第34話 部屋着選び
34話 部屋着選び
「幽霊さん、今日は服を着替えましょう」
ずずず、と朝ごはんの味噌汁を吸っている幽霊に向けて、太一はそう告げる。
「どうしたんですか、突然。エッチな服は着ませんよ」
「そういうつもりじゃないですから! 普通に部屋着ですよ、部屋着!!」
突然、という話でもない。以前から考えていたことだった。
だがこの数日間はドタバタと忙しい日々が続いており、その機会がなかっただけなのだ。
それに、幽霊だって皮肉じみた言葉を垂れはしたものの、太一の口から服のことを聞けてどこか落ち着かない様子。要するに彼女も楽しみにしていたのである。
「そう、ですか。まあ確かにずっとこれを使い続けるのもどうかと思いますし……。そ、その、太一さんがどうしてもと言うのなら、着替えてもいいですよ」
「やった! じゃあ俺、早速着れそうな服引き出しから探してきますね!! あ、もちろん俺のお古だけじゃなくてちゃんと新しいのも買う予定なので、ご安心を!!」
「はいはい。楽しみに待ってますよ」
いち早く自分の分を食べ終え、お皿を台所へと運んだ太一はそのまま部屋へと姿を消した。
残された幽霊は一人、目玉焼きを食べながら静かにはしゃぐ。
「太一さんの服を、私が。……やったぁ♪」
新しい新品の服を買ってもらえることだって勿論嬉しいのだが、それ以上に彼女は太一の着ていた服を着れることに、喜びを感じていた。
それは太一の匂いが単に好きだからか、はたまた太一のいない時間にも、その存在を自分を包んでくれる服から感じ取ることができるようになるからか。どういった心情から来た喜びなのかは、本人しか知る由はない。
「よし、私も早く食べて太一さんを手伝おっ」
てろんっ、と半熟な黄身を白ごはんの上にそっと乗せ、同時に一口で食べてほのかな幸せを感じながら。残りのものも白ごはんと共に美味しくいただいて、あっという間に完食した。
◇◆◇◆
ゴソゴソ、と物を散乱させる音のする部屋。幽霊が寝床候補にしていたができなかった、物置と化している部屋の中からである。
「太一さん? 入りますよー」
食器を水に浸け終え、とてとてと歩いて部屋の前で一度声をかけた幽霊は、扉を開ける。
すると、そこにあったのは太一の服の山。幽霊が一枚手に取ってみると、太一のサイズよりも一回り小さい物であった。
「あ、幽霊さん。めぼしいのいくつか見つけましたよー!」
その服の山の正体は、太一が昔着ていた服たち。
昔、というのはここ数年の話ではなく、中学や高校初年度辺りを指している。もう着る機会は無いのだが、ここに越してくる前実家に置いていこうとしたら邪魔だと言われ、捨てられるくらいならと持ってきた物だ。
そこには半袖のシャツから、薄長袖。少し厚めのモコモコなど数多くの服が存在しており、サイズ的に彼女が着れる物の数も多い。
「ほら、これなんかどうです? もじゃバナナ君Tシャツです! 絶対幽霊さんに似合いますよ!!」
「え? 何ですかこのキャラ。絶妙に気持ち悪い……」
────サイズ的には、である。柄の話となると、また別であった。
それらの服を着ていた時代の太一は、いわゆるキモかわキャラというのにハマっていた。そのせいで部屋着のほとんどが、訳の分からないキャラのプリントされたものばかりなのである。
「気持ち悪い!? 可愛いじゃないですかもじゃバナナ君!!」
「えぇ……」
もじゃバナナ君。バナナのシルエットに天然パーマという癖の強い組み合わせで生まれた、たまに処分品コーナーで見かける不人気キャラの一人。絶妙に死んでいる目とふにゃふにゃな雰囲気に、当時の太一は一目惚れした。
「鏡で自分の顔を見る前にこのキャラを可愛いって言ってる太一さんを見てたら……私、完全に自信を無くしてたかもしれません」
「そんなにですか!? それってつまり、俺の可愛いの基準がバグってると!?」
今ではそんな面白Tシャツを着ることは無くなったものの、可愛いと思う気持ちは健在。太一はシンプルにショックであった。
「じゃ、じゃあこのモモンガまんじゅう君とかしいたけのこ君は!?」
「全部気持ち悪いですよ……。あと、しいたけのこ君に関しては、ただのしいたけとたけのこを移植された可哀想な木の成れの果てじゃないですか……」
幽霊は太一の選び抜いた精鋭たちを悉く批判し、諦めて自分で衣服を探すことにした。
数だけはあるのだ。きもキャラ以外にもシンプルなものや少しだけ柄のあるものもある。ザ、女物といった可愛いのは無いが、充分に着れる服は見つけられるはずだ。
「太一さんは台所で洗い物しててください。あなたの選ぶ服は酷いものばかりなので」
「そ、そんなぁ……」
しゅん、と肩を落とす太一の背中を笑いそうになりながら見つめる幽霊は、まずは床に散らばっているものから選別を始めた。
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