第7話 大仕事

少し前にビッグプロジェクトの話が来ていた。


メンバーは過去の経験を基にメンバーを選定した。


みんなベテラン揃いだ。


ここのところ頑張っているし実力もついてきたので、今後のことも考えて若手の山本と高岡もメンバーに入れようと前々から考えていた。


メンバー表を作る際、迷わず二人の名前も入れた。


メンバー発表したときの二人の反応が楽しみだった。


そして、二人がそれぞれ誰の元について仕事をするか発表した時の反応はもっと楽しみだった。


それの発表が今日だった。


朝、山本と会ったら今日は良いことが起きるぞぐらいは教えてやろうと思って、山本が来るのを待っていた。


しかし、何時もの時間を過ぎても山本の姿は現れない。


それどころかふ、みんな出勤し始めた。


俺は、ここ最近の自分の行動を振り返り山本に嫌われて、もう朝は早く来ないんじゃないかと焦り始めた。


そこへ山本が出勤してきた。


どこか元気が無い様子だ。


俺と目が合うと、元気のない声で「おはようございます。」とだけ言って給湯室へ入っていってしまった。


俺は慌てて山本の後を追って給湯室へ入っていった。


このまま、朝山本が来なくなるのは嫌だった。


「いつも淹れてもらってばっかりだから、今日は俺が淹れる」と準備をしながら山本に話を続ける。


「今日は珍しく朝来なかったな。昨日のことで気分悪くさせたのは申し訳なかった。もう朝は来ないのか?」


答えを聞きたいようで聞きたくなくて、心臓がこれでもかとバクバクしている。


山本は驚いたような顔をしていたが、


「今日は寝坊しちゃって。本当は朝が苦手なんですが、ここ最近は課長とコーヒーが飲みたかったので頑張って朝起きていたのですが、疲れがたまっていたようです。明日からはまた朝来る予定です。」と答えた。


俺とコーヒーが飲みたくて朝頑張ってきている、明日からはまた来るという言葉に一気に嬉しくなり、山本の頭を無意識にぽんぽんとしながら


「明日からまた来るのか。俺が淹れたコーヒーは美味いぞ」と言ってコーヒーを渡して給湯室を出た。


なんて可愛い奴なんだ。


なんとしてでも俺の手に入れたい。


高岡のことなんでどうでも良い。


このプロジェクトを通して、一気に距離を縮める。


プロジェクトも成功させるし、俺の恋も成功させる。


と意気込んで、始業を迎えた。


その日のミーティング後、プロジェクトのメンバーを発表した。


山本と高岡は名前を呼ばれると二人は顔を合わせて喜んでいる。


その光景を見ても今はなんとも思わなかった、なんとしてでも俺のものにすると決めたから。


プロジェクトのメンバーはそのまま会議室に残るよう指示、して他のメンバーがやってくるのを待った。


メンバーには香も入っており、俺の顔を見ると空いていた隣の席に座った。


「またなんか良いことあったのね。顔に嬉しくてしかたないと書いてあるわよ。」


「今日は否定しない。さっきいいことがあったんだ。」


と香と笑いながら話していた。


山本とは離れた席に座っていたので、ふと視線を向けるとまた高岡と顔を寄せて話している。


この会議が終わったら、もっと驚くようなことが起きるぞっと念力を込めて山本を見ていた。


一瞬山本と目があったが、プロジェクトリーダーが会議を開始したので、それ以上見ずに会議に集中した。


長い会議が終わり、山本と高岡が部屋を出ていこうとしているところを呼び止めた。


「山本ちょっと残れ。高岡は行っていいぞ。」


それを聞いた高岡が


「唯、先にお昼行ってるな。美幸と仲良く食べてるからごゆっくり。」


「分かった。終わったら合流するから席をとっといて。」


高岡は山本と短く会話を交わすと、俺に会釈をしてから部屋を出て行った。


目の前で名前を呼び合う二人に、さすがにイラっとして


「相変わらず、下の名前で呼び合ってるんだな。毎日お昼も一緒に食べているようだし、本当に仲が良いんだな。さっきも会議が始まる前に顔を寄せてしゃべっていたが、あんまり会議の前にああいうことをするな。」と嫌味を言った。


すると山本は何か言いたそうな顔をしながら


「すみませんでした。呼び方については、順・・・ではなく高岡とは仕事中は苗字で呼び合うよう約束しましたが、長年の癖が抜けきらないので、もう少しだけ時間をください。お昼はいつも一緒に食べていますが、同期の片岡さんも一緒です。3人で仲が良いんです。」


