Part.8『活動内容』

 文芸部。それは、美術部と並んで文化部の双璧とも言える存在だ。

 そのわりには外から活動が見えにくいこともあって、存在自体が認知されていなかったり、そもそも教師にすら存在を忘れられていたり、見学者の第一声が「何をしている部活なんですか?」だったり、挙句の果てには手芸部と間違われたり。その扱いは散々らしい。

 そう言えば、私たちも活動内容尋ねたね。


 諸々の逆風 (?)に晒されつつ文芸部の一員となった私と明日香ちゃんは、本日より早速部員としての活動に入ります。

 ……とは言ったものの。

 私達はまだ、自分らの目標も、活動方針も、決められていない段階だ。そこで生天目さんの提案により、さしあたって先輩諸氏の活動内容を見学させて貰うことになった。

 最初に見るべきなのは当然、佐藤部長なんだろうけど……部室に顔を出したとき既に彼は居なかった。


「真っ先に居なくなっちゃうなんて、部長としてどうなんですかねぇ?」


 明日香ちゃんが不満気に吐き捨てる。


「詩のアイディアをひねり出すには、部室にこもっているよりも、外に出た方が良いらしいのよ」


 半笑いで、生天目さんが部長を弁護した。なるほど、これはよくあることらしい。


「それを口実にして、サボったりしていなければいいんですが」


 私と今泉先輩の声が綺麗にハモった。二人、顔を見合わせて微妙な顔になる。

 間違いない。こりゃ常習犯だな……。


 続いて、小説組の生天目さんと今泉先輩。

 二人はノートパソコンと睨めっこをしながら、黙々とキーボードを叩いている。時々手が止まってしまうと、紅茶やコーヒーを淹れて休憩を挟む。気が紛れると、再び作業に戻る。

 どうやら、息抜きをするのに必要だからという理由で、食器棚や冷蔵庫まで完備されているらしい。かなり古くから存在している、文芸部の備品なのだそうだ。


「二人とも、パソコンは持っているの?」


 はす向かいに座っている生天目さんが、私と明日香ちゃんの顔を交互に見た。

「私は、ノートパソコンを一台持ってます」と答えたのは明日香ちゃん。「ありますけど、ちょっと古めのデスクトップ型しかないですね」とこちらは私。


「じゃあ、安いものでも構わないから、部活用にノートパソコンを一台買った方がいいかもね」

「やっぱり必要ですか」


 私がそう問いかけると、「そうね」と言いながら生天目さんが人差し指を立てる。


「小説っていうと、昔は原稿用紙に書くイメージが強かったかもしれないけれど、漢字を一々調べるのも面倒だし、原稿用紙じゃ修正するのも容易じゃないからね。安価な物でいいから、パソコンを持っている方が圧倒的に楽なのは確か。今どきは、スマホやワープロをもちいて文書を作ること自体が、むしろ当たり前のことだしね」

「確かにそうですね」


 それに、と今泉先輩が話にわりこんでくる。


「部活用にノートを一台と、メモリースティックを一つ持っておけば、自宅と部室のパソコンで、データの共有ややり取りも可能になるからね。作品管理がしやすいことこの上ない」

「んー、なるほど」


 ノートパソコン、か。

 これには目から鱗が落ちる思いだった。ただ単に私が、時代遅れなだけかもしれないが。

 暖かい紅茶を啜りながら、先輩二人の寿命にそっと目を向けてみる。どんな時でも、気にかけてしまう自分が疎ましい。生天目さんは『六十九』。今泉先輩は言わずもがなだが、くっきりとした色濃い数字の『一』は、安心できる材料と見ていいだろうか。

 目から鱗といえば、昨日の発見は僥倖ぎょうこうだった。もしくは、暗闇を明るく照らす光明のようなもの。

 今の今まで気づけなかったことを悔やんでしまうが、私の疎ましいこの能力で、初めて人を救える可能性を見出すことができた。

 部室内に響く打鍵音だけんおんにぼんやり耳を傾けていると、今泉先輩に肩を叩かれる。


「加護さん?」

「あ、ひゃい!」


 突然のことに驚き声が上ずった。


「なにか考え事? 呼んでも気づかないからさ」

「あ、いえ、なんでもないです。で、なんでしょう?」

「加護さんはさ、小説を書くつもりなんでしょ?」

「はい。一応は、そうですね」

「書いてみたいジャンルとかは? なんかある?」

「うーん……」


 ジャンルかあ、と真面目に考えてみるが、そもそも、どんなジャンルがあるのかさえ、よくわかっていない。意図せず自分の浅慮が浮き彫りになったようで、なんともバツが悪い。

 そこで、内心卑怯かな、と思いながらも、質問で返すことにした。


「正直、よくわかんないんですよ。そういう先輩は、どんな作品を書いてるんですか?」

「俺? そうだなあ……。これは、大衆文学、とでも言うべきものかな」

「大衆文学?」


 あまり聞いた事の無いジャンルだ。


「純文学と似ているようで、また少し違うのかな。実際二つの区分は、酷く曖昧なんだけど。大衆文学と一口で言っても、内容は実に様々。時代小説だったり、推理小説だったり、ユーモア性溢れる作品だったり。俺がいま書いているのは、この中で言えば推理小説かな」

