Part.3『私の能力』

 三寒四温さんかんしおんの春の訪れ。

「新入生、入場!」の声と共に歩きだした、ホールに向かう廊下の窓の外。ピンク色のつぼみをつけ始めたソメイヨシノの木が見えた。

 私は、春があまり好きではない。

 それまで築き上げてきた関係がいったんリセットされて、また新たに構築し直さなければならない季節。それが、春なのだから。

 他人の寿命が見えてしまう私の能力。

 これが、私が人間関係をうまく構築できない理由の最たるものだった。

 融通の利かない、この不便な能力について簡単な説明をするとしたら、こんな感じになるだろうか。


※わかるのは、年数という曖昧な数値のみ。何ヶ月、何分、といった詳細な情報はわからない。

 寿命の残りが三百六十五日前後 (ここが曲者)となった瞬間に『一』表示となり、以後寿命の更新が止まる。

※寿命が更新 (減る)されるタイミングには、一ヵ月程度 (未検証)の誤差がある。

 仮に寿命が更新されるタイミングに遭遇できたとしても、死期がその日付であるとは限らないのだ。

※死因にまつわる情報はいっさいわからない。

 そのため、今朝のように、寿命が一年になっている人物と遭遇しても、これといってできることがない。

 死ぬのは明日かもしれないし、明後日かもしれないし、極端な話、三百六十四日後、なんてことすらありうるのだから。


 それが、便利そうでいてちっとも使えない、私の能力の本質だった。

 いつ頃から他人の寿命が見えていたのか。今となっては記憶が定かではないが、それが人とは違うことなんだ、と認識したのは、小学校低学年の頃だったろうか。

 この能力のせいで、私にはひとつ良くない癖がある。

 視界に数字が見えると、無意識のうちに確認してしまうのだ。この習慣だけは、なかなかぬぐえるものではなかった。

 今となってはにわかには信じがたいのだが、中学一年の頃まで、私は比較的男子にモテていた。

 容姿がどうこうというよりは、初対面の相手に誰彼構わず視線を向けてしまうのが、おそらく一番の理由だ。その中で、視線を向ける回数が多い男子が、私が好意を持っていると勘違いをしてしまうのだ。結果、何人かから告白を受けることになった。

 もちろん、私は好意を持ってはいないので、相手を傷つけることがないよう、慎重に言葉を選んでお断りした。

 相手からしてみれば、それはさぞ意外な反応だったのだろう。どうして、と首をかしげられることが多かった。そのたび私は答えに窮した。

 言えるはずなどない。


「あなたの寿命が思いの外少ないのが気になって、時々見ていました」


 なんてね。そう、そんな感じの男子がだいたい相手だった。

 この悪癖のせいで、好意を向けられることがあった一方で、敵意を向けられることも少なくなかった。

 見境がなく視線を飛ばすので、相手に警戒心を植え付ける。(目が寿命にいくので)話をしているときは目を合わせなさい、と大人に注意をされる。あの子、キョロキョロしてばかりで落ち着きがないよね、とクラスメイトに揶揄される。等々。

「お前、なんでガンを飛ばしているんだよ」と因縁をつけられたこともあった。悪意があったわけではないので、私の視点から見ると完全にあてこすりなのだが。

 これは、私が中学一年の秋の話だ。

 当時私は、吹奏楽部に所属していた。音楽はそこまで好きじゃなかったが、仲の良い友人が所属していたのと、人の輪に入っていくのを苦手としていた私に、母が勧めてくれたから、が理由だった。

 ブレスコントロールがあまりうまくなかったので、入部当初から苦労することに。吹奏楽の楽器には難易度があると言われるが、個人によって向き不向きがある。自分に合っている楽器を選び、練習を繰り返すことで次第に対応していく。部員らの寿命が気になりつつも、譜面と指揮にだけ集中するようにして頑張っていた。

 だが私は、自分が思う以上に辺りに視線を飛ばしていたらしい。努力が実を結び始めた頃、部内で悪い噂を立てられ始める。


「あの加護とかいう一年生。いっつも私をにらんでいるんだよね」


 そのような因縁を先輩からつけられて、嫌がらせを受けるようになった。部活中に私物を隠されたり、トイレに呼び出されて突き飛ばされたり、これ見よがしに陰口を叩かれたりと、その手口は多岐にわたった。

 悩んだが、学校には一応相談した。しかし、そのことが先輩らの耳に入ると、状況はさらに悪化。

 結局私は、二年の夏に吹奏楽部を退部してしまう。

 友だちを作らなくなった。人と接することを、避けるようになった。段々、消極的になっていく私を心配し、両親が医者に診せた。視力、聴力、脳神経、心理カウンセリング。あらゆる方面から、幻覚が見える原因を探っていった。

 そう――私が他人の寿命が見えていることを、幻覚や妄想の類ではないかと、両親ですら疑っていたのだ。

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