第37話 親友との約束
37話 親友との約束
「……なぁ。お前、この土日で何かあったろ」
「な、なんのことだよ」
ずずず、と大学の食堂でカレーうどんを啜る太一は今、隣でハヤシライスを食べる親友から詰問を受けていた。
「分かりやすいんだよ。授業中はぽーっとしてるわたまにスマホを見てニヤつくわ。さては例のお隣さんか?」
「おいやめろ、殺意を向けるな。どう答えてもハヤシライスぶちまけて来そうな勢いじゃねえか」
「まだまだだな太一。俺はお前のカレーうどんもぶちまける気だぞ」
「クソ野郎!!」
土日。幽霊とのツーショットから始まり、ネット講座に同衾、お着替え等々……。卓の予想通り、太一にとっては劇的な二日間であった。たまにスマホを見て、というのは勿論幽霊フォルダを眺めていたのである。
しかしこの二日間の思い出は、絶対に卓に知られてはならない。知られれば……間違いなく、太一は殺される。
ただでさえ女関係で縁のないまま非リア同盟で突き進んできた二人なのだ。そんな相棒に女の匂いがすれば、もう片方はいきりたつに決まっている。太一だって卓に彼女が出来たなんて言われたら、何をしでかすか分からない(幽霊と出会った今となっては、むしろ彼女を早く作ってくれとすら思っているが)。
「そういえば俺、この休みに入る前にお前と約束したよな。そのお隣さんの写真、撮ってくるって。早く見せろ」
「……そ、そんな約束したかぁ?」
「一分以内だ」
「はぃ」
事実上の余命宣告をされた太一は、素直に従ってスマホを開いた。幸いこの一分間のみは本当に待ってくれるようで、スマホを押収してきたりする気配もない。写真自体は何十枚もあるのだから、その中から適切なものを選ばなければ。
(泣き顔フォルダは、ダメだよな。寝顔フォルダも一緒に寝たことがバレかねないし、となると……)
太一が選んだ幽霊フォルダは、「笑顔の幽霊さん」と「幽霊さんとの大切な思い出」。
当然、幽霊だということも隠さなければならないので、白装束姿が写っているものは除外だ。そうなると、必然的に残るものはごくわずかに絞られる。
────くまっ子姿でお菓子を摘み頰を緩ませている写真か……黒ジャージ姿で、ソファーの上でウトウト寝落ち寸前の写真か。
どちらも堂々と安心して見せられるものではないが、仕方ない。服装の寝巻き感が強くお泊まりを連想させてしまいそうながらもお菓子を摘んでいるだけの写真か、服装こそただの部屋着なのですぐに自分の家にかえりそうな雰囲気がありながらも、完全に寝る寸前で少し涎を垂らしている写真か。太一の命を決める、運命の二択だ。
(…………よし!)
選択を終えた太一は、スマホの画面をその写真に固定して献上する。
「どれどれ……」
スマホを手に取り、画面を注視する卓。
そこに写されているのは、くまっ子幽霊である。
「……」
三秒、五秒、十秒。卓の動きが固まり、静寂に包まれる。何もすることができないその時間は、太一にとっては判決待ちの被告人になったかのような気分だ。
「……か……っ……」
「?」
「なんだこの子!? くっっっっそ可愛いじゃねぇかッッ!!!」
突然あげられる大声。周りの席の学生がビクつくが、そんなことはそっちのけで卓は幽霊の姿に夢中だ。
「愛くるしい小動物みたいな見た目、仕草! なのに服の上からでもはっきりとわかるおっぱい!!」
「お、おぅ?」
「ギルティ!! これは完全な裏切り行為だ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! なんでテメェにだけェェェェェ!!!!!」
ガンッ、ガンッ、ガンッと狂気の頭突きをかまされ、長机が大きく揺れる。額から血を流さんばかりのその勢いに必死に太一が止めに入ると、不意に肩を掴まれ身動きを封じられる。
「この裏切り者がァ……。◯す……絶対に、テメェだけは俺が◯す……ッ」
「ま、マジで落ち着けって! あくまでもただのお隣さんだからな!? たしかに俺は好きだけど……向こうからはなんとも思われてねえから!!」
「フシューっ……フシューっ……!!」
歯を強く噛み締めながら、親の仇でも見るかのような目で太一を強く睨みつける卓。だがその鬼の形相は少しずつ、少しずつ消えていき、荒い息をたてながらも平常時へと戻っていく。
「そ、そうだよな? こ、こここんな美少女とお前が、なんて無いよな? は、はははっ、そうだよ。なぁ、太一。本当にこの子とは、何もないんだな?」
「当たり前だるぉ!! この写真はただお菓子を持ってきてくれて一緒に食べたってだけの時のだからな!!」
「そうか、そうだよな。すまねぇ、想像の百倍以上可愛い子だったせいで、脳が沸騰してた」
コップに入った水を一気飲みし、呼吸をゆっくりと整えた卓は、やっと心を落ち着かせて一息つく。その様子を見て安心したのか、脱力した太一だったが────
「なぁ、太一よ」
「なんだ?」
「もし今後、その子と関係を持つ気なら覚悟しておけよ」
「ひっ!?」
こうやって足を引っ張り合っていたからこそ二人合わせて非リア街道をひた走っていたわけだが……そのことに気づく日はおそらく、来ない。
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