Part.12『リレー小説』
誰から情報が漏れ伝わったかについては、敢えて問うまい。二人だけの秘密とやらは、ほんの数時間ですら守られなかったらしい。
今度から亜矢ちゃんと会話をする時は、細心の注意を払おう。少しばかり高い授業料になってしまったが、今更どうにもならない。
動揺を極力抑えてスッと立ち上がる。部長の目を真っ直ぐ見据え、苛立ちが顔にでぬよう心がけて尋ねた。
「どうして部長が、知っているんですかね」
「うわ! 否定しないのか」
「いや、否定はさせて下さい! まったく、とんでもないことです。とんでもない濡れ衣です!」
「何の話?」と尋ねてくる明日香ちゃんと、意味あり気に頬を緩める部長と、狐につままれたような顔でキョトンとしている未来さんと。向けられる視線と誤解を振り払い、私は食器棚に向かう。
「飲み物、何がいいですか?」
昨日は明日香ちゃんに任せっきりになっていたので、今日は自分から飲み物のサービスを申し出た。部長からはコーヒー。未来さんと明日香ちゃんからは紅茶のリクエストがあった。
食器棚から人数分のカップを準備していたその時、ガラっと音を奏でて部室の扉が開くと、今泉先輩が姿を現した。
「こんちは」
眠そうに、欠伸をしながら部室に入って来た先輩だったが、異変を即座に感じ取ったのか瞳を大きく見開いた。
「なに? この妙な空気?」
「いや──実はな──痛ッ」
嬉々として語ろうとした部長の
「なんでもありません。平常運転です」
(どうなってんですか部長さん! 当事者に言うのだけは勘弁してください!)
(えー。恋のキューピッド役を買ってでようと気遣ったんじゃないか)
(だから、誤解だって言ったでしょう!? その上で教えようとするなんて、天使どころか悪魔ですよ部長!)
小声で言い争う私らを他所に、「俺コーヒーな」と注文を告げ、先輩はいつもの席に着いた。
自分に対する噂話も何処吹く風。鈍感ですか。それとも朴念仁ですか。けれどこんな時ばかりは、その鈍感さも有りがたいですね。
「昨日は、ありがとうございました」
先輩の席にコーヒーカップを置いて、謝辞を述べた。
「いやいや、どうってことないよ。それよりも、パソコンどうだった?」
「良かったです。軽くて持ち運びし易いですし、キーボードが小さいかなと最初は思いましたけど、慣れれば問題なさそうです」
「そっか、それは良かった」
「ええ」
私なりの営業スマイルを浮かべた後、部長の席に移動する。
「はい、コーヒーです」ニヤついてる部長の席にコーヒーカップを乱暴に置くと、引きつった顔で彼は縮こまった。「あ、ありがとう」
未来さんと明日香ちゃんに紅茶を配ったのち、ふう、と溜め息混じりに自分の席に座る。文芸部の席配置は、一番奥のお誕生日席に部長。部長から見て右側に、未来さん、明日香ちゃん。左側に今泉先輩、私、の並びでなんとなく決まってた。
ノートパソコンの電源を入れると、Windows10の起動画面をぼんやりと眺めた。
先輩の周辺を嗅ぎ回っていたという事実が、部長以外に漏れてなかったのは、不幸中の幸いだろうか。まったく、佐藤
先ずは今、やれることを。真面目に執筆でもして気を紛らわしますかね。
こうして文芸部員としての活動が本格的に始まり数日後。月曜日を迎える。放課後になると今日も、明日香ちゃんと一緒に部室に向かう。
ここ数日悩みぬいた結果、私は恋愛小説を書こうと心に決め、執筆をスタートさせていた。ちなみに明日香ちゃんは、異世界ファンタジー物を書きたいらしい。
恋愛をした事はおろか想い人すら居ない私が恋愛小説とか、ははっウケる。……というか、全然集中出来ません。
部長の誤解は一先ず解けたものの、寿命一年の親子も見付からないし悩み事は未解決のままだ。ちらりと隣にいる元凶の一人を見やると、今泉先輩は順調に執筆を続けていた。その才能、ちょっとだけで良いので、この小娘に分け与えて下さい。
はあ、と溜め息をつきかけたその時、「文化祭の話だが!」と突然部長が声を張りあげた。不意打ちに身体が飛び跳ねる。
どうしていつも急にデカい声を出すんですかね。向かいの席で、明日香ちゃんがめっちゃ怯えてるじゃないですか。
「一年生は初めての文化祭なので分からないと思うが」
そんな前口上を述べた後、部長は声も高らかに話し始める。
「かい摘んで説明をすると──我が文芸部は、毎年、各自が手がけた『作品』を、部室で一般公開している」
「作品、ですか?」とこれは明日香ちゃん。
