第9話 コントロールできない感情
朝目が覚めたとき一番に頭に浮かんだのは、山本にどんな顔をして会えばいいのだろう。
冷静な頭で昨日のことを思い返してみると、あまりに幼稚な自分の振る舞いに恥ずかしさと後悔が押し寄せてくる。
その気持ちの収集がつかなくなり、とりあえず枕に顔を押し付けて「会社に行きたくねー」と叫んでみるものの、ますます惨めになってくるので顔を上げた。
今日はさすがに朝山本と2人になる勇気は出なかったので、ゆっくりと準備をした。
もうあと少しで兄貴の家を出る予定だったので、3日人で朝ご飯を食べるのことはあと何回あるのかなとぼんやりご飯を食べていると、香が
「今日は珍しく出勤時間が遅いのね。昨日はほんとにごめんね。」と謝ってくる。
「香は何も悪くない。全て俺が悪かったんだ。謝るのはこっちだ。すまんな。」
香には素直に謝れたので、この調子で山本に会って謝ろうと心に決めた。
出勤時間がいつもより遅かったので、会社には香と一緒に行った。
会社が見えてくると香がおもむろに俺に笑いかけてこう言った。
「山本さんに素直に接した方がいいわよ。負け試合かもしれないけど、最後まで自分が納得できるようにしないと。」
香には全てばれていたようだ。
昨日の寛太の言葉と今の香の言葉に勇気づけられ、笑いながら香に
「そんなこと言われなくても分かっている。」と言った。
ふと顔をあげると、屋上に人がいたような気がした。
だけど、誰がいたのか分からなかった。
企画部へ向かう途中、山本と顔を合わせた時のシミュレーションを何回も頭の中でしたので意を決して、企画部へ入って行く。
山本の席をそっと見るも、出勤している様子はあるものの山本の姿は席にない。
ホッとしている自分がいるが、今度いつ現れるのかどきどきしている自分もいた。
そわそわしながらメールを確認していると、山本の声がフロアに響く。
俺は顔を上げることができなった。
想像以上に自分の心臓が暴れていることに驚いた。
また、次の機会に声をかければ良いと思っているうちに一日があっという間に過ぎてしまった。
山本はミスを挽回するかのように、一生懸命自分の出来ることを探して頑張っている。
言い訳もせず、一心不乱に頑張る姿に心を打たれた。
それなのに俺は山本を避け、そわそわしながら仕事をしていた。
そんな自分が恥ずかしく、余計山本に声をかけることができなかった。
そんな状態であっという間に数週間が過ぎた。
山本から逃げ回っている間に俺は引っ越しをして、兄貴の家を出ていた。
家を出るとき香から、聞きたくもない情報をお土産でくれた。
「高岡くん、今回のプロジェクトが終わった日に山本さんに告白するみたいよ。みんな噂してるわ。祐樹、いい加減逃げてなで謝りなさいよ。高岡くんにとられちゃうわよ。」
これを聞いた時、俺は焦った。
プロジェクト終了まであと少しとなっているのに、今まだに俺は山本と必要最低限の接触しかしていないということに。
謝ろう、謝ろうと思うほど、どんどん山本とは近づきにくくなっていた。
山本は相変わらず朝早く来ているようだったから、俺が朝早く行けばチャンスはあったのに中々勇気がでなかった。
ある夜、企画部に戻ると部屋が騒がしかった。
俺はメンバー同士の雑談はコミュニケーションを図るためには良いツールだから、どんどんやってくれと日頃からみんなに言っていた。
その日もなんか盛り上がっているなと思いながら、気にも留めず仕事をしていた。
すると山本が楽しそうな声で駅前に良いお店はないかと、企画部のメンバーに聞いている。
思わず俺はその話に聞き耳をたてていた。
企画部のメンバーが山本と高岡は相思相愛だと言いながら、駅前のイタリアンを紹介している。
山本は関係を否定しているが、高岡は特に何も言っていない。
あんまりにも楽し気に話をしている山本にイライラが募り、理性をコントロールできなかったことを反省していたはずなのに、これ以上話を聞きたくなくて
「お前たち余計な話をする時間があれば、家に帰るか仕事するかのどちらかにしろ。ここは会社だということを忘れるな。」と言ってしまった。
はっと我に返ると、みんがこちらを驚いた顔で見ている。
もちろん、山本もこっちを驚いた顔で見ている。
久々に目が合った気がした。
突然恥ずかしさがこみあげてきて、逃げるように企画部から出て休憩室へ向かった。
俺はこの状況を一人では解決できる自信がなく、香に電話していた。
心配した香がきて、「何かあった?」と声をかけてくれる。
「またやってしまった。俺はほんとにダメだ。山本にまた感情でものを言ってしまった。」
