第27話 幽霊さんと丸眼鏡
27話 幽霊さんと丸眼鏡
「さて、幽霊さん。ネット講座を頑張ったあなたに、ご褒美があります」
「ご褒美……ですか?」
太一はキョトンと不思議そうな目を向ける幽霊を背に、引き出しの中を触る。
(たしか、ここら辺に……)
彼女にネットを教えることになった時から、決めていたことだった。もしこれからもパソコンを触り続けるなら、″これ″は持っておいて損はない。
「これです。開けてみてください」
そう言って手渡したのは、細長い円柱型のケース。大きさは手のひらからはみ出るくらいで、ケースにはどこか高級感が漂っている。
そんな箱に緊張感を覚えながらも、幽霊は恐る恐るそれを開けた。
「……これは?」
「眼鏡です。ブルーライトをカットしてくれる、パソコンやスマホを触る時専用の」
普段からよくゲームをする太一に、昔母親からプレゼントされたものである。
度は入っておらず、つけても景色が変わることはない。だが目に悪影響のあるブルーライトのみを的確にカットしてくれて、視力低下を防いでくれる。
実はそれなりに値段もする物で、プレゼントされた瞬間は太一も喜んだのだが。
その形状は、所謂「丸眼鏡」というやつで。似合う人と似合わない人がハッキリする、そんな代物だった。ちなみに太一は圧倒的に後者だ。
部屋で一人でする分には全く問題自体は無かったのだが、謎の気恥ずかしさと、あとはつけているとすぐに耳が痛くなってしまう体質から引き出しにしまわれていた。
「わぁ、綺麗です……! ほ、本当にいいんですか!? こんなの、もらってしまって!?」
「いいですよぉ〜。幽霊さんなら、絶対似合いますから!」
どうせしまっているくらいなら、使ってもらった方がいい。その相手が自分の好きな人なら尚更だ。
それに────
「ありがとうございます! 大事に……とっても大事に、使わせてもらいます!!」
うっとりと、見惚れるように眼鏡を手に取り、少し埃のついてしまっていたレンズをそっと拭く。そしてテンプルをつまみ、ゆっくりと広げて。眼鏡を装着した。
「どうですか? 似合って……ますか?」
「ッ! はい……とてもッ!!」
似合わない、はずがなかった。
丸眼鏡は、童顔な彼女をほんの少しだけ、大人のステージへと連れて行く。普段はあんなに子供らしくて父性を刺激する幽霊は、今やその言葉遣いもあってか目の前にいるだけでどこか大人のような魅力を感じさせる。
心臓がうるさい。一体、何度彼女にドキドキさせられればいいのだろうか。ただでさえ好きなのに、その気持ちが限界突破しておかしくなってしまいそうだ。
「えへへ……大人っぽく、見えますかね?」
クイッ、と眼鏡の縁を動かしながら、上目遣いで迫ってくるというその行為の破壊力は絶大だ。背丈は子供でも、彼女には加えて胸元の爆弾がある。丸眼鏡をつけて座っている今は、もはや同級生としてすら扱えるほどに大人びていた。
(こ、これはダメだ。なんか、ヤバいッ!!)
太一の中に、新しい扉が開きかけていた。
眼鏡フェチ。これまで意識すらしてこなかったフェチズムの波に、呑まれかけているのである。
「ふふふっ、顔が赤いですね。すぐ顔に出ちゃう素直なところ、嫌いじゃないですよ?」
そしてそこに追い討ちをかけるように、床に直接腰を下ろしている太一に幽霊は四つん這いで忍び寄る。
たぷっ、たぷんっ。ぷるんっ。
妖美な微笑みを顔に出しながら、ゆっくりと。無意識に胸元を揺らして、近づく。後退りしようにも、太一の背後は引き出しで逃げ場はない。
「ゆ、幽霊さん……やめっ────」
「逃げようとしても無駄ですよ。″太一君″は、″お姉さん″のものです」
「っぐ!?」
「さあ、目を閉じてください。そしたら、私が……」
何をするつもりなんですか!? 脳内で、太一は叫んだ。
目を閉じる。この状況で? その先に待っているものは、太一には一つしか想像がつかない。
(お、落ち着け……落ち着けっ)
大好きな人から迫られ、追い詰められ、目を閉じろと言われているこの状況。相手は大人びた表情で、静かにこちらを見ている。
────キスだ。これから、キスをされるのだ。
太一にとってのファーストキス。その相手が彼女であることに何ら不服はない。むしろ願ってもないことだ。
(…………よし)
覚悟を決めた太一は、必死で呼吸を整え……目を、閉じた。
「いい子ですね。そんなあなたに、ご褒美です」
幽霊の縋り寄る衣擦れの音が止まり、静寂が二人を包み込む。目を閉じ、全身の感覚が研ぎ澄まされる太一は、今か今かとキスを待ち侘びる。
「んっ……」
そんな彼の、敏感になった感覚が捉えた刺激は────
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