「話したいことってこのことですか?」


最後はうんざりしたような声で続けたので、


「仕事以外のプライベートは名前で呼び合うっていうことなのか?」


と言ってしまったが慌てて


「まぁいい。話したかったことはこれではない。本題は市場マーケティングについて、今回のプロジェクトは俺と一緒に情報収集をする。これから外に出るからすぐ準備しろ。」


「10分後に地下駐車場に集合だ。」


そう言うと、急いで駐車場に向かった。


俺は山本と話していると自分の感情をコントロールできないようだ。


かなりかっこ悪いことばかり、しつこく言ってしまったので失望されていないか不安だった。


急いで車に向かい、山本を待った。


律儀な山本は約束の10分前に姿を現した。


俺はこれからのことを想うと嬉しくなったが、気持ちを切り替えるためにも


「遅い、早く乗れ。」と言って運転席に座った。


それっきり中々、山本は車に乗ってこない。


不思議に思って山本の方へ目を向けると、何を思ったのか後ろの席に座ろうとしている。


俺は慌てて「俺は運転手じゃないぞ。早く助手席に乗れ。」と言って、助手席に座るよう促した。


山本は「すみません。」と小さい声で謝り、慌てて助手席のドアを開けて座った。


座ったきりぼーっとしている。


変な奴だと思いながら「出発するぞ。」と声をかけて車を走らせた。


出発してから山本は黙り込んで座っている。


この無言の気まずい雰囲気を解消するためにも、何か話かけた方がいいのでろうが、何を話しかけるべきなのか話題が見つからない。


俺は恋愛初心者かと自分につっこみながら、隣の山本をちらっと見ると顔が赤い気がする。


気のせいかと思って、再度山本の顔を覗き込むと、やはり顔が赤い。


「暑いか?顔が赤いぞ。」と俺は心配になって声をかけた。


俺の顔が近かったせいか、山本はのけぞりながら


「すみません。少し暑いので、冷房の温度下げてもらっていいですか。」と答えた。


確かに車中はむわっとしていて、不快な空気だった。


気が利かなかったなと反省して、


「分かった。少し下げるが寒かったら教えてくれ。お昼ご飯まだ食べてないから、食べてから向かおう。」と声をかける。


俺は寛太の喫茶店に行こうかと思っていたが、山本のリクエストがあるのならその店に行こうと思っていた。


「何か食べたいものあるか?」と聞いたが


「好き嫌いがないので何でも食べれます。課長と食べられるなら、喜んでご一緒させていただきます。」


深い意味はないのだろうが、俺と一緒に食べれらることに喜んでいると言ってくれたことに社交辞令でも嬉しかった。


「好き嫌いのないことは良いことだ。それじゃぁ、俺がよくいく店でいいな。」


と言って嬉しくて顔が緩むのを隠しきれず、寛太の喫茶店に向かっていく。


店に着き「着いたぞ。」と山本に一声かける。


約束の時間まで間がなかった。ゆっくり食べたかったがここは我慢して、山本に声をかける。


「ゆっくり食べたいところだが、時間がないから今日は急いで食べろ。今度は少し早めに出るからゆっくり食べよう。」


店のドアを開けて中に入ると寛太の姿が目に入る。


俺と山本を交互に見ると、にやにやしながら


「いらしゃいませ。あれ、祐樹。女の子と一緒なんて珍しいな。女の子と一緒に来るなんて初めてじゃないの?」


と余計なことを言ってくる。


これじゃぁ、まるで俺がモテないと言われているようで、山本に変に思われないか心配でちらっと横を見ると、なぜか嬉しそうな表情をしている。


これ以上ここにいるとまた、余計なことを言いそうだったので急いで


「余計なこと言わなくていいから。メニュー決まったら呼ぶな。」


と寛太に声をかけて、無意識に山本の方を抱いて奥の席に向かってあるいた。


山本の肩に手を回していることに気付き、はっと手を離した。


ごまかすように「余計なこと言ってごめんな。ここの喫茶店は俺の幼馴染がやっている店でよく来るんだ。変な奴だが、味は間違いないぞ。特にオムライスが絶品だぞ。」と言いながら席を引いて、山本を座らせる。


