第4話 気になるあいつ
何故ソファーで寝ているのか、どうやって家まできたのか全く覚えていない。
とりあえず、痛む頭をどうにかするために、冷蔵庫をあけてミネラルウォーターを一気に飲む。このまま、会社に行ってしまおうと準備を始める。
朝、始業前に一日のやるべきことを整理するのは、仕事の効率をあげるには非常に良い。
昨日香が運転してきてくれた車に乗って会社に向かう。
始業まで1時間程余裕があるから誰もいないだろな、と思いながら企画部に行くと予想通り誰もいない。パソコンと手帳を広げて、仕事の整理を始める。
30分程経つと、誰かがきて急騰室へ入っていった。
顔が見えなかったので、誰がきたのか分からなかった。
特に興味がなかったので、再びパソコンに目を向ける。
給湯室でコーヒーを淹れいているようで、良い香りがしてきた。いい香りとともに、誰かが出てくる様子がした。
顔を上げ、その人物を確認してみると、目の前に残念な美女が驚いて固まっている。
あまりにおかしな表情をしていたので、さらに意地悪をしたくなったので
「おはよう。君の名前はなんて言うんだ。」と聞いてみた。
もちろん名前は知っているが。
「山本唯と言います。」と消え入りそうな声で返事が返ってきた。
フロア中にコーヒーのにおいが漂っていたので「コーヒーのいい匂いがするな。」と思わず言っていた。
すると山本は困ったような表情に変わったが、すぐに「課長のコーヒーも淹れましょうか。会社のコーヒーなので。」
山本は、これまた余計なことを言ってしまったという表情に変わっている。
あまりに表情がよく変わるので、面白いやつだと思った。
本意ではなくとも、気を遣ってくれたので
「せっかくだから、もらおうか。」と返事をした。
「分かりました、すぐに入れますのでお待ちください。」と言って山本は給湯室へ向かう。
給湯室へ入っていくと、しばらくして鼻歌が聞こえてくる。
こちらに聞こえていないと思っているのだろうが、ばっちり聞こえている。
最初みたときはクールな感じかと思っていたが、性格は真逆のようだ。
驚いたり、困ったり、歌ったり、くるくる変わる表情と行動に見ていて面白いと思った。
コーヒーを淹れ終わったようで山本が近付いてくる。
「北見課長、どうぞ。」とコーヒーをデスクの上に置き、こう続ける。
「今日は会社のマグカップで入れてますが、みんな自分のマグカップを持ってきています。よろしければ課長もご自分のマグカップをお持ちになって下さい。」
折角教えてくれたから、明日マグカップを持ってこようと決めた。
広いフロアにコーヒーの香りが充満し、二人だけで時間を共有しているようで、朝から幸せな気持ちになっている。
今日も一日頑張れそうな気がする。
こんな気持ちにしてくれた、山本には感謝だな。
しばらくすると続々とみんな出勤し始める。
高岡が出勤してくるなり、山本に話かけている。
おまけにお互いに順と唯と呼び合っている。
ここは学校じゃあるまいし、会社で名前で呼び合っている時点でレベルが低いことが分かる。
まずはあの名前の呼び方を直させないといけないな。
二人が談笑しているのをぼーっと見ていると始業のチャイムが鳴った。
みんなそれぞれ仕事に取り掛かり始めた。
朝、優先順位を付けたとおりに、担当者を呼び出し指摘を行う。
みんなうなだれながら席に戻っていくが、修正して持ってくる資料はどれも満足のいくレベルになっている。
やはり、元々の素質はあるようだ。
お昼前になると、どこか心待ちにしていた奴の資料の順番がきた。
俺は意気込んで「山本、ちょっといいか」と声をかける。
死刑宣告をされたような顔をして、山本がこちらに向かってくる。
一通り資料を確認したが、ひどい内容だった。
ところどころポイントをついている部分もあるので、全く見込みがないわけではなさそうだ。
山本が目の前に来たので「この資料を作ったのはおまえか。」と問いかける。
「そうですが、何か手違いがありましたでしょうか。」
「手違いもなにもなんだこの資料は。何年この仕事をしているんだ。」
「7年目です。」
あまりに堂々として態度にある意味、大物かもしれんと思いながら一息ついた。
これだけの根性があれば大丈夫だな。
「この資料ではどのターゲット層を狙い、どのぐらいの拡販効果が予想できるか読み取れない。よくこんなことで仕事が今までできたな。」
とこれを皮切りに、どこがどうだめなのかを説明した。
最後の方はさすがに堪えてきたようだったので、席に戻って資料を直すよう指示した。
何度も資料を持ってきては、ダメ出しの繰り返しな午前中だったが、最後まで投げだすことなくやり遂げてくる。
こいつの根性も気に入った。
お昼を告げるチャイムが鳴る。
無意識に山本方へ視線を向けている自分に気付く。
また、高岡と話ながら部屋を出ていくのをみて、無性に腹立たしく感じてしまう。
俺は慣れない環境でとばしすぎているから、疲れているんだと自分に言い聞かせ、この謎の感情を深く追求することはしなかった。
午後も企画部メンバーへの指導が続く。
