第10話 譲れない想い

今回のプロジェクトは大成功を収めた。


収益も利益も予想を上回る結果で、プロジェクトメンバーは大いに評価された。


俺自身、途中色々あったりしたので、仕事的にも人間的にも大きく成長できたと実感している。


プロジェクトメンバーにも最初キツイことを言ってしまっていたが、最後の方は自ら考え行動していたことが多く見受けられたので、俺の見立ては正しくて、みんなきちんと仕事をして成長してくれている。


今日は最終報告を会社にした後、本プロジェクトは解散となる。


しかし、朝から俺はそれどころではなかった。


プロジェクトの成功とみんなの成長は非常に喜ばしいことだが、今日こそ来てほしくない日はない。


もしかしたら、朝山本とコーヒーを飲みながら他愛もない話をしているが、今日が最後になってしまうかもしれない。


今日はプロジェクトが終了する日、即ち高岡が山本に告白する日だ。


明日からは、山本は高岡と付き合っているかもしれない。


そう思っただけで気分は最悪で、2人で一緒に仕事をやる自信がない。


何とか阻止できないか、色々策を考えているが全く良案が浮かんでこない。


俺は一人頭を悩ませていると、続々とみんな出勤してくる。


高岡もとうとう出勤してきて、荷物を自席に置くと早々に山本の傍へ寄っていく。


俺は思わず聞き耳を立てていた。


やはり2人は今日駅前のイタリアンに行くようだ。


山本の嬉しそうな顔を見ているとこの上なく悲しくなり、イライラもした。


無意識のうちに2人を凝視していたようで、不意に山本と目が合う。


俺は慌てて目を逸らしたものの、山本への想いは諦めきれず何とかしなくてはとばかり考えていた。


午前中は関係部署とプロジェクトの結果共有で終わり、午後からは社長報告の会議がありあっという間に一日が終わってしまった。


相変わらずどうしたものかと考えるの、どんどん終業時間が迫ってきて俺は焦り始めた。


高岡も山本もソワソワして、しょっちゅう時計を見ている。


終業を告げるチャイムが鳴ると同時に2人は急いで帰宅の準備を始める。


あぁ、もう終わった。


明日からは山本は高岡のものになっているのか、と2人が急いでフロアを出ていくのをぼんやりと眺めていた。


その時、山本が振り返り目が合った。


目が合った瞬間、今までの朝山本と過ごした時間や関係がおかしくなっていた時期、美味しそうにご飯を食べている顔など、一気に頭の中を駆け巡った。


そして、やはり諦めることができないと思った。


どうすれば良いのか全く解決策は浮かんでいなかったが、今すぐ2人の後を追いかけないといけないと思った。


直ぐに帰宅の準備をし始めるも、2人が出て行って15分は経ってしまっていた。


心の中で、まだ告白をしていないことを祈りながら、ダッシュで企画部を後にした。


後で聞いた話だが、この時の俺は凄い形相で準備をして出て行ったので、みんな何事かとびっくりして注目していたらしい。


俺は必死すぎて、そんな周りの状況にも気付かず、夢中で2人あいるはずのお店へ向かった。


お店に着くと、入り口で「お約束でしょうか」と声をかけられるも一刻も早く二人を見つけないといけないと思い、その人を振り切って中へ入り2人を探す。


必死で探すと、俺が探していた愛しい人が視界に入ってくる。


2人は楽しそうに談笑しているが、俺にはそんなことどうでもよかった。


どうすべきなのか全く考えはなかったが、急いで二人の元へ近づく。


俺に気付いた2人は驚いた顔をして、立ち上がっている。


俺は二人の前に立つと


「山本、お前のファスナー全開事件を会社のみんなにばらされたくなかったら、今すぐ俺に着いてこい。」と言って山本の手を引っ張った。


あまりの興奮状態に口からとんでもない言葉が出てくる。


ただ、これを言ったこと山本を引き寄せたことは全く後悔していなかったので、更に続けた。


「ファスナー全開事件を会社に言いふらすし、その日の下着の色も俺は覚えている。ばらされたくなかったら早くこっちにこい。」と強引に山本を胸に引き寄せた。


山本の体温を肌に感じ、一気に幸せな気分になり、絶対に高岡には渡さないと決めた。


抱かれたままの山本は最初は抵抗していたが、俺が放す気がないと分かると観念したのか、高岡に向かって

「最初から二人で食事するべきだと思っていたから、私は課長に着いていくね。」と言って俺に体を預けてきた。


俺はそれを連れて行っても良いというサインと解釈して、山本を抱きかかえたまま店を後にした。


ここで逃げられてはいけないと思い、強引に山本を車の助手席に押し込めて車を走らせた。


山本はすぐさま「課長、ファスナー全開女だっていつ気付いたんですか。下着の色なんか見えてなかったですよね。適当なこと言わないでください。今日は順の勝負の日だったのに。」と抗議しているが、今はそんなことどうでも良かった。


