第8話 大失敗

プロジェクトが進んでくると他部署との調整が多くなり、外出や出張が多くなってきていた。


唯一の息抜きが出張が無い時は、朝早く行き山本とコーヒーで朝を過ごしてた。


最初の頃に比べると表情も柔らかくなってきている気がする。


同行していると山本は色んな人に美人だの可愛いだのと声をかけられている。


対して本人はに気も留めていないようでないようで適当に流している山本だが、本人は自分の容姿に気付いているのだろうか。


俺もそれなりに好きアピールをしているつもりなんだが、全く気付かれている様子もない。


プロジェクトも終盤に差し掛かっているので、俺は焦っていた。


今日も会社に寄らずそのまま出張にきている。


怒涛の打ち合わせで息をつく間もない。


こんな時は山本の声を聞いて癒されたと思う、俺は相当重症だなと自嘲気味に笑った。


あと少しで打ち合わせが始まるというところで携帯が鳴った。


着信画面を見てみると、今声を聞きたいと思っていた本人から電話だ。


思わず顔に笑みが浮かぶが、ゆっくり話している時間もないので手短に要件だけ聞こうと電話に出た。


電話に出るなり、「メールで発注書を送るので、直ぐに確認してもらえないでしょうか。」と矢継ぎ早に要件を言ってくる。


少しは今日は初めてしゃべりますね、ぐらい可愛げのあることを言ってくれてもいいのに全くビジネスライクだ。


これぐらいさっぱりしている方が俺は好きなんだが、やはりどこか残念に思う自分がいた。


ただ、直ぐにでも打ち合わせが始まりそうだったので急いで


「悪い。もう打ち合わせで半日はかかるから、総務の香に確認してもらってそのまま発注しちゃって。納期が厳しいからちゃんと調整してね。」


と言って電話を切る。


確か、電話で言っていた発注書だが発注数量に対して設定納期が厳しかった。


事前にそれはメンバー内で共有していたし、今電話口でも伝えたので俺が確認しなくても大丈夫だろうと判断して、発注の指示を出したつもりだった。


まさか、これが後に大変なことになるとも思わずに。


その後の打ち合わせも調整することが多く、あの手この手で相手を口説き落として成立させていく。


ようやく一区切りついて、帰る前にコーヒーショップに寄り一息つくことにした。


コーヒー自体は会社で飲むより美味しいが、山本がいないと味気なく感じてしまう。


コーヒーを飲みながらぼんやりと、俺は仕事では上手く口説き落とせるのに、好きな女一人その気にさせられないとはどういうことなんだと考えていた。


俺に問題があるんじゃなくて、もはや山本に問題があるんじゃないかと、心の中で山本を非難していると電話が鳴った。


さっきも山本のことを考えている時に電話がかかってきたから、また山本からかと思い急いで着信画面を見る。


残念なことに着信画面に出ていた名前は俺の期待していた人物ではなかった。


「いつもお世話になっております。本日弊社の山本より発注書を送らせて頂きましたので、何卒よろしくお願い致します。」


と電話に出るとともに、お願いをした。


電話の相手は今日山本が発注した仕入れ先の社長からだった。


「こちらこそお世話になっているね。ところが北見くん。聞いていた話と発注数が違うんだが、大丈夫か?私も外出していて、下の者が既に段取りをつけて進めているのだが。」


俺はそれを聞いて血の気が引くのを感じた。


「そんなことはないと思いますが、一度確認してもう一度連絡します。」


「分かった。いつも世話になっているから、もし違った場合は何とか調整するが応援を2名程お願いするかもしれない。連絡待ってるぞ。」


「承知しました。確認後、直ぐ連絡します。」


と手短に話すと電話を切った。


直ぐに山本に電話をかけて確認を取ろうと思った。


今までの仕事ぶりを思うと、慎重に仕事をする奴なので何かの間違いであって欲しいと思いながら山本が電話に出るのを待った。


「課長お疲れ様です。」と山本の明るい声が電話口に聞こえる。


俺は焦って「山本、発注書はちゃんと香に確認してもらって修正して送ったよな。」と聞いた。


「香さんに確認してもらった後に発注書流して、先ほど仕入れ先から製造に入りました、納期には間に合いますと回答がきています。特に修正はしていないです。」


俺はがっくりきて「発注量修正していないのか。10万個で1万個じゃ足りないぞ。電話で納期が厳しいから調整しろと言ったよな。10万個製造するには納期を調整しないと対応できないんだぞ。」と思わず厳しい口調で話していた。


電話口で山本が息を飲むのが分かった。


「すみません。修正せずに流しちゃいました。今すぐ仕入れ先と調整します。」


「もう良い。俺が調整する。」


今は山本に怒っている場合ではないと直ぐに電話を切り、仕入れ先の社長に急いで電話した。


「もしもし、社長大変申し訳ないのですがやはり発注量を間違えて連絡しておりました。正しい数量は私が以前から予告を入れさせて頂いておりました数量の10万個です。対応可能でしょうか。」


