Part.5『文芸部』

 翌日の放課後から、私と明日香ちゃんは部活動見学を始めた。

 部活動選択の第一条件として、運動部は真っ先に除外である。明日香ちゃんははっきり言ってスポーツ万能なのだが、それでも入る気は更々ないのだという。私は運動音痴なので以下略。

 昨日貰った新入生用のパンフレットを眺めながら渡り廊下を進み、部室棟やら特殊教室を彷徨い歩く。


 ──美術部。


「これは、夏に行われる市のコンクールに出展するものです」と言いながら互いの人物模写を続ける美術部員を見ながら、「あんまり美化して描かないのね」と明日香ちゃんが毒を吐いた。

 これは拙い、と彼女の口を塞いで美術室を後にした。


 チューニング間違ってるんじゃ? と疑問に思うほどけたたましい騒音を奏で、「これは魂の叫びだ」と告げる軽音楽部員に眉をひそめ、怪しげな液体を沸騰させながら笑みを湛える化学部員に背筋を凍えさせ、撮影した花の名前が分からず図鑑と睨めっこを続ける写真部員に肩を竦め、書道部のパフォーマンスに私が「凄い」と息を呑むと、明日香ちゃんはぼそっと呟いた。「なんか、汚い」


「変な部活ばっかり」


 明日香ちゃんがこめかみ付近に指を当て、唸り声を上げる。


「声、大きいよ」


 一通り回ったものの、入りたい部活を絞り込めなかった私達は、結局、スタート地点である美術室の前に戻ってきていた。目指しているのは美術室の更に奥、二階廊下の突き当たりに扉を構える文芸部の部室。勧誘されたからとほいほい見学しにいくのもなんだか癪だが、覗いてみるだけならいいだろう。うん。

 部室の中から、物音ひとつ聞こえてこないことに一抹の不安を覚えつつ、控えめに扉をノックする。直ぐに「どうぞ」と応対があり、ひと呼吸置いてから静かに扉を開けた。


 部屋の奥、カーテンが備えられた窓から、控えめに日光が射し込んでいる。右手の壁際に食器棚。傍らに、小さめの冷蔵庫が置かれている。左手の壁際にあるのは、複数のファイルや冊子が納められた書棚。中央に木製のテーブルが鎮座し、男女三人の部員が座っていた。

 良かった、どうやらここは普通の部活っぽい。


「おっ、見学に来てくれた一年生だな! 妹の亜矢あやから話は聞いていたよ。ようこそ我が文芸部へ!」


 こんにちは、と声を掛けるよりも早く、髪の毛を短く刈り揃え、眼鏡をかけた長身の男子生徒が仰々しい身振り手振りを交えて立ち上がる。まわりを気遣う様子もない大きな声と仕草に、反射的に踵が浮き上がる。


「僕は三年の佐藤太郎さとうたろうだ。文芸部の部長をしている。そうだな──まずは椅子にでも座って、ゆっくりしてくれたまえ」


 彼は簡潔に自己紹介を済ませると、手近にあった椅子を二つ引いて、私達に座るよう促した。好奇心旺盛な瞳。耳を塞ぎたくなる大声。そうか、あの子は妹だったのか、と腹落ちしながら「ありがとうございます」と席についた。

 明日香ちゃんは部長に目を向け「うふふっ」と微笑んだのち、そっと私に耳打ちをする。


「なんだか、可哀そうな名前」

「やめなさい」


 友人を戒めながら、昨日のやり取りを思い出した。なる程──名前、面白くする必要性ありましたね。

 そんな一年生二人の失礼な会話を他所に、部長は「ふむ」と呟き私の隣にいた女子生徒に声を掛けた。


生天目なばため君、一年生の二人にお茶をサービスしてあげて」


 生天目と呼ばれた女子生徒が、たおやかな動作で立ち上がる。亜麻色の長い髪と切れ長の瞳が印象的な、なかなかの美人だ。制服の胸元で揺れるのは青色のリボン。この学校は学年によりリボンの色が違うので、二年生だと分かる。


「紅茶と緑茶、どちらが好みかしら?」と彼女がこちらを向いて尋ねてくる。『紅茶でお願いします』と私達の声が揃った。


 食器棚からカップとティーパックを出して、お湯を注いでいく彼女。文芸部と無関係そうな物まで色々揃っているんだな、と見渡しながら思う。食器棚には多種多様なカップが並び、インスタントのコーヒーや紅茶のパック。電気ケトルまで揃っているようだ。