というか、今俺がしたことについて自分自身が一番驚いていた。


まさか自分がここまでやるとは思ってなくて、脳みそは興奮状態で冷静に物事を考えられる状況ではなかったので、しばらく黙ってクールダウンしようと思い、山本の問いかけには答えなかった。


向かっていたのは、以前山本が行きたいと言っていた夜景の綺麗な公園だった。


駐車場に入ると空いている場所を見つけ、直ぐ車を止めた。


もうここまできたら、止められなかった。


山本をまっすぐ見つめると


「今日は高岡に告白される日だったのに、俺に邪魔されて残念か?ただ、俺はどうしてもお前を諦めることが出来なかった。無理やり連れてきたのは悪いが、黙って高岡と付き合うの見ることはできなかった。」


と自分の気持ちを全てぶつけていた。


すると山本は目を大きく見開いて、驚いたような顔をしている。


「えっ、高岡が私に告白するんですか?課長なんのことを言ってるんですか。順は何か私に黙っていることがあるんですか?」


こいつは気付いていて、こんなこと言ってんのかよ、と若干イラついた。


「高岡と食事をしようとしていただろ。高岡は以前からお前が好きで今日告白するって周りに言っていたから、お前に告白する予定だったんだよ。」


それを聞いた山本は笑い始めた。


こんな時に笑うなんて俺を馬鹿にしているのかと思い、さらにイライラしたので山本を睨みつけた。


「違いますよ、高岡は同期の美幸に告白する予定だったんですよ。私はそれを手伝っただけです。」と山本が想定外のことを言い始めた。


レストランから拉致してきたときから、頭に血が上りアドレナリンが放出されていた俺の頭は一気に冷めた。


そして冷静さを取り戻すと「えっ、そうだったのか。俺が勘違いしていたってことか。」と一気に恥ずかしくなった。


さっきのレストランでの出来事から、今この瞬間のことが走馬灯のように頭を駆け巡った。


まさかの俺の行動に自分で何をやっているんだと恥ずかしくなって、頭を抱え込むしかなかった。


頭の上から、怒ったような山本の声が降ってくる。


「課長こそ香さんと付き合っているんですよね。からかわないで下さい。」


えっ、何言ってんだこいつと思い顔を上げると、今度は山本が凄い形相で俺を睨んでいる。


その表情と勘違いしている内容に俺も可笑しくなって笑いが出てくる。


「俺が香と付き合ってるってことになってるのか?!」


「俺と香が付き合ってるって俺の兄貴が聞いたら、俺は絞め殺されそうだな。」と笑いすぎて出てきた涙を拭きながら目の前にいる愛しい人を見つめた。


「えっと、どういうことですか?」山本は状況が分かっていないようなので、説明してあげた。


「香は俺の兄貴と付き合ってて、来年結婚するんだよ。俺は海外から帰ってきたばかりだから兄貴の家に居候させてもらってて、先月家を出たんだよ。香が兄貴に会いに行くときは、時々会社から一緒に帰ったり、飲んだ後は迎えに来てもらってたんだよ。まさか誤解されてるとは夢にも思わなかった。」

「おまけに香とは昔から知ってる仲だし、兄貴のことが大好きすぎたから付き合うことは天地がひっくり返ってもない。」


さっきから触りたいと思っていた頭を優しく撫でた。


自分が勘違いしていたことを理解した山本は安心した表情に変わり


「昔から仲が良かったから、下の名前で呼び合っていたんですね。おまけにお兄様と結婚するなんて。会社のみんなも課長と香さんが付き合っていると思っていますよ。」


お互い誤解も解けたことだし、今目の前にいる愛しい人を逃したら一生後悔すると思ったので


「お前は俺が香と付き合っていると勘違いしていたし、俺は高岡とお前が付き合ってしまうかと思っていた。状況から勝手に想像するんじゃなくて、最初からきちんと話をすればよかったな。」


と言うと意を決して、山本の目をしっかり見つめながら、どうか断らないでくれという希望も込めて想いを伝えていた。


「お互い誤解も解けたことだし、お前が好きだから、俺と付き合ってくれ。」


不覚にも泣きそうになってしまった。


ただ、先に泣いたのは俺ではなかった。


山本は笑っているが、その目には涙が溢れてきている。


そっと山本が俺の背中に手を回し、耳元で


「私もずっと好きでした。」


と言ってぎゅっと俺を抱きしめた。


期待していた回答がもらえ、俺はどうにかなってしまいそうだった。


俺はそっと離れ目の前にいる愛しい人を見つめ合る。


何回その唇にキスしたいと思ったことか。


今それが実現できると思うと胸が震えた。


そっと口づけをすると、それが合図だったかのように、2人は溶けてなくなってしまうかのように夢中で二人はキスをした。


幸せな瞬間だった。


時々笑い合い、また口づけを交わす。


幸せなひと時を過ごした。


その日はそのまま俺の家に連れて行き、山本が悦ぶ姿を幸せを噛み締めながら一夜を過ごした。


最後は力尽きて二人でそのまま深い眠りついた。

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