第36話 もふもふ幽霊さん

36話 もふもふ幽霊さん



「どう……ですか?」


 茶色と白がベースのもこもこ素材。被っているフードには小さなくま耳が付いていて、チラリと上目遣いで覗く彼女の顔は激しく赤面していた。


 趣味の悪い服の山の奥底に眠っていたこの服は、当時太一がクリスマスに親戚の人から貰ったものである。


 勿論男の太一に着る機会はなかったが……この時、残していて本当によかったと心の中でガッツポーズした。


「さ、最高に似合ってます! くまっ子幽霊さん、可愛いです!!」


 どこか子供っぽい印象を与えてしまう服ではあるが、それを自覚しながらも可愛いに抗えず着ている。そんな感じがとても良くて、太一の心を刺激する。


 しかも、ただ子供っぽくて可愛いだけではない。ぼそっと上から被るタイプのこの服では肌の露出は無いが、それでも存在がよく分かる双丘。親目線ではなく一人の男として見ても、色んな意味で最高である。


「そう言ってもらえると、着てきた甲斐があります。私もこれ、気に入ってるので……」


 ぴこぴこっ。小さな幽霊の頭の揺れとともに、くま耳が動く。頭から直接生えているものではないのだが、嬉しくて耳を揺らす犬と同じようなものを想起させた。


 そして同時に、手がそのままへと伸びる。きゅっ、と指で優しく摘んで弄ってみると、中々に触り心地がいい。


「た、太一さん? 何をしてるんです?」


「もふもふです。幽霊さんのくま耳をもふもふしています」


 ふにふに、もふもふもふもふ。


 フードの下でたじろぐ幽霊の様子なんかもスパイスとして楽しみながら、耳を堪能する。ただの生地だというのに、ずっと触っていられそうだ。


 なんて、そんなふうに思いながら頬を緩めていたのも束の間。幽霊の細い腕が、パシッ、と太一の腕を補足して捕まえた。


「太一さんっ!」


「わっ!? すみません、嫌でしたか……?」


 急に両腕を掴まれびっくりした様子の太一。そこに、幽霊の甘い言葉が突き刺さる。


「あの、私のことは……もふもふ、してくれないんですか……?」


「ッッ!?!?」


 心臓を、的確に射抜かれた。


 きっと幽霊を直接もふればすぐに自制が効かなくなる。そう思って表情を楽しむだけにして、くま耳を触っていたのだが。


「喜んでもふらせていただきます!!」


「わっ! わわっ!?」


 ぎゅぅぅぅぅ。太一は急いでしゃがむと、幽霊のことを全力で抱擁した。顔と顔がすれ違い、身体が激しく密着する。


 せいぜい頭を撫でられる程度だろうと考えていた幽霊は、突然の出来事に頭を蒸発させる。太一のもふもふ欲がここまで強いとは、想像もしていなかったのだ。


「た、たたた太一さん……これ、これは!?」


「幽霊さん、全身もふもふ過ぎてヤバいです! 背中さすさすしても頭なでなでしても……もふもふですッッ!!」


「あ、あぅ……あぁうぅ……っ」


 抵抗しようにも、頭を撫でられると何故か身体の力が抜けてしまう。太一に、全てを預けてしまう。


 もふもふ、もふもふと背中と頭を太一の……男の大きな手が撫で回してきて、幽霊の思考は完全にストップしてしまった。


「幽霊さんのお望み通り、もっともふもふしてあげますからね!」


「ひぁっ!?」


 抱きしめられ、撫でられ、耳元から声が流れ込んでくる。もふもふ三連コンボで完全に蕩けた幽霊は、諦めと嬉しさの溢れる顔で洗礼を受ける。


(太一さんの手……匂い……気持ちいぃ……)


「もふもふもふもふもふもふもふもふ!!」




 手懐けられた犬のように、身体を預ける彼女の身体はその後……数十分にもわたって、もふもふされ続けるのだった。

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