「今までの祐樹を思うと、ほんとにあり得ないわね。自分をコントロールできていないのなんて初めて見た。それだけ好きなのね。」
「俺も自分がコントロールできないのに恐怖を感じてる。だけど山本は諦めれない。どうしたらいい?」
「だから前から言ってるでしょ。いつまでもかっこつけてないで、素直になりなさいって。今から謝りにいくわよ。今日絶対謝って。そうじゃなかったら、もう祐樹にチャンスはないと思う。」
と言うと俺の背中を押して企画部へ戻った。
企画部へ戻るとすぐに山本が寄ってくる。
数週間もまともにしゃべっていないので、何事かと身構える。
「課長お疲れのようですが、何か手伝えることはありますでしょうか。」と話しかけてきた。
まさか俺が心配されるとは。みんなそんな目で俺を見ているのかと、怒りにも似た感情が溢れてきて
「お前に心配されるとはな。心配するな、特に手伝えることはない。」と考えるのも嫌で、思うままに言い放っていた。
だが、山本は引くことなくしつこく続ける。
「お疲れのはずです。さっきはいつもの雑談レベルの話で怒るようなことではないと思います。課長がつかれているからイライラしてるんだと思います。とにかく手伝わせて下さい。」
ともっともなことを言ってくる。
もう俺は自分をコントロールすることを放棄して
「ないと言っているだろ。無駄な時間は使いたくない。今すぐ席に戻れ。」と大きな声で唯を怒鳴りつけた。
山本は驚いて「すみませんでした。」と言って急いで席に戻っていく。
周りからは課長がお疲れなんだから、刺激するようなこと言っちゃ駄目よと怒られている。
そんな山本をぼーっと見ながら、もう疲れた、山本を好きでいるのは辞めよう。
これ以上惨めになりたくない。とこれ以上考えるのは辞めて仕事を始めた。
時間が経ったころ、山本が席を立ち給湯室へ向かう姿が見える。
ふと寛太の言葉やさっきの香の言葉が浮かんできた。
さっき一度気持ちをふっきると、どうでもよくなり2人の言葉を信じてみようと、山本の後を追って給湯室へ入って行った。
給湯室へ入ると何週間も謝りたいと思っている人物が目の前にいる。
「コーヒーを淹れるなら、俺のも淹れてくれ。」と声をかけると、山本は驚いて固まっている。
そんな山本を見つめながら
「さっきは悪かった。あんなことを言うつもりはなかった。やっぱり俺も疲れているようだ。明日の打ち合わせに同行してくれ。お詫びにお昼も一緒に食べよう。」
と、何回も頭の中でシミュレーションしていた言葉が出てきた。
言うだけ言ったら満足して、山本の返事を聞かずに給湯室から出た。
返事を聞くのが怖かった。
しばらくすると山本が俺のマグカップにコーヒーを淹れて持ってきた。
「明日はよろしくお願いします。」という言葉を添えて。
俺はその言葉を聞くと嬉しくなったが、ここで大喜びをするわけにもいかず照れ隠しで「あぁ」とだけ返事をした。
今日は胸にひっかかっていたものが取れたようで、久々にスッキリとした気分で仕事を終えることが出来た。
勇気を出して話しかけてくれた山本には感謝しかない。
そんな山本を怒鳴るなんて、俺は最低だな。
山本が提案を受け入れてくれた以上、これ以上山本を傷つけるようなことは辞めよう。
そして今回のことで自分の気持ちに素直に従って行動する方が、上手くいくと分かったので意地を張らず、自分の気持ちに正直にいようと決めた。
家に着くと、寛太と香にメールを入れておいた、
2人には心配かけたし、アドバイス通りにしたら仲直りできそうだと連絡した。
寛太からは「りょ。明日、うちの店にお昼連れといで。御馳走したる。」と短い返事が返ってきた。
久ぶりに山本と同行する日の朝を迎えた。
まだ、朝二人きりになる勇気はなかったのでみんなが出勤する時間に合わせて出勤する。
山本は既に出社しており、ちらっと見ると機嫌が良さそうだ。
俺は早く時間が進まないかと時計とにらめっこしながら、出発の時間を待っていた。
ようやく11時頃になったので、山本に声をかける。
「山本、行くから準備しろ。」と声をかけると、山本は凄い勢いで立ち上がる。
あまりに勢いがよかったので、思わ笑いそうになったが笑いを噛み締めながら「10分後に駐車場で。」といって駐車場に向かった。
直ぐに山本は駐車場に現れて、今回は迷わず助手席に座り、俺に「よろしくお願いします。」と声を掛けた。
迷わず助手席に座ってくれたことが嬉しかった。
山本は外を見ながら、「前に見れなかったメニュー見るのが楽しみです。」と言うので、前の景色と同じだからどこの店に向かっているか分かったようだ。
俺は「楽しみにしとけ。」と言ったきり店に着くまで無言だった。