「やはりそうだったか。さっき北見くんの口調からして君が以前から言っていた数量が正しいのだろうなと思って、直ぐ段取りを調整したんだ。何とかなりそうだが、今日だけ応援で2名こちらに送ってくれないか。」


「早急なご対応頂き、本当にありがとうございます。弊社のミスでお手間をかけて申し訳ありませんでした。」


「いやいや、北見くんとは長い付き合いだからね。君が入社したときもこんなミスばっかりだったからな。」と電話口で社長は大笑いしている。


「社長、本当にありがとうございました。」


「北見くん、次の仕事も期待しているからね。応援が決まったら誰が来るか連絡してくれ。」


と言って電話が切れた。


今回は社長のおかげで何とかなった。


早急に応援の2名を送り込む段取りをしなければ。


頭に浮かんだのは、山本と高岡だ。


この期に及んで俺の頭はこの2人で行かせたくないと頑なに拒否している。


今回は香に頼もう。


そうと決まればすぐ、香に電話をかけた。


呼び出し音が数回鳴って、香の声が耳に入ってくる。


「もしもし、祐樹どうしたの?」


香の呑気な声を聞くところ、まだ情報が入ってきていないなと思った。


「香、頼むよ。ちゃんと発注書見てくれたか?発注量を間違えて連絡してしまっていたんだよ。今回は社長がなんとかしてくれたから良かったんだが。それでお前に頼みがある。」


電話口で香が驚いている様子が分かる、慌てた声に変わり


「祐樹、ごめんなさい。確認していたと聞いたから、そのまましっかり見ず決済してしまったわ。違う、これは言い訳でちゃんと確認しなかった私が悪いわ。頼みってなに?」


と言うなり、息が上がり始めた。走り出しているようだ。


きっと企画部に向かっているんだと思った。


「社長が何とか調整してくれたけど、応援が2名いると言われている。今回は何も聞かず山本と応援に向かってくれないか。ほんとに悪いんだが。」


香は俺の山本への気持ちは知らないはずだから、ここで何で応援に行ってもらうお願いをしているか説明するのが恥ずかしく億劫だった。


「分かったわ。今企画部に向かってるから。後で電話するわ。」


と言って電話が切れた。


俺も飲みかけのコーヒーを片手に急いで会社に戻るため、新幹線の駅に向かう。


途中山本に電話をかけるが、一向に繋がらない。


やきもきしていると新幹線がホームに入ってくる。


急いで乗り込む。


気持ちは急いでいるが、新幹線のスピードを変えられるわけではないのでおとなしくパソコンを広げてメールの確認をする。


山本の発注書確認のお願いのメールが飛び込んでくる。


そもそも、どんなに急いでたとしても確認してから発注させるよう止めるか、打ち合わせを遅らせてでも確認するべきだった。


遅らせると言っても数分のことだったのに、これを怠って問題にさせたのは他でもなく俺のせいだ。


山本もしっかり確認せず対応したのも悪いが、今回の一番のエラーは俺だな。


と不甲斐なくなり、さらに山本からの折り返しの連絡も来ず携帯ばかり見て、どうしよもなく不安になっていた。


そんな時手元の携帯が震え、着信を知らせている。


急いで着信画面を確認するも、相手は香だった。


俺は電話にでるため、車両間のステップに向かった。


「もしもし、香向かっているのか?」


「それなんだけど。あの後急いで山本さんのところに向かったんだけど、既に社長に電話してたみたいなの。応援のことも知っていて、高岡くんと行くと言って直ぐ出て行ってしまったの。」


俺は頭を石で殴られたかのようなショックを受けた。


俺の電話は出ず何の連絡もせず、高岡を頼って2人で向かったということか。


あまりのショックに言葉が出てこない。


「祐樹聞いてる?祐樹からの指示だから一緒に行きましょうと言ったんだけど、既に社長に高岡くんと向かうことを連絡しちゃってたみたいで。ここで変更すると社長に更に迷惑をかけるといけないかと思ってそのまま行かせたわ。」