「課長おすすめのオムライスにします。」と山本は考えるそぶりもなくメニューを決定してしまった。


押しつけがましかったかなと思い、慌てて

「おい、いいのか。まだメニューはたくさんあるぞ。」と言ったが


「メニューは次一緒に来た時の楽しみにとっておきます。」と山本は何の気なしに返してくる。


おいおい、また今度とさらっと言っているが、また次も誘っていいってことか。


俺は山本の一言一言で翻弄されてるなんて重症だな。


と目の前に座る愛しい人を眺めていると、それを邪魔するかのように


「そこのお二人さん、見つめあっているところ失礼しますが、メニューはお決まりですか。」と寛太が割って入ってくる。


折角いい雰囲気だったのに、ぶち壊しやがって。


こいつにこれ以上余計なことを言われるまいかと


「見つめあってなんかいない。変なことを言うな。こいつはただの部下だ。オムライス2つ。」と言って寛太を追い出すことにした。


「こいつ照れるとすぐムキになるんだよね。今の言葉は気にしないでね。可愛い部下ちゃん。」とウインクして去って行った。


今時ウィンクかよ、とうんざりしながら


「山本、あいつの言葉は聞き流して良いぞ。オムライスが来るまで、メールチェックさせてくれ。」


変な誤解をされたくなかったし、何を話したらいいのか検討もつかなかったので、持ってきたパソコンでメールを確認しようと目線をパソコンに移した。


ところが、内容は全く入らず目の前に座る山本のしぐさが気になってしまう。


小さくため息をついたかと思うと、俺の仕事を邪魔してはいけないと思ったのか小さい声で「お手洗いに行ってきます。」と言って席を立った。


そこに入れ替わるように寛太がオムライスを持ってきた。


「祐樹くん、きみは恋愛初心者か?!目の前に愛しのビーナスがいるのに、気を遣って話すわけでもなく仕事をするふりをするなんて最低だな。このままじゃ、同期の男に戦う前に負けるぞ。食事中ぐらい話せ。」


「うるさい。別にあいつが好きとは言ってないだろ。変な勘違いするな。」


と言って、二人分のオムライス代を寛太に渡すと、しっしっと寛太を追い払った。


「へいへい」と言ながら、寛太はカウンターに戻っていく。


ちょうど山本が戻ってきたので


「今来たところだから、食べよう。」と声をかけると


「いただきます。」と言うと食べ始めた。


お昼の時間を少し過ぎていたので、よほどお腹が空いていたのかもぐもぐと食べ始める。


途中、美味しいとかとろとろとか一人でブツブツ言いながら夢中で食べている姿が今までになく可愛くて、俺は食べるのも忘れて目を奪わる。


俺の視線に気づいたのか、山本がおもむろに顔を上げた。


口の端にケチャップがついている。


「お前、ほんとに美味しそうに食べるな。一生懸命食べている姿が小動物みたいで可愛いな。」と心の声が漏れてしまい、あまりの可愛さに無意識に体が動き、山本の口の端についてたケチャップを指で取ってしまった。


赤くなっていく山本の顔を見て、俺は何を言って何をしてしまったんだと我に返る。


「課長、早く食べないと遅れちゃいますよ。美味しいものは、集中して食べるべきですよ。」


山本が何事もなかったかのようにあ話しかけ、大きな口でオムライスを食べる。


俺は照れ隠しで「そうだな。急いで食べて向かおう。」と言うと、それ以上山本を見ることもなく黙々とオムライスを食べ進めた。


ちょうど二人共食べ終わったところで「行くか。」と声をかけた。


山本は慌てて財布を取り出そうとしている。


普通に奢ってもらう気がないところも、なんとなく好感だ。


「支払いは終わってる」と告げ、車に向かう。


意外と打ち合わせまで時間がギリギリだったので、車の中では打ち合わせのシミュレーションをしながら取引先に向かった。


あっという間に着き、打ち合わせが始まる。


打ち合わせ中、山本は必死に議事録をとっている。


途中、意見を求めるときちんと受け応えもできていた。


帰りの車で、頑張ってくれた山本を労うように声をかけた。


「山本と高岡は今回初めてのプロジェクトだろうから、色んな人の仕事の仕方をよく見て勉強するんだ。そして、このプロジェクトを通して人脈を構築するんだ。分かったか。高岡にも伝えてくれ。」


今回のプロジェクトを通じて二人がどれだけ成長するか楽しみだった。


そして、前から気になっていたことをこの流れで聞いてしまおうと思い


「高岡とはよく呑みに行くのか?」と聞いてみた。


山本は一瞬間を置いて


「同期ですから、嫌なことがあったときにストレス解消で付き合ってもらうことはよくありますね。ただ、今回はこのプロジェクトが終わるまでは呑みにいかないと約束したので、このプロジェクトが終わったら、パーっと呑みに行きます。」

「高岡、今回のプロジェクトが終わったら一大決心の告白をすると言っていたので、それまではお預けするようです。」


前から、高岡が告白すると言っているのが耳に入っていたが、やはりそうだったのか。


こいつは高岡に告白されると分かっていて、こんなことを言っているか?!


こいつらは両思いで俺が付け入る隙は無いのか・・・とがっくりして


「プロジェクトが終わったら、一大決心の告白ね・・・・」


話す気がなくなる程、気持ちが落ち込んでしまい、会社までの残りの道は無言だった。


会社に着くと、車を止めて来るから先に戻っていてくれと山本に声をかけて、車を止めてから企画部へ遅れて戻って行った。


企画部に入ると、見たくない光景が目に入ってくる。


山本と高岡が早速ふたりでしゃべっている。


山本と目が合ったが、それ以上その光景を見たくなくてぱっと目をそらして席に着いた。


その後、プロジェクトは順調に進んでいった。


山本と同行することも多く、お昼を食べる機会も多かった。


山本のくるくる変わる表情、しぐさが可愛らしく我慢できず頬が緩んでしまっていた。


ただ、このプロジェクトが終わるときに山本が高岡が付き合ってしまうと思うとぎゅっと心が苦しくなる。


少しでも可能性があるかもしれないので、今は諦めずに山本との距離を近づけようと仕事も恋も必死な俺だった。

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