 紅茶が配膳されたのを確かめたのち、部長が再び口を開いた。


「それでは先ず、お互いに自己紹介をしていこうか」と言って、先ほど紅茶を淹れてくれた女子生徒に手を向ける。「彼女は二年生の生天目未来なばためみき君。うちの副部長であり紅一点でもある……とは言ったものの、見て分かるとおり部員は三人しかいないんだけどね」

 自虐的な口調で言い、部長は涙目になった。一方紹介された生天目さんは、「よろしく」と控えめに頭を下げる。

 仕草のひとつひとつが、可憐な女性だ。


「彼女の向かい側にいるのが、同じく二年生の今泉京いまいずみきょう君だ。彼は小説専門で執筆を行っている、文芸部で一番の実力者。普段は物静かな男だが、慣れればなかなかどうして良く喋る」


 襟足が少し外跳ねした、癖毛の男子生徒だ。彼は手元のノートパソコンから僅かに視線を外すと、伏し目がちに会釈した。これで挨拶は済んだとでもいうように、無言のまま画面に視線を戻した。

 パソコンのディスプレイに遮られて顔はよく見えないが、なんだか暗そうな人だな、と自分を棚に上げて思う。

 私達も口々に自己紹介を済ませると、「ところで夢乃君」と部長が真面目な顔になる。


「今日の僕たちの出会いは、運命的なものだと思わないか?」

「思いません」


 一刀両断された。

 およよと泣き崩れる部長を、生天目さんが慰めている。

 まあ、部長の気持ちもよくわかる。明日香ちゃんの雰囲気はすごく都会的で、洗練されているのだから。

 瞳は綺麗な二重瞼で目鼻立ちも整っているし、声はトーンが高くて艶っぽいし、身体の線は細いけれども、出るべきところはしっかり出ている。まさしく美少女、という形容詞が相応しい存在なのだ。彼女に纏わる浮いた話が全然聞こえてこないのが、むしろ不思議な程だ。

 おほん……とひとつ咳払いをすると、気を取り直したように部長が続ける。


「加護君に夢乃君ね、なかなか良い名前だ」


 社交辞令ってやつだな、と考えてから、相変わらず卑屈な自分に苦笑い。すぐに自分を卑下するのも、私の悪い癖みたいなもの。


「それから一年生の諸君に、大事なことを伝えておこう」

 なにやらかしこまった口調で部長が言った。なんだろう、と聞く体勢になる。

「このように我が部は、現在三名の部員で活動を行っている。だが、実のところ一つ問題を抱えていて、このままだとサークルに格下げになってしまうんだ」

「はあ」という意思をこめて頷く。もとい、声に出てた。

「部活動として認められるには、最低でも五人の部員が必要だからね」

「はい」


 それは大変ですね、と喉元まで出かかった後半部分は、言わずに飲み干した。流石にそれは冷たすぎると自分でも思う。


「だから、君達が入部してくれるととても嬉しい!」


 眼鏡の奥で、部長の瞳が鋭く光る。


「とても嬉しい!」


 余程大事なことなんだろう。二度言った。


「はあ、それは大変ですねえ」


 気遣って私が飲み干した台詞を、明日香ちゃんが軽い口調で代弁した。部長がおよよと泣き崩れる。空気読めない相方で、なんかすいませんね。


「サークルに格下げになると、活動費が目に見えて減らされちゃうのよ」


 生天目さんが、複雑な顔でそう補足した。なるほど、だから亜矢ちゃんは、私達に声掛けをしてきたのか。

 眼鏡の真ん中をくいと指で持ち上げ、気を取り直すように部長が言った。


「とはいえ、二つ返事で決められる事じゃないのも確か。先ずは体験入部から、と言いたいところだが。……そうだなあ、何か質問したいことはあるかい?」


 質問かあ、と悩んでるうちに、「はい!」と明日香ちゃんが、元気一杯な挙手をした。


「文芸部の、普段の活動内容を教えて下さい!」


 それには私も同感だ。文芸部なのだから、漠然とした予測はそりゃあできるものの、詳細を聞いておくに越したことは無い。


「活動内容か……」

「そこで部長が言葉に詰まったら、新入生に対する心証が悪くなるでしょう」


 腕組みをし考えこんだ部長に、生天目さんが苦笑いで助け舟をだす。


「そうね……。ざっくり言うと、各々自由に目標を掲げて活動しているのかな。例えば部長は、詩や俳句専門。私と京君は、基本的に小説を書いているわね」

「まあ、そんなところだ」と部長が話に乗っかった。「必ずこれを書いてくれなければ困る、という課題は特にない。君達が創作したいものを、手がければ良い。無論、論文や学校新聞などでも構わない」