香の言うことはもっともで、俺の私情が挟まらなければ下っ端の2人が行くのはもっともなことだ。


ただ、俺に連絡もせず俺を頼ることなく、高岡を一緒に行ったのが悔しかった。


俺ってそんなに頼りないのかって。


「香、変なことお願いして悪かった。今帰りの新幹線だから2時間後には会社に着くと思う。」


「祐樹、力になれずごめんね。」と言って香は電話を切った。


俺は何も考えることができず、深く椅子に座り込み目を閉じた。


降りる駅の名前をアナウンスする声が聞こえ、目が覚めた。


何も考えたくなくて目を閉じたら寝てたとか、俺って案外呑気なんだなと自嘲気味に笑い席を立ち新幹線から降りた。


会社に向かう途中で時計を確認すると、社長から言われていた応援の時間と帰社時間を考えると2人がちょうど会社に着いた頃かなと思った。


今、山本とどんな顔をして顔を合わせば良いか分からなかったので、ひとまず休憩室に向かって気持ちを落ち着かせてから企画部へ向かおうと思った。


ちょうど会社に着いたので、予定通り企画部へ向かわず休憩室へ向かった。


休憩室へ向かう途中で人がいる気配を感じる。


誰か泣いているようだ。


まさか山本が一人で泣いているのかと思って、急いで足を進めると見たくない光景が目の前に現れた。


高岡が山本を抱き寄せて頭に手を置いている。


俺は、頭に一気に血が上り


「山本、そんなところで泣いている暇があったら、仕事で挽回しろ。泣いて済む問題じゃない。」と言い放っていた。


2人は驚いた顔でこちらを見て、高岡は山本から手を離し俺に会釈している。


見られたらまずい光景なのかよ、と心のなかで毒づき2人を睨みつけた。


相当イライラしていたが、高岡には助けられたということに冷静な自分が問いかけており、僅かな理性を総動員して


「高岡、今日はありがとう。色んな人から、お前が助けてくれたと聞いている。お前はもう帰っていいぞ。」と言って、高岡に帰るよう促した。


高岡は何か察したのか「お疲れ様でした。」と言って足早に休憩室を後にした。


残った山本が俺の顔を見ず、言い訳すら言ってこないことに更に苛立ちを感じ


「こんな時でも高岡なんだな。泣けば良いわけじゃない。今後泣くんじゃない。仕事で挽回しろ。」


理性が吹っ飛び感情で山本を怒鳴りつけてしまった。


みるみる山本の目に涙が溢れてくる。


それを見て、俺は一瞬で理性を取り戻した。


怒ることが全くずれている、仕事のミスではなく、高岡といることに対して俺は激怒してしまった。


課長のすべき態度でなく、自分の感情を相手にぶつけるなんて最悪だと気付き、この場にいられなくなった。


泣いている山本を置いて企画部へ戻った。


俺はなんてことをしてしまったんだ。


自分の感情だけで、好きな女を傷つけて泣かせて本当に最低だ。


頭の中はそれでいっぱいになり、自分のデスクに戻っても全く仕事が手につかなかった。


もう一度休憩室に戻って、山本に謝ろうと向かおうとしたとき目を真っ赤にした山本が戻ってきた。


俺は恥ずかしさと申し訳なさで、声をかけるどころか顔をあげることもできなかった。


山本は席に着くと何通かメールを送って、帰る支度をしている。


俺の傍を通るさいに「お疲れ様でした。」と小さい声で声をかけられるが、やはり俺は返事をすることも顔をあげることもできなかった。


山本が帰ったあとも、俺は全く仕事が手につかない。


ただただ、俺はなんてことをしてしまったんだと後悔だけが押し寄せてくる。


このまま会社に残っても仕事にならず、時間を浪費するだけだと思ったので寛太の店へ向かうことにした。


寛太のお店に着くと、俺は何も言わずカウンターに座った。


寛太は俺の表情を見て何かあったのか察したのか、何も言わない。


「寛太、俺好きな女にとんでもないことした。感情だけで動いて、相手のことを傷つけた。元々勝ち目のない試合だったけど、もう全て終わった。時間を巻き戻せるなら巻き戻したい。」


と心の内を話すと、いつぶりか分からない涙が出てきた。


こんな姿寛太には見られたくなかったので、カウンターに頭を突っ伏した。


寛太が近寄ってきて、水を置く気配を感じた。


「お前ほんと今までどんな恋愛してきたんだよ。今まで少しでも付き合ってきた女のこと大事にしてたら、こんなことにならなかったんじゃないの。」


と落ち込んでいる俺をさらに追い詰めるようなことを言ってくる。


どんどん惨めになってくる。


俺が無反応でも更に寛太は続ける。


「この前お店に連れてきた、可愛い部下のことだろ。」


俺は顔を突っ伏したまま、頷いた。


「あんな態度じゃ全くダメだ。あれでは女の子がお前を好きになるはずがない。」


とぴしゃりと言われてしまった。


ごもっともなことを言うので、むしろ第三者がそういうなら間違いないと、また涙が溢れてきた。


寛太は続ける。


「だがな、俺の見立てにによると、あの可愛い部下も満更じゃなさそうだったぞ。まだお前に可能性はあると思う。だから、これからは素直にしないと、上手くいくものも上手くいかないぞ。」


と、全く期待していなかったことを言い始めた。


俺は驚いて涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。


寛太は苦笑いしながら「女の涙はいいが、男の涙は最悪だな。」と言っておしぼりを渡してくれた。


俺は自分が泣いていた顔を見られて恥ずかしく、急いでおしぼりで顔を拭き、呼吸を整えて寛太に聞いた。


「今のどういう意味?」


「どういう意味もクソもそのままだ。お前にチャンスはまだあると思うから、素直に部下ちゃんと接しろと言っているんだ。これ以上意地をはらず、好きと認めて部下ちゃんに接しろと言ってるんだ。」


どうしよもなくなっていた心に寛太の声が響く。


どうしても諦めることはできないので、慰めの言葉だとしても今は寛太の言葉を信じて明日から山本に接しようと思った。


そして、明日はまず謝ろうと決めた。


まだチャンスがあると思うと急に元気が出てきて、注文していないオムライスが目の前にあることに気付くと急いで食べて、家に戻った。


明日山本と関係修復する期待を胸に。

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