第21話 幽霊さんと柔らかな感触

21話 幽霊さんと柔らかな感触



────ぽふっ、もにゅんっ。


「……ん?」


 柔らかな感触。これまで触った何よりも、心地いい。


 それのことをハッキリと形容できる言葉は、何故か浮かばなかった。それほどに異質で……この世のものとは思えないほど、気持ちよかったから。


「なん、だ……?」


 目の前は真っ白で、じんわりと背中が痛い。


 そこでようやく、直前の記憶が頭をよぎる。


 幽霊を庇い、咄嗟に自らが下になろうとそのか細い身体を抱きしめてから、背中から床に倒れ込んだのだ。目の前の真っ白な光景もただ白いだけではなく、服の繊維やシワが至近距離でよく見える。


(俺が痛いってことは、ちゃんと下に潜り込めてるってことだな)


 そこで太一は、ふぅと息を吐いて一安心。きちんと幽霊を守ることができたということは、状況が良く物語っているからだ。


────さて、意識は正常。ここで両手の中にある″何か″の感触へと、話は戻る。


「ん、ひゃうっ……!」


 もにゅん、もにゅもにゅ、むにゅんっ。


 太一は何かに取り憑かれたかのように、四揉み。手のひらの中に収まりきっていないその″何か″は、柔らかいだけではなく弾力があることがよく分かった。


「ふむ……?」


「ひぁ……んんっ……ぁ」


 ここで三揉みを挟み、更なる発見。手のひらの中央……その″何か″の先端とも言える部分には、小さな突起が……


「突起!? ちょ、これっ!?」


 男なら誰しも、特に太一は大好きなものだというのに、気付くのが遅すぎたくらいである。……いや、もしかしたらその大きな塊に宿し男を惑わす魔力が強大すぎたせいで、そうさせたのか。


 何はともあれ、″何か″の正体はもうお分かりだろう。


 あえて包み隠さず言うならそう────おっぱいである。


「ぅ、あぅ……う゛ぅぅ!!!」


「ご、ごごごごめんなさい! 違うんですわざとじゃなかったんです!!」


「七回も……七回もッ!!」


 事の重大さに気づいて咄嗟に距離を取り頭を下げる太一と、ぷるぷると身を震わせて半泣きになりながら、胸元を抑えて目をグルグルにさせる幽霊。


 当然その反応は羞恥から来るものであるが、彼女の場合太一のように落下の衝撃で一瞬意識が朦朧としていて……なんてことはなく、しっかりと揉まれた事を認識していた。それに加えて無意識に出してしまった変な声のせいもあって、恥ずかしさ倍増である。


「私を庇ってくれた時、ちょっと……かっこいいって、そう思ったのに! この変態! こういう魂胆だったんですね!?」


「誤解です! 圧倒的誤解!! というかそもそもこれは幽霊さんが調子に乗ったから招いた出来事でもあって!!」


「言い訳無用です!!!」


 幽霊が調子に乗ったから起こった出来事。もっともだ。彼シャツを利用して仕返しをしようと調子に乗った末に失敗し、その失敗を取り消そうと悪あがきをして庇われて。そんな状況で太一がわざとこんな事をしたんじゃないことくらい、幽霊の弱い頭でもよく理解している。


 否……否!! 太一が揉んだことに、変わりがないこともまた事実。だがここでそれを簡単に認めてしまえば、ただPONを晒したうえに揉まれただけの残念幽霊エピソードが完成してしまう。


 それだけは、絶対に阻止しなければならないのだ!


「太一さんには、罰を受けてもらいます。私が受けた辱めと同じ……いや、それ以上のものを!!」


「罰!?」


 太一が庇ってくれなければ顔面から床に激突して、その上鼻血を出しながら痛い痛いと泣き喚く事になっていたというのに。そんな未来を変えてくれた彼に対して、酷い仕打ちだ。


 だが、もう後には引けない。ここまで来たらとことん攻めて攻めて、攻めて────!


 たらぁ。


 その瞬間。攻めの最中に幽霊の頭は混乱し、言葉は止まった。


 目の前で太一が、鼻血を出したのである。


「あ、あがっ……ぉおぅっ……」


「た、太一さん!? はっ、もしかしてさっきどこか悪い所を打ってしまったんですか!?」


 わたわたと焦りを見せながら、幽霊は先程までの言動を後悔する。


 何故太一が重体である可能性を考えなかったのか。太一が自分の前から消えてしまうなんてことは、何よりも恐れていることだというのに。


「ごめんなさい! ごめんなさい……太一さん! 私、私っ!!」


「ち、違うんです幽霊さん! この鼻血はその、違くて……!」


「強がらないでください! あ、あぁっ、垂れてきてます! 早く止血を!!」


「わっ、近づいてこないでくださいッッ!!」


 とにかくなんとかしないと、と近寄ろうとする幽霊を、太一は全力で静止した。手を前に突き出して、次は違う意味で涙目の幽霊をこれ以上近づけまいと。


「なん……で?」


 嫌われた。抑えていた涙腺が壊れかかって、今にも泣き出しそうで。今声を発せば、それすら震えてしまいそうなほどに……


 だがその負の感情は、良い意味か悪い意味か、簡単に裏切られた。


「……その、胸元のボタンが……」


「……ふぇ?」



 白いワイシャツの、外れた胸元のボタン。そのせいで露出していたのは下着の色ではなく……白身がかった、肌色であった。

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