第39話 矢野すみれ、襲来2

39話 矢野すみれ、襲来2



「あ、お帰りなさい太一さん。……はっ! その手に持っているものは!?」


「幽霊さんが食べたがってたハーレンラッツですよ〜。ただもうだいぶ溶けちゃってるので、冷凍庫で冷やし直さなきゃですが」


「お風呂あがりにいただきます!!」


 アイス一個で飛び上がるように喜んでくれる幽霊に和まされながらも、太一はそれどころではないと頭を切り替える。


「幽霊さん、ちょっとご相談が」


「む、なんでしょう?」


 アイスを冷凍庫に移し、リビングに戻って座り込んでから。太一は幽霊に、大まかな事情を打ち明けることにした。


「実は姉が今日の晩、家に泊まりに来ると言ってるんです。それで、幽霊さんをどのように紹介しようかと悩んでまして」


「た、太一さんのお姉さん!? しかも今夜ですか!?」


「急ですみません……。どうしましょう?」


 大まかな選択肢として浮かんでいたのは、三つ。


 まず一つ目は、一晩幽霊を隠し通すこと。家の外には出られないから押し入れの中なんかを駆使して、逃げ切ってもらう。


 二つ目は、友達として紹介すること。幽霊の背丈を考えれば大学生という設定はいささか不安が残るが、同じサークルで仲良くなった友達と一晩ゲームなんかで遊んでそのまま泊まる。陽キャ大学生なら無くはないシチュエーションだろう。


 そして、三つ目。……幽霊を、彼女として紹介すること。彼女であれば同棲していてもなんらおかしくはないし、一番自然体で過ごせる。妙に鋭いところのある姉を相手に貫き通せるかは怪しところではあるが、紹介するという方法を取るなら二つ目よりも自然に思える。


 その全ての選択肢を幽霊に伝えると、三つ目を口にしたところで幽霊の顔が真っ赤になった。彼女という設定で初対面の人と会うのは、中々に恥ずかしいらしい。


「彼女……私が……太一さんの……」


「ゆ、幽霊さん?無理はしなくていいんですよ? ポンコツな幽霊さんのことですから一晩逃げ切る案は難しいがしれませんが……まだ、友人枠として紹介する手が残ってます!」


「……そ、それはダメです!」


 バンッ。無意識に反射するように、幽霊は自分だも分からぬまま机を叩いていた。そしてその直後にジンジンと来る手のひらの痛みに身体を震わせて、身悶える。


「え? ダメなんですか……?」


「え!? あ、えっと……ほ、ほら! わ、私と太一さんって同年代に見えるかは怪しいですし! か、かかか彼女としての方が、その……自然、と言いますか……っ!!」


 あたふたと慌てながら、一人早口でそう口走る幽霊に、太一は首を傾げていた。言っていることは間違っていないのだが、なぜそんなに焦っているのだろう、と。変なところで鈍感な男である。


「と、とにかく! 私が一肌脱いであげますから!! お姉さんが帰るまでの間だけ、私は……私は太一さんの、彼女になってあげます!!」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 幽霊は内心、はしゃいでいた。まあ内心と言わずとも、身体に出るくらいには気分を高揚させていた。


 友達枠を意地でも断って彼女という地位を選んだのは、太一にその提案をしてもらえて嬉しかったからである。最近、少しずつ変わり始めている太一への気持ちの正体……心の中のモヤモヤも、一日彼女を経験すれば晴れるのではないかとも、考えていた。


 そして、太一は……


(幽霊さんが、彼女……俺の、彼女!?)


 自分で提案をしたはいいものの、受け入れるはずがないと踏んでいた一日彼女に、幽霊よりもっとはしゃいでいた。


 太一の人生で、初めて恋をした。そんな相手が今、十数時間という短い時間ではあるが、彼女になった。その場で飛び上がってはしゃぎ回りたいくらいに、喜びの感情が溢れ出る。




 そして、そんな中。二人の関係性に大きな変化を与えかねない台風の目がアパートの前まで、近づいていた。

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