第20話 彼シャツ幽霊さん2

20話 彼シャツ幽霊さん2



 てててっ、と軽い足取りで扉を開けた幽霊と太一の目が、即座に合う。


 だぼだぼで全くサイズの合っていない自分のワイシャツを羽織り出てきた彼女を前に、太一は言葉を失った。


「ど、どう……ですか?」


 数秒間、止まる世界。それは目の前に現れた生命体(死んでいるが)の可愛さを脳内で処理しきれず、図らずも起こってしまった硬直である。


「太一さん……?」


「はッ! すみません、完全に見とれてしまって……」


 だぼだぼで全くサイズは合っておらず、まるで小さな子供が間違えて親の服を着てしまったのかと思う程に袖は余っている。


 だが、太一は決してサイズの合った服を着てほしかったわけではない。むしろこの状態こそ、至高なのである。それにただだぼだぼなだけではなく、その幼い顔つきながらもはっきりと主張している胸元においてのみ窮屈さが見て取れ、アンバランスさを醸し出しているところが芸術点を高めていた。


「か、可愛いです。彼シャツ幽霊さん、最高すぎます!!」


「そ、そうですか? それなら、よかったです」


 それに、この彼シャツには下半身にも醍醐味がある。


(ゆ、幽霊さんの脚、きれいだ……)


 そう、露出した脚である。


 普段から白装束で過ごしていることもあって、彼女はズボンやスカートを持ち合わせていない。よって今はシャツの長い裾のみが防御線となり、太ももの上半分までの拙い長さで秘部を隠している。


 真っ白でツヤがあり、餅のように柔らかな太ももは見た目だけでそれを現し、太一の視線を釘付けにしているのだ。


 胸、太もも、素足。魅惑のハッピーセットを目の前にした彼は、そっと目線を逸らした。


「? 太一さん? どうしてこっちを向いてくれないんですか?」


「え、えと……あはは……」


 自分でやらせておいてなんだが、刺激が強すぎた。普段から男としてそういうビデオやらでもっと凄いものは見ているはずなのに、相手が好きな人だとここまでのもので十分すぎたのだ。


────太一を、赤面させるには。


「顔、真っ赤ですよ? あ、もしかして……」


 くいっ。服の裾を小さく引っ張り、太一の正面に回ってから顔を合わせて。幽霊は得意げにニヤリと笑いながら、言う。


「照れちゃってるんですかぁ? ふふっ、あなたが着せたんですよぉ?」


 鏡で初めて自分の容姿を見て、少し調子に乗っていた。自分の顔が可愛いことを、知ってしまったのだ。


 そんな自分に、さっきまで意地悪をしていた人が見とれて赤面している。やり返しの一つもしたくなるというものだろう。


「一緒に写真を撮るんですよね? そんなに顔真っ赤っかで大丈夫なんですかぁ〜?」


「ぐぬ、ぐぬぬ……」


 言葉の最後に(笑)を付けんばかりの勢いで幽霊のイジリは加速し、太一の抵抗できない様を見てご満悦の様子。


「ほら、スマホ貸してください! 早く撮りますよ〜!!」


「あっ、ちょっと!?」


 先程はボロボロと泣いている情けない姿を撮られてしまったが、今度はこっちの番だ。幽霊は太一のズボンのポケットからスマホを抜き取ると、電源ボタンを押す。


 表示されるロック画面。その右下に現れたカメラマークを押し、内カメラを起動して。腕を前に掲げて太一に身体を寄せながら、無理やり撮影に持っていく。


「観念してください! これで、とど────め? ん? あれっ?」


 だが、天はこの幽霊に下剋上など許さない。短い天下の終わりを迎えたその原因は……どうしようもない、身体の限界であった。


「ん゛ー! ん゛ーーっっ!!」


「あれ? ……おやおやおや?」


 百七十五センチと百四十九センチ。二十六センチにも渡る身長差は伸ばした腕でギリギリ埋まる差で、太一を上から写すことは叶わない。必死に掲げられた指の先にあるスマホの画面の中の太一は、顔の上半分が見切れていた。


「身長が、足りなかったようですねぇ。……ぷふっ」


「そ、そんな!? って、何笑ってるんですか! さっきの可愛く赤面してた太一さんに戻ってください!!」


「いやぁ、そう言われましても。まあ安心してください。ちっちゃいところも俺は、ちゃんと好きですから」


「ち、ちっちゃ!? 言ってはいけないことをいいましたね!? この……私だってッ!!」


 愛しの人の刺激は、あっという間に子供へと向けられる父性で中和されて。余裕綽々ですぐに形成逆転をした太一にむけられたニヤけ面で悔しさが込み上げた幽霊は、渾身の爪先立ちを見せる。


 ぷるぷると震える足先。普段から運動なんて勿論しない地縛霊の彼女の足の指の筋肉が、与えられ続ける負荷に長く耐えられるはずもなく……


「う────うぁっ!?」


「へ? 幽霊さん!?!?」


 バランスを崩した幽霊は、後ろへと倒れていく。このままでは頭を打つと判断した太一も、咄嗟に彼女を守るべく上から覆い被さって。



────スマホの落ちる音と、二人が同時に床に倒れ込む音だけが、響いた。

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