオさんと黄瀬ちゃんが……?


「コムちゃん……やっぱりベイビーは気付いていなかったのねぇ」

「うん。だから、あたしらは言うことにしたんだよね。……このままだとベイビーが、超かわいそうだもん」

「でもベイビーが気付けなかったのも、無理はないわよね……」

「そうだよ。ベイビーは今、緑川と青森に対する申し訳なさで、いっぱいなんだもん。でもベイビー……あたしらは全く余裕のないベイビーに代わって、もう察していたよ」


 コムちゃんもチャチャも真面目な表情。そして二人は優しい目で、わたしを見つめている。


「……だから、あのとき言ったんだよ……。ベイビー、あたしらといようって……。それなのに黄瀬の奴が!」

「私たちも、もっと強く言えば良かったのよね。ごめんなさい、ベイビー。つらかったわよね。黄瀬さんのこと、もっと早く気付いていれば……」


 悔しそうなコムちゃんと、申し訳なさそうなチャチャを見て、ますますわたしは気になった。


「……黄瀬ちゃんが、どうかしたの?」


 本当は怖かったけれど、それよりも知りたい気持ちが勝り、わたしは二人に黄瀬ちゃんのことを聞いてみた。あの三人の何が怪しいのか分からないが、特に黄瀬ちゃんが気になっていた。わたしを気遣ってくれている黄瀬ちゃんの、どこがおかしいのだろうか。


「ベイビーは黄瀬に優しくされているって思っているんだろうけど……あたしらは黄瀬のこと、不気味に感じるよ」

「えっ! そんな……」


 わたしがコムちゃんの発言に驚くと、すぐにチャチャの意見が続いた。


「ベイビー……私も黄瀬さんのことを、おかしいと思っていたの。悪いけど、さっきのやり取りとか色々と見ていたわよ。どんなときも、黄瀬さんは胡散臭かった」

「……そうなの……?」


 不気味、おかしい、胡散臭い。

 それら三つが全て黄瀬ちゃんに当てはまっているということが、わたしには信じられない。


「大体、こんなにベイビーが苦しんでいるのを目の当たりにしておいて、あの態度は何かしら? 友達の悩みを、あんな風に茶化すなんて失礼よ。私なら絶対に怒っているわ!」


 しかし、このチャチャの指摘には、一言も返せなかった。


「っつーか黄瀬の奴、応援って何? そんなの最初から、やる気ないくせに。本当に応援するなら……友達だったら、仲直りの手伝いとか何かしらのアクションを起こすじゃんか!」


 続くコムちゃんの意見が耳に入っても、ただただ黙ることしかできなかった。わたしが言葉に詰まっていると、再びチャチャが口を開く。


「ベイビー……実は、これまでに黄瀬さんへの不満、あったでしょう? でもベイビーは義理堅くて真面目だから、そんなことを考えるなんて自分は恩知らず……とか思っていたんじゃない? いつも側にいてくれる黄瀬さんに対して、それは贅沢な悩みだって……」

 

 チャチャの眉毛はハの字。


「あいつ……どうしてベイビーと二人じゃなくて、四人でいようとするんだ? 移動教室とか色々とさぁ! 黄瀬はベイビーと二人組で行動すれば良いのに……。わざわざケンカしている二人とくっついて四人でいると、ベイビーが居心地悪いって分からないの? 三人で楽しく喋っているけど……ベイビーは遠慮して、だんまり! あれ見ていられなかった! もっと早く気付けなかったの、あたしらマジで後悔しているよ……」


 これまで逆ハの字の眉だったコムちゃんも、今ではチャチャと同じ形。二人は、わたしを心配してくれている。


「さっきだって、あの二人のとこへ楽しそうに向かったじゃん! ずっとベイビーの側にいろよ! バカッ! あれをベイビーは、わたしに気遣って離れてくれたとか思っているんでしょ? でもね、あたしら……そうは見えなかったんだから! 絶対、黄瀬は愉快犯! 黒! レッドカード! どれだけバカなフリしても、なーんにも分かっていませーんみたいな風にしていても……全部お見通しなんだからぁ~っ!」