「……いや、それは流石に、新聞部の仕事ですよ」


 今泉先輩が口を挟むと、「そうだったか」と部長は舌を出した。

 それもそうだな、と納得して彼の方に顔を向けた時、今泉先輩と私の視線が絡み合う。次の瞬間、二人の口が「あ」の形で固まった。


「あなたは」「君は!」


 二人同時に声が漏れた。さて、偶然とは恐ろしいものだ。まさか昨日の寿命一年の人物と、こんな場所で再会するなんて。どうやって捜そうかと悩んでいた手間が省けましたよ。

 あなたずっと顔を伏せてるし殆ど喋らないし、ついでに言うと、私も寿命に目を向けないよう意識してたから、まったく気が付きませんでした。


「昨日の変な女の子!」

「昨日の──」


 寿命一年の人、という台詞は、すんでの所で飲み込んだ。いやそれよりも、なんか失礼しちゃうなこの人!


「変な女の子って、どういうことですか?」

「いやだって、変な女の子でしょ。学校の屋上まで駆け上がってきて、いきなり『死んじゃいけません!』って叫ぶんだもの」

「だって、あれは……」


 しょうがないでしょう、もおかしいし、うーん、何て言えばいいんだろう。


「あら、二人は随分と仲がいいのね? それはそうと、京、あなた死のうとしていたの?」

 何処か冷めた口調で、生天目さんが形の良い眉をひそめた。

「そんな訳ないでしょ……全部誤解。別に彼女と、仲良い訳じゃないから」


 彼の弁解にも、やはり納得できてない顔で、彼女は「ふーん」と呟いた。

 その間も部長は、「ふむ」と言いながらしきりに顎を擦っていた。


「まったく、今泉君も隅に置けない男だな。入学式早々、一年生の女子をひっかけるとは」

「人聞きの悪いことを言わないでください! というか、俺の話聞いてました!?」

「うわ、怖い。冗談だから真に受けないで」


 今泉先輩の剣幕に、部長が背中を丸めて縮こまった。

 ここで、それまで傍観していた明日香ちゃんも口を挟んでくる。


「咲夜……。あなた何時の間に、先輩と知り合ってたの?」


 気のせいだろうか。声のトーンが何時もより低い。疑うような眼差しも、なんだか怖い。明日香ちゃんは、今泉先輩のような男子がタイプなんだろうか?


「昨日の、入学式が始まる前、かな」

「え、そうなの? トイレに行ってたんじゃなかったの?」

 あ、しまった。そう言えば、そういう話になってたんですね。

「えーと。……トイレの場所が分からなかったから、たまたま見かけた先輩に場所を尋ねた、といいますか?」

 自分のことなのに、疑問形になってしまう。

「屋上で?」

「う……」

 なんか怪しい、と明日香ちゃんの細い眉がつり上がった。

「いくらトイレが我慢できないからといって、屋上でお花摘みとは感心せんな」

 訳知り顔で、部長が口を挟んでくる。

「セクハラですよ!? 部長も変な形で便乗しないでください、話がややこしくなります」


 私がじっと目を向けると、部長は「冗談だよ」と言って肩を竦めた。

 理由は分からないが、生天目さんも明日香ちゃんも若干機嫌が悪そうだし、部室の中に微妙な空気が漂い始める。

 一方で今泉先輩は、素知らぬ顔で自分の作業に戻っていた。……案外この人、大物かもしれないですね。図太い性格からも外見からも、一年以内に死ぬ人物とは到底思えません。


 でも、と私は彼の寿命に目を向ける。脳裏に浮かんだ、忌々しい過去の記憶を追い払いながら。

 なんとも数奇な巡り合わせだけれども、これは神様が与えてくれたチャンスなのかもしれない。

 彼の運命、本当に変えられるだろうか、という不安は勿論ある。それでも、先ずは今、やれることを。

 私は決心を固めると、勢いよく立ち上がって宣言した。


「と、とにかく! 私、決めました。入ります……文芸部」

 変わらなくちゃ。自分の意思で。

「ええ!? この話の流れでその結論になるの?」


 とたん、妙に全員の声が揃った。

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