「うむ」と部長は頷いた。「基本的に小説若しくは詩や俳句だな。読みやすさを重視したいので、長編を書き上げる必要はない。むしろ少ない文字数で、分かり易く話を伝える短編がいいだろう。まあその辺りの判断は各々に任せる。それと──」
部長はここで一旦言葉を切ると、全部員の顔を見渡して宣言した。
「今年は、リレー小説を手がけてみたいと思っているんだ」
『リレー小説?』と全員の声が揃う。
「そうだ。陸上のリレー競技と同じだよ。複数の執筆者で、物語を繋いでいく小説のことだ。一つの物語を皆で共有していくことになるから、一人で書き上げる創作小説より、楽しい部分もあるぞ」
陶酔しきった顔で、部長はA4サイズの紙をテーブルの中央に置いた。全員の視線が、紙に書かれた文字に集中する。
紙の表面に印刷されていた文字は、こうだった。『佐藤太郎 → 夢乃明日香 → 生天目未来 → 加護咲夜 → 今泉京』
「なるほど、この順番で執筆を進めていく訳ね。初心者の夢乃さんが二番目で、小説が本業ではないものの、発案者である部長が最初ってのは、よく考えられてる」
未来さんが納得顔で頷くと、「そうなんですかぁ?」と明日香ちゃんが質問を挟んだ。
「そうよ。物語が進めば進むほど融通が利かなくなるし、全体に影響を与える最初というのも、それなりに難易度が高いからね」
「まあ、二番目が一番気楽かもしれないね」と今泉先輩も同意する。
「ま、待ってください……。その理屈だと、私が後ろから二番目ってのはオカシクないですか?」
たまらず私が不安な心情を吐露すると、「そうやって自分を卑下するものじゃない」となぜか部長が胸を張った。
「それに──」と部長が鼻先まで顔を寄せてくる。ちょっとやめてください、近いです。
「加護君が今執筆している小説を、冒頭部分だけ読ませてもらったが、なかなか悪くなかったぞ」
「……え? どういうことですか。私、部長に読んで貰ったことないですよね!? なんでそんな事まで知ってるんですか!」
「君は魔法使い。だって、僕はずっと君に恋しているんだから」
部長が口にしたのは、私の作品に出てくる臭い台詞。
「わああ……本当に見てる! 何時の間に見たんですか!?」
「後ろから盗み見た。それに、ちゃんと断ったさ。聞こえないように、潜めた声でだけど」
「今、『盗み見た』って言いましたよね? 『聞こえないように』って言いましたよね?」
思わず突っ伏してしまう。書きかけの恋愛小説を読まれるとか、どんな罰ゲームですか。穴があったら入りたかったけれど、穴がなかったので代わりに頭を抱えてシネと呟いた。
「それに」
「それに?」
またそのフリですか。
「未来君と加護君の順番を逆にすると、中盤までで物語が崩壊してしまう可能性があるからな。大丈夫、加護君のパスがどんなに酷くても、最後は今泉君が上手く纏めてくれるさ。それに、皆で一つの作品を書くことを『楽しい』と感じることが肝要だ。正直、クオリティなんぞ微妙でも構わんよ」
部長の言葉に私は憤慨した。「それ、全然フォローになってませんけど……」
腕を組み、話を聞いていた未来さんが、「でも」と難色を示した。
「折角そこまで手間を掛けるんだったら、なるべく多くの人に見てもらいたいよね。でも小説だとどうしても情報量が多くなるから、文化祭じゃ、掛かった手間の割りに読んで貰えないんじゃない?」
すると部長は、それも予想通りと言わんばかりに、「ふふん」とほくそ笑んだ。
「その対策もちゃんと練ってあるよ。リレー小説とはいいながらも、実際は絵本のような感じにしたいと思っている」
「そうか」と今泉先輩が得心したように手を叩く。「それならば、挿絵があるから読みやすいし、自然と人の目を集めるね。でも……」
と今度は首を捻った。
「肝心の絵は、誰が描くのさ?」
「そちらも抜かりは無いよ。このリレー小説を共同企画で仕上げないかと美術部に掛け合って、既にオーケーを貰ってある」
「準備は万端ですか」と未来さんが嘆息した。「そこまで話が進んでるんじゃ、『やる』以外の選択肢が無いじゃないですか」
彼女の言葉に、部長も「うむ」と満足げに頷いた。
流石にこの状況下で異議を唱える余地もなく、溜め息とも歓声ともつかぬ微妙な声と空気が、部室の中に混じりあって流れていった。
あ、また悩み事増えたじゃん。
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