「推理小説って、なんか難しそう」と、あっけらかんとした口調で明日香ちゃんが言う。

「実際、難産だよ。書いては消しての繰り返し」と自嘲気味に彼が肩を竦めた。

「そういう生天目さんは……ってうわあ、先輩の書く文章、凄い綺麗ですね! こんなの私に書けるかなあ」

 隣の画面をのぞき込んで、明日香ちゃんが目を丸くした。

「そんなの、心配しなくても大丈夫よ。文章なんて、誰だって最初は上手く書けない。でも、色々試行錯誤しながら書いていくうちに、気が付けば文章力が身についている。そんなもんよ」

「ははは、軽く言ってくれますねぇ……」明日香ちゃんの顔が、苦み走った。

「そうそう、私のことなら未来みきで良いよ。生天目って、なんか言い難いでしょ?」と彼女は笑いながら提案した。「で、私が書いている作品なんだけど、そうね、ライト文芸になるのかな」

「ライト文芸?」


 私と同様、よくわかってなさそうな顔で、明日香ちゃんが目を瞬かせる。


「ライト文芸と言っても、やっぱり色々あるんだけどね。いま私が手掛けているのは、部活動を巡るいざこざとか、恋模様を描いた青春小説ってところかな」

「ドロドロした恋愛系、ですかね」

「強ち、間違いでもないわね」

「高校入学後、初めてできた彼氏を自宅に招いたら、宅配業者の男をリビングの中に連れ込んでいた母親と遭遇するやつとか」

「青春要素はどこにいったのかしら?」


 明日香ちゃん。そういう作品が好みなの?


 そのあとは、先輩二人の執筆作業を見守っていた。冒頭部分だけではあるが、二人の作品も読ませてもらった。私は小説を書いた経験が殆ど無いのでその凄さを上手く表現できないけれど、生天目さんのは会話文多めのスッキリとした読み易い文体。対照的に今泉先輩の方は、重厚な地の文や、見事なまでの比喩表現を活かした、読み応えのある文体だった。

 書き手によって全く作風が違ってくるんだな、という当たり前すぎる感想を抱いた。

 小説を書くと一口でいっても書きたいものをただ書きなぐっていればいい、なんて簡単なものではなく、プロットという物を綿密に組んで書くのが一般的なんだそうだ。プロットというのは物語の筋、しくみ、言い換えれば設計図のようなもので、あらかじめそれを準備しておくことで、作品の完成度が飛躍的に向上するらしい。

 基本的な文章作法だけではない。勉強するべき点は非常に多かった。私に小説なんて、本当に書けるのか。前途多難だ。


 ただ眺めているだけなのに、あっと言う間に数時間が経過する。開いたカーテンの隙間から、入り込む風が涼しさを増したころ、ようやく部長が戻ってきた。

「なんだ、ハーレム状態だったのか」と部長は唇を噛んで悔しそうな顔をしたが、「いや、俺は別に」、と今泉先輩は釣れない態度を見せた。見た目通りの朴念仁ぶりですね。


 本日のところは、そのまま解散となった。最初に部長と未来さんが揃って退室し、続いて私と明日香ちゃんも部室を後にする。

 廊下に出て、談笑しながら歩いていく途中、用事を思い出して私は足を止める。うん。もしかしたら、今がチャンスかも。


「ごめん、ちょっと用事思い出した。明日香ちゃん、先に帰ってていいよ」

「え? あ、うん……」


 どこか寂し気な声をあげた彼女をその場に残し、ぐりんと私は踵を返した。そのまま部室に舞い戻ると、引き戸をガラっと開けた。

 帰り支度をしていた今泉先輩が、びっくりしたように顔をあげる。


「ん、どうしたの? 忘れ物?」


 部室の窓から強い西日が差していて、空間をオレンジ色に染めていた。直線状に伸びた光の粒子が、舞っている埃と反射して、幻想的な輝きを放っていた。


「はい。あ、いいえ」

「――ん、どっちなの?」


 薄っすらと笑んだ顔がこちらに向いて、こみあげてくる羞恥に無意識のうちに胸元のリボンを弄っていた。

 準備していたはずの台詞は、遥か彼方にふっとんだ。言葉を探すように視線を床に落とすと、長く伸びた先輩の影が、私の足元まで届いてた。


「あの……先輩」

「あ、うん」

「突然で申し訳ないんですが……」

「うん……」


 彼の顔も、ちょっとだけ緊張したものになる。


「今日、なんですけど、これから少しだけ時間ありますか?」

「え、大丈夫だけど」


 先輩の声にいざなわれて、私の次の言葉が導かれる。


「ノートパソコンなんですけど、できれば今日買いたいんですよ。選ぶの、手伝ってもらってもいいですかね?」

「は?」


 がっかりしたような、安堵したような、なんとも名状し難い表情を、先輩は浮かべた。

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