ただ、みんな指摘するれば、それ以上の修正をかけて再提出してくる。
もちろん山本もそうだ。
これは今後が楽しみだと思っていると、ふと昨日香に言われていた書類を渡すのを忘れていたことに気付いた。
慌てて、香に書類を持って行き期限が過ぎてしまったことを謝った。
すると香は「ちょっといい?」と言って俺を手招きする。
「なんだ?書類にミスでもあったか?」
「違うわよ。昨日今日であんたの噂最悪なことになってるわよ。イケメンに騙されちゃいけない、中身は最悪な男だって。特に山本さんを目の敵にしてて、可哀そうだって言われてるわよ。」
「そんなこと言われてるのか。俺がイケメンだって。」
「重要なのはそこじゃないでしょ。ほどほどにしときなさいよ。」
「山本はこんなことでくじけない奴だよ。俺は確信してる、芯の強い奴だ。」
「ふ~ん。珍しいわね。女の子こと普段は興味なさそうにしてるくせに」と香が何かいいたげに俺の顔を覗き込んでくる。
「おい、近い。離れろ。用は済んだから戻るわ。」と言って、俺は企画部へ向かった。
その日の午後もあっという間に時間が過ぎ、一人二人と帰っていく。
終電間際の時間になっても、山本はまだ残っている。
いつ帰るのだろうかと山本の方へ視線を向けると、いきなり席を立ったから慌てて視線を逸らした。
そして帰る準備を始め、俺の傍を通る際に「お疲れ様でした。」と控えめな声で挨拶してくれた。
さっき見ていたことが急に気恥ずかしくなったが、無視するのもよくないと思い一瞬顔をあげて「おつかれ。」と言って、すぐ視線をパソコンに向けた。
この2日色々ありすぎて、特に山本との出会いが強烈すぎて、頭が疲れた。
こんなときは、おバカなあいつに会いにって、頭の中をリセットしよう。
そう決めると、すぐに帰宅の準備をして、車に乗り込んだ。
向かった先は、幼馴染がやっている喫茶店。
アメリカから帰ってきて一度も顔をだしていないし、帰国したことすら言っていない。
きっと驚くだろうな、と珍しくうきうきした気分で店の中へ入った。
「おー久しぶり、友よー。」
とふざけながら入っていき、カウンターにいた幼馴染の寛太に抱擁しに行く。
カウンターにいた寛太は何事かとぎょっとこちらを見ていたが、俺の姿を見ると
「おーブラザー。」と言って近寄ってくる。
久々の再会だが、お店も寛太も変わってなくてホッとする。
「祐樹、いつ帰ってきたんだよ。連絡もせずいきなり来るなんて驚くだろ。」
「悪い悪い、色々忙しくて連絡しそびれてた。その代わりこうして会いに来ただろ。」
「そうだな。来てくれてありがとう。アメリカのお土産話でも聞こうかな。飯は食ったか?」
「何にも食べてないから、オムライス。」
「お前、ほんとうちのオムライス好きだよな。絶対これ食べるもんな。ちょっと待ってな。直ぐ作るから。」
と言って、寛太は素早くオムライスを作り始めた。
その姿をぼーっと見ていると、寛太が手を止めずに
「ところでアメリカでパツキンのちゃんねーは捕まえたのか?」と今じゃ死語になっているような言葉で話しかけてきた。
「パツキンのちゃんねーを捕まえてたら、のこのこ日本に帰ってきてねーよ。」
「向こうでも仕事仕事で、そんな暇なかったわ。」
「お前そんなこと言ってもういいおっさんだろ。昔から女と付き合うときは、向こうから告白されてきて適当に付き合うだけだろ。いい加減いい女いないのか?」
と言われ、その通りだなと思った。過去振り返ってみると、適当な付き合いしかしてきていない。
ふと山本のことが頭をよぎった。
「寛太、俺の部署に変な女がいてよ。めちゃくちゃ美人で根性があるんだが、どっか抜けてる奴がいてよ。初日に電車の中でスカートのファスナーが開いていた女がいて、そいつと同じ会社同じ部署だったんだよ。笑えるよな。俺が怒り続けても、淡々と仕事をして見事な資料を作ってくるんだ。あの女は興味深い。」と一気にまくしたてた。
寛太はちょうど出来上がったオムライスをこっちに持ってきたついでに、
「お前、その女が好きなんじゃない。お前が女のことでそんなしゃべってるの見たことないわ。しかも顔が緩んでたぞ。気色悪い。」
と最後はおどけていたが、予想外のことを言われた。
俺が山本のことを好き?!?!
ないない、と言って久しぶりに食べるオムライスに舌鼓をうった。
帰り際、寛太が「今度そのかわいこちゃん店に連れてきて。御馳走するから。」と声をかけてきたが、
俺は片手をひらひらさせながら「ないない、絶対に連れてこない。そもそもお昼を一緒に食べる仲でもない。今日はありがとな、じゃーな。」と言って店を後にした。
帰り道、寛太に言われたことが頭から離れなかった。
脳みそを使いすぎて疲れていたから、休憩しに行ったつもりだったのに余計に疲れてしまった。
寛太に会えたのは良かったが、とにかくどっと疲れが押し寄せてきたから早く帰って寝ようと、家に向かって車を走らせた。
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