 興奮気味のコムちゃんは、さすがに疲れたのか「ハー、ハー……」と息を整えている。すると隣にいるチャチャは「よく言ってくれたわね」とでも労うかのように、コムちゃんの背中にポンと手を添えた。


「……ベイビー、フレネミーって言葉を知っているかしら?」

「ふれねみぃ?」


 聞き慣れないワードに首を傾げる。とりあえず英語あるいは横文字なのだろう。チャチャは頭が良くて、お姉ちゃんがいるからか色々なことを知っている。これは偏見かもしれないけれど……お姉ちゃんがいる女の子って、どこか大人っぽくて憧れる。


「友達を意味するフレンドと、敵を意味するエネミーが混ざった単語。友達のフリした敵ってことよ。もしかしたら黄瀬さんは、それなんじゃないかなって……」

「黄瀬ちゃんが、フレネミー……」


 チャチャとコムちゃんは揃って静かに「うんうん」。

 黄瀬ちゃんはフレネミー。

 黄瀬ちゃんは実は敵……。


「……そっか。わたしは決して、おかしくなかったんだね。おどける黄瀬ちゃんを見て『わたし、茶化されている?』と思ったのは……悪くなかったんだ」


 さっき、わたしは黄瀬ちゃん本人に怒ることはできなかった。けれど本当は、めちゃめちゃ気分が悪くなっていた。わたしが真剣に悩んでいるのに、ずっとバカにしたような態度の黄瀬ちゃんに「ん?」と思った。あのときは「黄瀬ちゃんは和ませてくれている」だなんて自分に言い聞かせたけれど、わたしの本当の気持ちは、そんなんじゃなかった。正直なところ、わたしは黄瀬ちゃんに「は?」とイラつきたかった。

 黄瀬ちゃんに対するそれは、今に始まったことではない。


 どうして二人じゃなくて、わざわざ四人でいようとするの?

 黄瀬ちゃんは見ているだけで、仲直りに協力してくれないの?

 ふざけていないで、真剣に話を聞いてよ黄瀬ちゃん。

 わたしが困っているのに、そこで笑うのは変じゃない?

 もしかして黄瀬ちゃん、わたしたちのケンカを見て楽しんでいる?

 悩むわたしを見る黄瀬ちゃん、何だか幸せそうだなぁ……。

 

 いつもいつも、わたしは黄瀬ちゃんについて、そんなことを思っていた。でも本人には全く伝えられなかった。これ以上、わたしは友達を失いたくなくて、怖くて言えなかった。「黄瀬ちゃん変じゃない? でも、わたしがそう思うのは恩知らずになるよね? 一緒にいてくれる子に対して、そんな風に感じるのは贅沢だよ! だけど、やっぱり……いや……」なんて、いつもモヤモヤしていた。でも黄瀬ちゃんに悪いからって、無理矢理わたしは良い方向へと考えて、自分の気持ちを消そうとしていた。でも完全には消えなかった。消しては出てきて、出てきては消して、の繰り返し。つらくてつらくて嫌だった。

 

「そうだよ! ベイビーは変じゃないって!」

「ベイビーが気分が悪くなるのは当たり前よ」


 ……でも、もう苦しむ必要はないんだね。

 親身になってくれている二人を見て、わたしは目が覚めた。

 わたしは黄瀬ちゃんを、おかしいと思って悪くない。そして、わたしは黄瀬ちゃんに縛られなくて良い。

 わたしには本当の友達が、二人もいるのだから。

 

「ベイビー、これまで大変だったよね……」

「ベイビー、もう無理しないで良いのよ……」


 色々なものと共に涙が溢れ出した。そんなわたしを見て、コムちゃんとチャチャが慰めてくれた。

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