第22話 幽霊さんと大切な思い出
22話 幽霊さんと大切な思い出
「胸、元……?」
声を震わせながら、幽霊はようやく自分がどういう状態であるかを理解する。
大きくはだけた胸元。白いワイシャツの第二ボタンと第三ボタンのみが外れ、胸は大きく露出して既にギリギリであった。
何より問題だったのは、ワイシャツの下から見えていたのは下着の類ではなかったということ。膨らんだ素肌はその半分以上がはみ出ており、あと少しでもズレてしまえば先端が披露されてしまいそうなほどだ。
「ひぁっ!?」
咄嗟に手で覆うが、もう遅い。太一の脳内にはスクリーンショットのように画像が保存されている。
「ゆ、ゆゆ幽霊さん……? もしかして、下着……付けてないんですか?」
「こ、これはその! えっと……えっとッ!!」
そう。彼女は普段から、下着(上のみ)をつけていなかった。理由は二つある。
一つ目は、白装束の素材だ。意外にもしっかりとした生地をしている服なため、浮き上がってしまったりすることもなかった。
そして二つ目。単に窮屈だったからである。
太一がここに引っ越してくる前、住人が女性であったことから幽霊は簡単に下着を入手できた。ブラジャーではなく、所謂サラシと呼ばれるような代物であったが、一時期は人間の真似をしてよくつけていたものだ。
しかし、すぐに気付く。ただでさえカップ数の大きい彼女にとって、下着は窮屈であると。その上誰とも会話せず一人で過ごしているのだから、つける必要性そのものがないと。
その結果徐々につけないことが自然になっていき、その習慣は太一と過ごすようになってからも変わることはなかった。
ワイシャツも白装束よりは生地が薄かったものの、太一があまり直視しなかったこともあってか指摘されることはなく。幽霊は何も気にせずに、側に寄っていたわけだが……
「彼シャツノーブラ幽霊さん……最高……っ」
ぶふっ。手のひらに残る暖かな感覚と目の前に突きつけられた事実に、太一の鼻血は加速した。
「わっ、太一さん鼻血が!?」
ポケットの中に入れていたティッシュをハンカチのようにして鼻を覆う太一だが、血はどうもしばらく止まりそうにはない。
「気、気にしないでください……。それよりも幽霊さん、本当に下着、つけてないんですね……」
「うっ……は、はい。その、いつもの服は生地がしっかりしてたのと、ちょっと窮屈だったので……」
「これからはちゃんとつけましょうね。色んな服、着るんですから」
「……はぃ」
鏡で自分の姿を確認し、少し女の子としての楽しみに目覚めかけている幽霊。太一としては髪の手入れだけではなく、服の変更も視野に入れていた。
太一のブカブカの部屋着を着るもよし。新しく用意した、女の子らしい可愛い服を着るもよし。それを楽しみにしているのは太一だけではなく、彼女自身もであった。
だからこそ、決意する。
(下着、これからはちゃんと毎日つけよう……)
生地の薄い服を着てしまえば、彼女のサイズでは強調されてしまうのは必然。もう二度と痴態を晒さないためにも……太一の、命のためにも。彼女はこれから毎日の下着の着用を、強く誓う。
そして────
「た、太一さん!」
「え……?」
カシャッ。床に落ちていたスマホを拾い上げ、太一の元に駆け寄って。大きく開いた胸元を手で隠しながら、鼻血ダラダラの男の腕を引き寄せ、シャッターを切った。
きょとん、と目を丸くしている太一と、頬を赤くしながらも口角を上げた、ぎこちない笑顔の幽霊で。最高の写真とは言い難い不恰好な写真を一枚だけ撮影して、彼女はスマホを手渡した。
「太一さんのだらしない格好と一緒ですから、おあいこです。これでその……罰ゲームは、終わりですからね!」
そう伝えると幽霊は弾けたボタンを拾い、洗面所へと消えていく。急な出来事にまだ動かないでいた太一はその姿が見えなくなった後にようやくスマホの画面を見つめ、写真を確認する。
「……ははっ。幽霊さん、顔真っ赤」
幽霊フォルダ、二つ目。『幽霊さんとの大切な思い出』に、写真は追加された。
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