俺は自分に素直になれとひたすら念じながら、店に向かっていた。
店に着くと寛太が寄ってきて「久しぶり、いらっしゃい。」とだけ声をかけて、奥の席を案内してくれた。
昨日メールしていたこともあって、何か余計なことを言わないかドキドキしたが、さすがに状況を理解して何も言わなかったようだ。
山本は席に座るなり、穴があくんじゃないかと思うほどにメニューを凝視している。
ハンバーグとナポリタンで迷っているようで、俺に「ハンバーグとナポリタンどっちがいいですかね?」なんて聞いてくる。
「両方美味しいから甲乙つげがたいな。」と俺が言うと、再びメニューに視線を戻し「う~~ん」と迷っている
そのしぐさがたまらなく可愛くて、ここ最近山本ロスになっていたが満たされていくのを感じていた。
結局、山本はナポリタンを注文した。
俺はハンバーグを注文して「ハンバーグも食べたそうだったから後で少しやる。」と言った。
最初から頼まなかった方は俺が注文してあげようと思っていた。
山本の嬉しそうな顔を見ると、俺が喜ばせてあげられたことに嬉しくなって顔が熱くなるのを感じた。
料理を注文し終えると、山本が俺をまっすぐ見ながら
「きちんと確認せず、適当なことを言って決済をもらい結果的にご迷惑をおかけしてすみませんでした。」と謝罪してきた。
俺は慌てて「ミスをした後、きちんと自分のやるべきことは何か考えて行動していたし、同じミスをしないように仕事をしていたから、全く問題ない。」と山本に告げた。
すると山本は「課長はまだ怒っていると思っていました。」と続ける。
「俺がしっかり確認せずにお前に任せてしまったから俺が悪いと思っていたからお前に合わせる顔がなかった。後処理も俺に頼るべきなのに、高岡に頼っていたし、休憩室で抱き合っていたし、俺は黒子に徹した方が良いと思ってな。」
つまり言いたかったことは、今回のミスは俺のせいで、高岡とのことで嫉妬して幼稚なふるまいをしていたということを伝えたつもりだった。
上手く伝わっているかは自信がないが。
「課長に一番に電話しましたが、会議中で出なかったので身近にいて状況を把握していた高岡に手伝ってもらっただけです。私は高岡に貸しがたくさんあるので、彼断れないんです。それに抱き合ってないですよ。それは勘違いです。課長に避けれてて、私悲しかったです。」
俺は、それを聞くと俺に一番に電話してくれていたのかとホッとした。
ついでに、高岡の告白を阻止しようと思いついた。
「それはすまなかった。お詫びにプロジェクトが終わった夜に食事に行こう。」と誘ってみた。
「その日はすみません。高岡が勝負の日で一緒に食事に行くんです。翌日はどうですか。」と申し訳なさそうに断られた。
俺はお店と時間だけでも確認しといて、後からどう高岡の邪魔をするか考えれば良いと思い
「駅前のイタリアンに行くのか?時間は19時から?」と確認した。
「その通りです。でもなんで?」と聞かれて返答に困っていたら、寛太がちょうどいいタイミングで注文していた料理を持ってきてくれた。
寛太は会話を聞いて、俺が困っていたからこのタイミングで割って入ってきてくれたのかと思い、寛太に目配せした。
寛太が軽く頷いたので、やはり会話を聞いていたのだと思った。
ハンバーグを切り分けて山本のお皿にのせてあげると、嬉しそうにありがとうございますと言っている。
自然にさっきの会話が終了して、料理を食べることに集中した。
この日を境に二人の関係は元に戻った。
俺も今まで通り朝早く行って二人でコーヒーを飲んでから仕事をしている。
今までと違うことといえば、少しでも山本と近づきたかったし、山本を知りたいと思っていたので、他愛もない話をするようになっていた。
どんなものが好きか、どこへ行きたいのかを聞いては、一緒に食べに行こうとか一緒に行こうとか、俺なりにアピールしていた。
山本は本気にしていないようで、いつか同行の時があったら行きましょうねとか当たり障りのない回答ばかりだった。
本当に俺に全く興味がないようなので、これはこれで凹むが自分に正直にいくと決めた以上、後悔の内容にしようと、毎朝一生懸命アピールしていた。
その後、プロジェクトは順調に進み誰もミスすることなく大成功で終了しようとしている。
ただ、俺はプロジェクトが大成功で終わりそうなのは非常に喜ばしいことだが、その後山本と高岡が付き合ってしまうかと思うとどうしよもなく辛く、いっそのこと終わらなければいいのに非現実的なことばかり考えていた。
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