第35話 お着替え

35話 お着替え



「うーん……これは中々に酷い……」


 服の山を漁り一つ一つ確認していくものの、中々着ようと思う服は見つからない。


 よくもまあこれだけの数を集めたなという感想しか出てこないほどの、きもキャラTシャツの塊。これだけ種類があれば一人くらい可愛いと思えるキャラが出てくるのではないか、なんて淡い期待は既に打ち壊されている。


 少しでもキャラの顔が見えた服は全て弾き、文字だけプリントされているものや、シンプルに無字なものだけを集めて、残りは全て棚にしまっていく。するとあれだけあった服の山から手元に残ったのは、わずか三着であった。


「とりあえず、着てみようかな」


 ズボンもついでに二着ほど見つけていたので、Tシャツにパンツという組み合わせになってしまうことはない。着替えて気に入ったものがあれば、太一に見てもらおう。


 そう思い、まずは一着目。緑色の薄長袖のシャツ。胸元には「CHAMPION」とプリントされている。肩幅や裾の長さは特に問題がなく、鏡で見た感想は……普通だった。まあ部屋着なのだから、普通でいいのだが。


 ただ、強いて言うのなら不満が一つ。


(胸、ちょっとキツい……)


 胸元の双丘のみがサイズ的に合っておらず、少し窮屈なことである。「CHAMPION」の文字も布と一緒に少し伸びていて、若干の違和感。


 ひとまず一着目は保留とし、そそくさと脱いで下着姿になった幽霊は、二着目に手を伸ばす。


 次に選ばれたのは、黒色のジャージ。フードがついている無字のもので、まさに男の子のラフな部屋着といった感じだ。


 前がチャックタイプなこともあり、今のように下着の上からそのまま着るのでなければ前を開けることもできる。


「ん、これはいい感じ!」


 チャックを上まで閉めればキツい胸元も、前を開ければ解決。一応閉めることも不可能ではないし、さっきみたいなタイプの服よりは断然着やすいといった感想だった。


 男が着れば男らしい服になるこれは、可愛い女の子が着れば可愛い服に変身する。当然、幽霊が着ることによってこれは後者へと変わり、さっぱりとしているながらもどこかラフにオシャレな感じを引き出す服となった。


 そして、三着目。


「この服、可愛い……」


 この三着目だけは、少し異質である。見つけた時は太一の私物ではないのではないかとすら疑った。


────男が着るには、可愛すぎるのだ。


 完全に女の子のための部屋着といったコンセプトで作られているであろうそれは、幽霊の心を的確に射抜いた。


「……っ」


 ぽそんっ、と上からそれを被って着てみると、彼女自身少し頬を赤くして照れてしまいそうになる可愛さ。袖は少し長いが手は半分ほど出せるから問題はないし、何より胸がキツくない。もこもことした柔らかな素材はとても着心地が良く、部屋着にはもってこいの代物である。


「太一さん、可愛いって言ってくれるかな……」


 緩めのズボンと合わせながら、改めて鏡で姿を確認する。少なくとも前にあげた二つとは段違いで可愛いし、自意識過剰だとは思いつつも……自分で、少し似合っているんじゃないか、なんて思ってしまっていた。同時に、太一なら褒めてくれるのではないか、とも。


「……よし」


 髪の毛を少しいじり、整えて。備え付けのフードを深く被って、最終確認を終えて部屋を出る。まだ台所からは、洗い物の音がしていた。


 足音を殺し、こそこそと背後から近づく。まだきもキャラのことを幽霊に気に入ってもらえなかったことを根に持っているのか、ため息混じりの背中だ。


 だがそんな太一もようやく洗い物を終え、手を洗ってひと段落。ふぅ、と一息ついたその時に、後ろから背中をつつかれた。


「太一さんっ。その、可愛い服を見つけたので……着替えてきました」


 まだ少し恥ずかしいのか、もじもじとしながら小さな声で呟く幽霊。そんな声を聞き、太一は濡れている手をタオルで拭いてそっと振り向く。


 すると、そこに立っていたのは────


「…………はわぁっ!?」




 身体をもふもふのもこもこな茶色い衣服に包んだ、小さなくまさん幽霊であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る